私室にて無心で巻物を認めていた扉間は、慣れたチャクラを感知し首を鳴らし肩を弛めた。

「扉間、入るぞ」

くノ一の桃華だった。

「姫様は貧血だそうだ。一応医忍に薬も見させている」
「そうか。…で?」

大名の姫が集落に来たとの報告を聞いてすぐ、扉間は桃華を含む数名を情報収集に当たらせていた。桃華によると、家臣は自然に減ったのではなく、なまえの叔父である大名に引き抜かれていったという。

「そのまま領地を掠め取るつもりだろう」
「まあ、そうだろうな」
「輿入れ先に関しては今調べているが、恐らく東の大名だろう。東の当主は母親のはとこで、息子が十九だ。姫様と歳も釣り合う」

扉間が思考の海に沈んだことを察した桃華は、静かに部屋を出た。このまま引き続いてみょうじ周辺について調べるのだ。非常に優秀である。

一人になった扉間は、文机をとんとんと二度叩いた。


兄である柱間が千手の族長になって早数年。
扉間は自身が兄の右腕であることを既に自覚していた。

柱間は他の追随を許さぬほど忍の才に溢れており、人徳も人望もある。しかし同時に、周囲のことばかりを優先し自らが損をしても構わないという優しすぎる性質をも持っている。それが柱間や扉間だけで済むことであれば、扉間とて何も言わない。だが、一族にも影響することなら、口を挟まないという選択肢はない。

おそらく柱間はなまえの依頼を受けてやろうとするだろう。
父を亡くし、幼い弟と頼りない母親を抱えた哀れな姫。
扉間がなんと言おうが、優しい柱間が無視できるとは思えない。
大方今も仕事をしているふりをして、姫の依頼のことやらマダラのことでも考えているのだろう。
扉間の苦労は絶えない。


***


生来、なまえは心の臓が弱い。それに加え、城から千手までの道程、千手へ来てからの緊張。しかも長時間頭を下げていたのだ。貧血を起こすのも当然だろう。

穏やかな寝息をたてるなまえの頬に張りついていた髪の毛を払ってやると睫毛が揺れた。

「目が覚めたか」
「…とび、らまさま?」
「侍女は席を外しておる。何か必要なものはあるか?」

ふらふらと体を起こすなまえを支えてやる。意識はまだはっきりしていないようで、まぶたはゆっくりと開いたり閉じたりしている。

「ごめんなさい」
「何に対して謝っておられるのだ」
「ぜんぶ」

小さく息を吐くと、蒲団の上に乗せられた細い指がきゅっと握られた。腕を離し、羽織をかけてやる。薄い肩だ。

「兄者を護衛に出すわけにはいかん」
「はい」

目に見えて肩を落とす姿に、まるでいじめているような気分になる。

「だが、兄者以外の者なら出せないこともない」

なまえは弾かれたように頭をあげた。

「詳細を聞くまで正式な返答は出来ないが、千手柱間で無くて良いというのであれば、受けられないこともない」

ずいぶん遠回しな言い方であったが、つまりは「千手から」であれば、護衛は出せるということである。なまえのしろい頬がほのかに色づいた。

「まことでございますか」
「だから詳細を」
「まことでございますね」
「詳細…」
「うれしゅうございます」
「…もういい」

人の話を聞かない姫である。
身をのりだし、扉間のあかい瞳を覗き込んでいる。
潤んだ瞳で、期待に満ちた眼差しで、後ろには蒲団。

余計なことを考えそうになり、扉間の眉間にきつい皺が寄った。



千手柱間という男は、己が少々阿呆なことを自覚している。
そんな阿呆な男が一族を束ねる立場であれるのは、賢い弟や一族の皆のお陰であるということも知っていた。だからこそ、なるべくその賢い弟の意見は尊重したいとは思っている。
が、譲れないこともある。
これでも阿呆なりに二十年も自分の性質というものと向き合ってきたのだ。扉間にいくら口を酸っぱく「兄者は甘いのだ!」と叱られても、今さらそれを変えることはできない。

つまり。

執務室にやってきて影分身を解いた扉間のため息を聞いても、自分の意思を曲げる気はなかった。

「だからと言って、俺の影分身に俺を言いくるめる相談をする阿呆がどこにおる」
「?!」
「まさか本体に戻った影分身の記憶や経験がどうなるか忘れていたわけではあるまい」
「・・・」
「・・・」

曲げる気は無かったが、影分身の性質を失念していた。
賢く口うるさい弟をなんとか納得させて、姫の護衛につき、うちはとの和解を成立させ、同盟を結び、忍の里をつくる。そんな方法があるなら、扉間こそ知りたい。
ずーんと灰になって落ち込む兄を見て、頭が痛くなった。

「先ほど姫が起きた。兄者ではなく千手の者なら護衛に出せるという話をした」
「おお!さすが扉間ぞ!」
「話は最後まで聞け」

どいつもこいつも…。