少し出掛けてくると言って出て行ったなまえを見送った四人は、リビングで座り込んでいた。
 突然部屋に現れた男達に、初めは混乱の色を隠せないでいたなまえに、マルコ達は彼女を余計混乱させぬよう、伝わりやすいようにとゆっくと自分たちの状況を説明し、その後互いに名乗り合った。

 船で寝ていたはずが、起きたら四人揃ってここに居た。自分たちは海賊だが、危害を加えるつもりはない。
  そう話したマルコ達は、四人がそれぞれに見ていた夢の話もするべきかと悩んでいたが、結局は伝えぬまま、最終的に、暫くの間同居生活をするという事に話は落ち着いた。

 なまえが起きる前、マルコ達が目覚めてすぐ、あきらかに船とは違う室内の様子に、辺りを見回してどういう状況なのかと、既に彼等なりに確認をしあっていた。部屋のいたる箇所に置かれたいくつかの見慣れぬ物や、カーテンを捲った先に広がった窓の外の景色に、なんとなくだが、自分たちが知る世界ではないのではないかと思い浮かぶ。
 そして次に、自分たちすぐ傍で眠る女に目をやり、念の為起こさぬようにと静かに顔を覗き込んだ。薄い毛布にくるまるようにして寝息をたてるその人物は、この場に居合わせた四人が最近よく話題にする夢の中で見る女に良く似ている。
 気づけば自然と互いに顔を見合わせていた四人は、それから彼女が起きるまでの僅かな時間、それぞれ巡る思考に委ねて静かに過ごしていたのだった。

「まさか夢の中に出てきた女に会えるとはねェ」

 主の居なくなった室内で、そう始めに言葉を紡いだのはイゾウだった。独り言とも受け取れる声量のそれは、静かだった空間に浸透するかのようで、それをきっかけに他の者たちも、ぽつりぽつりと話し出す。

「会えたのは良いとして、随分遠いところに来ちまったよい……」

 頭の後ろを掻きながら、どこか遠いところを見ているマルコ。対してサッチは、なんとなく神妙になりつつあった室内の空気を一変するようにニッカリと笑って見せた。

「けどまぁ、きっとすぐ戻れるだろうし、俺はこの状況楽しむことにするぜ! なまえちゃんも可愛いしな。せっかく会えたんなら、出来れば連れて帰りてぇよなァ」

 “連れて帰りたい”それは四人が実際になまえに出逢った時点で、大小あれど皆が胸の内で思った事だった。あの奇妙な夢を連日のように見ていた彼等は、夢の中とはいえ自分に組み敷かれて恥ずかしそうにその身を捩る彼女に対し、下心であれ、気になり興味をもってしまうのは必然的で、時には彼女の事をまるで自分のものかのように錯覚してしまう時もあったのだ。
 所詮は夢。だけど日々繰り返し見るそれは、一種の刷り込みのように、彼等の記憶の中に入り込む。

 海賊として船で過ごす日常の中でも、時折夢の光景を浮かべ、あれこれと思いを馳せている事も何度かあった。その意味が、単に興味をもっただけなのか、男特有の下心か――はたまた、いつの間にか恋心でも抱いてしまっているのか。
 その答えは、当の本人達すらまだ知るすべもなく、もとより、現時点では未だ問いにすら気づいていない。
 だけど確かに、彼女を目の前にした時、それぞれが胸の内で思った事は嘘偽りの無い本心だった。

「……エース、どうしたよい?」

 マルコはふと、先程から気難しそうな顔して黙り込んでいるエースに視線を向け、そう問いかけた。
 いつもの彼ならばサッチの変えた空気に真っ先に乗ったとしても不思議ではなく、それなのに尚もどこか俯きがちに一点を見つめ、一言も発しない彼に、マルコ以外の二人もなんとなく気になっていた。

 三人から向けられる視線に、漸く顔を上げて向き合うと、エースは苦笑を僅かに浮かべたのち、彼にしては珍しくも真剣味を帯びた表情へと切り替わった。

「ちょと、さ……。話しとき事があるんだ」

 その声色は、若干の固さが滲んでいた。次に言うべく言葉を選んでいるのか、何度か眉を寄せて苦い表情を見せながらも、数秒後に語り出したエースの話に、マルコ達は次第に彼と似たような表情へと変えていく。

 エースが三人に話したのは、先日酒場で出会った男の話だった。
 時折言葉を濁しながら話すエースに、口を挟みたくなるのを耐え、三人はただ黙って聞いていた。

 近い未来、エースが、サッチが、親父が死ぬ。

 エースが男から聞かされた話は、端的に言ってしまえばこういうことだ。そこまで聞いて、三人が驚きと困惑の色を見せるのはエースもわかりきっていた。
 はたから見れば信憑性もない、酒場で一度会っただけの男が、酔っ払ったうえでの戯言か、もしくは単にエースがからかわれただけとも言える。
 だけどそんな単純な話では無いことは、エースの表情と声色に滲んでいて、だからこそ三人は、真面目に彼の話に耳を傾けていたのだ。

 「それで、よ……。そいつが言うには――」

 エースは男の語った内容を思い出しながら、三人へと話を続ける。

 仲間や親父、あまつさえ自分自身まで死ぬ未来が訪れると言われて激怒しそうになったエースに、男は酒を寄越した後、仕切り直したように再び語った。

『このまま時に委ねれば、お前さん達が死んじまう未来が確かにある。だけどそれ以外の道――ようはお前さん達が死なない未来だな、それもいちおうはあるみたいだぜ。だがまぁ、その道に進むのはどうも現実的じゃねぇ。進めるか進めないかは運みたいなもんだ』

 そう言って、チラリとエースの方へと視線を向けた男は、“エースを”というよりは彼の色を見ているようで、二人の視線が交わる事は無かった。
 
『お前さん、最近変わった事はないか?』

 ふいに問われた事柄に、エースは真っ先に連日のように見る夢を思い出す。男はエースが答える前に、彼の様子から何か感じ取ったのか、ニヤリと得意気に口元を動かした。

『思い当たる事があるみてぇだな。おそらくだが、それは別の道へと進む手がかりだぜ。何がどう手がかりかは、俺が聞いたところでわかるもんでもないけどな。だけどきっと、お前さんならわかるはずだ。それともうひとつ。お前さんの色には他の人間の色も少し混じってるみてぇだ。お前さんの他に三人――いや、もう一人居るな。だがそのもう一人がどうにも……』

 再度エースの色を見だした男は、そこまで言うとじっと目を凝らして首を傾げる。
 自分の色とやらを見ながら途中で切られたような話に、エースは怪訝な顔で男を見やり、男はそれに気づくと、ああ、いや…、等と言いながら一瞬考え込むような素振りを見せた。

『そのもう一人の色が、他の三人に比べて物凄く薄いんだ。消えたり現れたり……こんな色の出方は今までに見たことがねぇ。色っつうのは出るときにはその量に関わらず、たとえ少量だとしてもしっかり出るからな……。とにかくお前さん、違う道に行きたきゃ分岐点を見逃せねぇことだ。分岐点はきっとすぐに現れる。進んだら手がかりを忘れずにいろ。じゃねぇともしかしたら軌道が修正されるかもしれねぇからな。人が死ぬっていうのは、謂わばそいつの定められた運命だ。その運命ってのはそう簡単に変えられるもんじゃねぇ。油断したら、お前さんの場合、文字通り命取りだぜ』

 一通り言うべきことは言ってやったとでもいうかのように、言葉を切ると男はグラスに残った酒をゴクリと一気に飲み干す。トン、と空になったグラスをカウンターに音をたてて置くと、それを区切りに席を立ち、じゃあな、との一言を残して酒場を去って行ったのだった。

「もしかしたらそいつが見たもう一人の色っつーのは、なまえの事じゃねぇかって思ってよ……。どう思う?」

 男の話を三人に伝え終え、そこで初めて疑問符をつけて問いかければ、三人は思案したように考え出した。同時に、きっとそれぞれの内でエースの話をまとめたりして、自分たちなりの解釈や考えも含めて思考を巡らせているのだろう。
 数分ぶりに、再び訪れた沈黙は、四人の内の誰かが止める前に、この部屋の主であるなまえの帰宅によって終わりを告げたのだった。








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