おや、耳を塞ぐの? 悲鳴、上げてもいいけれど、あまり騒ぐとまずいんじゃあない? この小屋は人の気配がない森の中にあるようだけれど、それでも、誰も通りかからないという保障はどこにもないよ。
その憎しみのこもった瞳はまるで、僕のようだ。君にも強烈な痛みを与えることができて、嬉しいな。
は、は、は、は。困った。笑いが、止まらない。
泣いてもいいよ。僕を殺したい程憎んでいい。それは当然のことだろうからね。その感情はきっと、君の全てを解いて、ばらばらにし、崩壊への道を歩ませてくれる。
話を続けようか。
僕は、憎しみを持て余していた。幸せな家庭が目の前にあって、見ているものがあの日の夕焼けのように真っ赤に染まるくらいに現実へ憎悪していた。それでも我慢した。必死にね。
彼がこの街に戻ってきてから数年後。父が倒れ、僕はその介護をする日々を送っていた。あうあうと、声にならぬ音を口からこぼす父。何もできなくなった父。昼は仕事をし、夜は介護をする生活。次第に、いつ死んでくれるかな、まだか、まだかと待つ自分へ気づいて反吐がでた。何って人間なのだと思った。いっそ、自分が死ねたらと、寝る前は毎晩祈った。
父が亡くなったのは、一週間前だ。君も知っているよね? 騒ぎになったもの。
僕が殺したんじゃあないかって、疑われてさ。確かに殺意を抱いたことは多々あったけれど、それでも歯を食いしばって必死に介護してきたのにね。
どうして疑われたのか、僕もわからないよ。食べ物がのどに詰まって死んでしまったからかな?
疲れていたんだ。見ているものの色、かぐ匂い、味、五感がどんどん失われていくような感覚がしていた。父に食事を与えながらうとうととして、何度か船をこぎ、はっと気づいたら父はもう冷たくなっていた。あの時の絶望感と開放感が君に、わかるだろうか。
父の葬儀を終えてね。遺影を抱えて玄関でへたり込んでいたんだけれど、突然さ、君の、父親――彼が訪ねてきた。チャイムも鳴らさず玄関に入り込んできて、さ。
雨の日だったね。それなのに傘を差していなかったのか、全身ずぶ濡れになっていて、スーツの裾から水滴がぽたり、ぽたりと落ちる音を耳にした。
彼は、僕を見て、うなずいた。
僕は、ただ、まぶたを見開いていた。
――これで障害はなくなった。
君の父親はね、僕へそう言ったんだ。そう、言ったんだよ。
驚き硬直した僕を抱きしめてきて、耳元で、何度も好きだ、と囁いてきた。それからにっこりと微笑んで、僕へ、手を差し伸べてきた。
部屋へ行こう、って。
ねぇ、君。
どう思う? その時の僕の心境を想像できるか?
できやしない。絶対に、誰にもわかるものか。
すごく静かだったよ。身体はね。ただ、心が。
どんな表現でも追いつかないくらいに荒れ狂っていた。指先は冷たかったし、遠くから、波紋を広げるような頭痛がした。
君。ねぇ、君。
すごい顔。ねぇ。ほんと、その表情。たまらないね。
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