「そう拗ねんなってエース」

「別に拗ねてねェよ」

 結局、マルコとなまえが買い物に出掛けた今、尚も眉を顰めて、更には口を尖らせるエースに対し、サッチは肩を組んで彼を宥めにかかっていた。
 イゾウはソファーに座りながら、なまえが家を出る前に用意して行ったお茶を飲みつつそんな二人を眺めている。その口元には少しの笑みが浮かんでいた。

「しっかし、あれだなァ。よくエースが落ち着きねェってわかったよな、なまえちゃん」

「落ち着きねェってなんだよ。俺はガキじゃねェ」

「わーってるって!言葉のあやだよあや」

「だが、手綱ってェのは、言い得て妙だよなァ」

 イゾウの言葉にサッチは再び笑いだし、エースの機嫌はますます悪くなったのか、ついにはそっぽを向いてしまう。
 拗ねるエースを宥めつつも、そんなつもりは無くとも末っ子をからかうサッチとイゾウ。
 三人は只今、本日二度目のお留守番中である。

 なまえとマルコが出掛ける前、粗方の部屋の説明は聞いたので、トイレ等の心配は無いものの、やはり来たばかりの家で主が居ない間過ごすというのはなんだか妙な感覚を覚えるのか、特に動き回るでもなく至って大人しくリビングのテーブル付近に三人は固まっていた。
 だけど次第にそんな空気にも飽きてきて、サッチはキッチンへ、イゾウはテレビ、エースは部屋の至るところにある物珍しいものへと興味が移る。

「おい、エース。あんまり下手に弄るんじゃねェぞ」

 テレビ横の棚に手を伸ばし、そこに置かれているものを物色しだしたエースに、イゾウは念の為にと注意を促した。エースはイゾウへと振り返る事はなかったが、口だけで反応を返し、おう、と述べる。
 その時だった。

 イゾンのつけたテレビから、ふいにエースのよく知る懐かしい声が流れた。

 暫く前に別れたきり、長いこと耳にしていなかったにも関わらず、その声を聞いた瞬間、パッと脳内に現れた弟の顔。エースはハッとした勢いで声が聞こえてきた方へと体ごと視線を動かせば、当然、そこはテレビである。

 流れていたのは某お菓子のCMで、エースの弟であるルフィが最初と最後に一言程度のセリフを喋るものだった。初めの方こそ見逃しはしたものの、最後に出た弟の姿をエースはその目にしっかりと入れることが出来た。

「――ルフィ……」

 ぽつり、とエースが溢した時には、もうテレビは他のCMを流していたが、エースの視線は逸らされることなく、異変に気付いたイゾウがエースへと声をかければ、戸惑いのような困惑のような、何とも言い難い表情の彼が振り返った。

「ルフィって、確か前に言ってたお前の弟だよな?」

 キッチンから顔を出したサッチが、エースの溢した声を拾ってそう問いかける。以前に弟がいるという事をエースから聞いていたサッチとイゾウ。しかし此処は、自分たちが今まで過ごしてきた場所とは異なる世界。それなのに、何故エースはテレビを見て、この世界には居ないはずの弟の名前を出したのか。――サッチは実際に問題の映像を見たわけではないが、状況からみてテレビにエースの弟が映っていたのだろう事を察していた。

「まさかこっちの世界にお前の弟も来てる、とか?」

 そうサッチが口にすれば、数瞬の間をあけて、いや、と発してから、イゾウは言葉を続けた。

「チラッとしか見れなかったし、実際に会ったことねェから正確なことは言えねェが……――あれは絵だったんじゃねェのか?エース」

 なまえから聞いていたテレビの説明によれば、イゾウ達の住む世界にある、映像でんでん虫と似たような仕組みであると思ったのだ。もしもこちらにルフィが来ていたとして、先程映ったのが当人だとしても、今尚テレビに映し出され流れている人間とは動きや映り方が違っていた。
 人が動いていた、というより、絵が動いていたという方が正しいようにイゾウは思えたのだ。

「ああ、すっげェ似てて、声まで一緒だったけど、さっきのルフィは絵だった」

 テレビと重なるようにして立つエースは、先程から違和感を感じていたのだが、イゾウの言葉にその輪郭がはっきりとし、勢いのままで目に入れた先程の映像を思い浮かべながら頷いた。

「ってことは本人じゃねェってことか」
 
 二人の反応を見たサッチはそう結論付ける。だけどこの世界にルフィが居ないということまでは断言出来ない。それはイゾウもエースも同様で、三人ははっきりとしない妙な感覚に、再び何をするでもなくテーブル付近へと腰をおろしたのだった。
 








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