一方通行


 講義が終わった教室に、相沢と今田の声が響き渡っている。もう二人だけしかそこにはおらず、心なしか相沢の表情が緊張を見せていた。

 相沢は身長が百七十七センチ。今田は百七十九センチ。割と長身の部類に入るであろう二人が椅子に座りながら、机の上に広げた雑誌を覗き込みながら肩を寄せ合うようにして話をしていると、はたから見れば異様に感じる。

 二人は大学へ入学した年の春に、キャンパス内で出会った。相沢がつけていたピアスを今田が気に入り、それどこで売ってんの? と彼から声をかけたことが切欠だ。それからずっと特に喧嘩もなく二人でつるんでおり、入学より二年目の春を通り過ぎて今は秋になっていた。

 相沢のベリーショートの黒髪がさらりと揺れた。形の良い一重のまぶたがそれへつられるように、微かにひくつく。薄い唇を、中の肉が見えるほどゆっくりと開きながら彼は、すぐそばにいる今田を見つめた。

 茶色に染められたショートカットの髪はゆるいウエーブがかけられており、毛先は常に遊んでいた。くっきりとした二重のまぶたをしており、その奥にある瞳は日本人にしては色が薄い。少しだけ下の方が分厚い唇は、彼の綺麗な顔立ちに表情を与えており、黙っていると戸惑ってしまう程に男前なそれが笑った瞬間、子供のように無邪気なものへと変化する。それがいつも、相沢を悩ませていた。

 至近距離で見つめられていることに、今田が気づいた。すっとした眉を寄せながら首を傾げる。

「ん、どした?」

 相沢は何度も唇を開け閉めし、左目の下にある小さな黒子をぴくぴく痙攣させた。

 今田の目は再び、机の上に広げている雑誌へと戻ってゆく。

「好きだ」

「あ? あー、あゆみの事? あいつは駄目だぞ。俺がキープするからなー」

 雑誌をめくりながら言う今田へ、相沢が軽くため息をつく。

「そうじゃあなくて。お前が好きだってこと」

「俺も好きーって、女がいないところでおホモごっこしても何の意味もないだろ、阿呆」

 一瞬白目を剥いた相沢が、ふと首を傾げた。

「どうして意味がないんだ?」

 今田が顔を上げる。呆れたように眉を上げていた。

「女、ホモが好きだろ。あ、今度は腐女子を狙ってみるのもいいかもしんないなー。そんなにすれて無さそうだし」

 相沢は苛立ったように鼻を顰めてこっそりと舌打ちをした。

「そうじゃあなくて、だから、俺は――」

「そういやぁさぁ、焼き肉食いたくない? 今日付き合えよ」

 再び雑誌へ視線を落とし、今田は微笑した。

 その表情を間近で見た相沢の頬がほんのり赤く染まる。

「べ、別にいいけど」

「女も呼ぶか。肉食うとさぁ、女、抱きたくならん?」

 その弾んだ声に相沢の顔色が青くなった。

「それはお前だけだ。女なんぞいらんから呼ぶな」

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