ガサガサと両手に持った袋を鳴らして帰宅すれば、リビングから玄関へと顔を出し四人に出迎えられた。

 行き場の無い彼等を追い出すわけにもいかず、成り行き上急遽開始された同居生活に、不安が無いと言えば嘘になるけれど、こちらに来た経緯を聞いた時点でこうなるであろうことは予想していた。というより、彼等を野放しにする勇気が私には無かったのだ。
 この世界の事を知らない彼等が、何のサポートも無く外に出たところで何かしらの事が起こるだろうし、マルコやエースなんかは原作を知ってる人ならば誰がどう見ても彼等そのものだから騒ぎにだってなりかねない。
 そんな時にうっかり私の存在を出されでもしたら――考えるだけでも悪寒がする。

 それになにより、暫くここに居て良いかと彼等の方から直々に願い出されてしまえば、仕方なくも頷く他になかった――という言い訳を何度も頭の中で繰り返しながら、私は一度、自身を落ち着かせるべく近くのスーパーへと買い物に行ってきたのだった。

 いちおう一方的に知ってる存在の彼等だけど、やはり家に残していくのは少しばかり怖くて、必然的に歩く速度は早足になり、店で購入した物も、選んだと言うよりは目についた物を掴み取ったと言い表しても過言ではない。
 歯ブラシ等の日用品、それと個人的にはお腹は空いていなかったけどお弁当類を購入し、それらが入った大きな袋を目に止めた彼等は、親切にも私の手元から拐っていった。

「息、切れてるみたいだが大丈夫かい?」

 ひょいっと軽く袋の1つを持ち上げながらイゾウに問われるも、コクコクと頷きだけで返す私は、未だ彼等に対して緊張と困惑を感じてしまっている故だった。
 突然の男四人との同居開始もそうだけど、そもそもこれまで男性との接点があまり無い人生を送っていたが為に、どう接して良いのかわからないのだ。それに加えて、彼等に関してはあの夢の件がある。この話は何が何でもバレたくないので言う気はさらさら無いけど、夢の中で彼等と私がしていた事を考えれば、余計に普通の対応の仕方を忘れてしまう。
 これじゃあいけない。夢のことは考えないように、思い出さないようにと心がけてはいるけれど、やはり本人たちを目の前にしてしまうと夢の映像が脳内に再生されて、私の胸の内では終始絶叫と悶絶を繰り返していた。

 本当に、このままではいけないのだ。これから彼等には部屋の説明やもう一度買い物に行く趣旨を話さなくてはいけないし、いつまでも私がこんなんじゃ彼等だって暮らし難いだろう。

 どうにか気持ちを切り替えて、内心や脳内のいたるところで葛藤する感情に目を瞑り、袋を持ってくれた彼等に一言の礼をどうにか絞り出してからリビングへと行けば、彼等もすぐに後からついてきた。
 
「……とりあえず、お腹、空いてませんか?」

 くりると彼等の方へ振り返りそう言えば、エースが一際輝く笑顔を浮かべた。
 そうして先程買ってきたお弁当をテーブルに広げ、朝ごはん兼お昼ご飯を彼等と共に食す事になり、食べながら大まかな今後の予定を話していく。

「食べ終わったら、その……もう一回買い物に行きたいんですけど……」

 さて、どうしたものか。と考えるのは、四人いるうちの誰を連れていくのかだった。
 さすがに全員でぞろぞろ行くのはなんだか気が引ける。彼等のいた世界と、今現在いる世界は違うのだ。彼等が登場する原作を思い返してみるも、車や電車等の乗り物は似たようなものがあれど正確には違うし、町並みや店に入った際に使用するだろうエスカレーターやエレベーターの類いも同じ事が言えよう。
 四人共良い年した大人だろうが、外に出て右も左もわからぬ彼等を連れて歩くのは私一人じゃ荷が重い。
 万が一、彼等の興味が惹かれるようなものがあったとして、私が気づかぬうちにその方向へでも行かれてはぐれでもしたら、携帯という便利な連絡手段も持たない彼等を探すのは大変だろう。これに関して思い当たる人物といえば、本人には申し訳ないけど、私の頭にはエースが浮かんだ。
 そして次に、彼等の服装の問題である。寝ていて起きたらここに居たと言った彼等の言葉から察するに、現時点での彼等の服装は、所謂寝間着なのだろう。
 マルコ、サッチ、エースの三人は上半身には何も着ておらず裸なのだ。エースは原作でもそんな格好だったとはいえ、そんな彼等と対面する私にとっては実に目の毒である。食事の前に何か羽織らせるんだったと今更な事を思っても仕方ない。
 普段女形の格好をしているらしいイゾウは、髪を下ろし素顔をさらして、着ているものは浴衣みたいな、薄手の着物だった。
 四人の中で一番日本に馴染みのある装いの彼だけど、祭りでも何でもない、加えて言えばもう直冬へと移り変わろうとしている今日日、浴衣で出歩こうものなら十中八九注目の的だろうし、何よりそんな格好で出歩かせて風邪でもひかれたら困るなんてものじゃない。

「どうした?」

 言葉の途中で黙った私に、エースが問いかけてきた。他の三人も同様に不思議そうな視線をこちらに向けて、私の反応を伺っているのに気付き、私は一度立ち上がり、そう遠くない位置に置かれた袋から一枚のパーカーを取り出した。

「あの、サッチ、さんかマルコさん、どっちかこれ着れますか?」

 そう言って自分の前に掲げて彼等へと見せたのは、日用品やお弁当類を購入する際、たまたま衣類コーナーで安売りしていたパーカーだ。
 全体が薄いグレーの前開きのそれは、普段は肌着や靴下等の物しか取り扱いのないあの店にしては、あったこと自体が珍しくほぼ半額の値段にっていたのにも関わらず、目立つとこに置かれる事なくぽつりと販売されていたのを偶然見つけたものだった。
 男物とはいえ、彼等に合うかどうかもわからないで買ったけど、無理なら自分が着れば良い。彼等の誰かが着れるならばそれで買い物に着いてきてもらえば良い。
 そう思い購入し、着れた方に買い物に付き合ってほしい趣旨を話せば、マルコがスタスタとこちらにやって来て、なんともない風な自然な動作で着てみせた。

「ふん……ぴったしだよい」

 着心地を確かめているのか、肩を軽く回したりしながら言うマルコに、わたわたしながらサッチが駆け寄る。――といっても、駆け寄る程の距離でもないのだけど、何故だか一人慌てるように見受けられた。

「おいマルコ!俺も、俺だって、お前が着れるなら着れるだろ。ちょっと貸せよ」

「こういうのは早い者勝ちだよい。残念だったなァ」

 パーカーを引っ張って脱がそうとするサッチを軽くいなしてマルコはニヤリ顔だ。
 やはり、いくら寝間着とはいえ、この部屋で上半身裸っていうのは寒く感じていたのだろうか。朝晩の冷え込みは既に少し厳しいものだったけど、日中はそうでもないかと思ってまだ暖房器具を出していない事を懸念し、とりあえずのしのぎとしてエアコンの暖房をつけようかと私が動けば、ふいにテーブルの方から声がかかった。

「なぁ、なんでマルコかサッチなんだよ?俺は?」

 眉を顰めてどこかムスッとした表情のエース
。彼の問いに、自分が言葉のチョイスを誤った事に気づくも、今更後の祭である。

「え、と……パーカー、1枚しか売ってなくて……その、」

 あわあわと脳内で言い訳の言葉を探すが、いまいち適切なものが浮かばない。他の三人はエースの問いに、“そういえば”とでも思ったのか、エースと私のやりとりを静観するつもりらしい。
 向けられた四つの視線に、私の内心では冷や汗がたらたらと落ちていくような心境に駆られていく。

「俺だって上着れば外出て良いんだろ?……なのになんでマルコとサッチだけなんだ?」

「いや、……付き合ってもらうのは、その、どっちかだけにお願いしようと――」

「だから、なんでそこに俺が含まれてねェんだよ」

「*。……いや、……あの、その、……今は……」

「……今は?」

 だんだん痺れを切らして来たのか、エースの眉間がどんどん寄っていき、気持ち語気も強くなっている。上手い誤魔化しの言葉も思い付かず、もはや自棄だ――

「今は、その、……エースさんの手綱を握ってられる自信がない、から、です……」

 自棄だと思いながらも言葉の最後の方には声が小さくなってしまったけど、きっと聞こえただろう。ポカーンとしたエースの顔が何よりの証明だ。

 一拍、二拍、数秒の沈黙が訪れて、やっぱり言わなきゃ良かったと後悔していれば、突如どこからかブハッという何とも言えない音が聞こえ、次いで数人の笑い声が部屋に響いた。


 
 そしてそれから二時間後。

「俺の手綱は握ってられるんだろい?」

 二度目の買い物に向かうべく家を出た際、そう言ったマルコの言葉により、何故か彼と手を繋いで歩くはめになってしまった私。
 そんなつもりで言ったんじゃないと抵抗してみせたものの、彼はよいよいと、わけのわからぬ返事を返して私の手を握って歩き出したのだった。








ALICE+