またまぶたを閉じて、眠るの? 最近やけに眠ってばかりいるじゃあないか。

 僕も寝ればいいって、そうできたらと思うのだけれど、ここのところあまり眠れないんだ。君に眠気を吸い取られてしまったみたいにね。閉じたまぶた、微かに震える睫毛、その、華奢な胸の上下する様をついつい眺めてしまう。そうしているうちに、地上の生き物の都合なんて何も考えてくれない太陽は、しらっと昇るんだ。

 ただ、何故か昨日は穏やかに眠れたような気がする。どうしてかな。君に抱きしめられて眠ったからか。

 寝返りも、可愛いね。君と同棲してもうどのくらい経つだろう。一年と、三ヶ月くらいかな。

 黙って、寝かせてくれと、言わないで。頭から毛布を被らないで。君の、愛らしい寝顔へ話しかけていると、時たまね、返事をしてくれるんだ。それがまた愛らしくて、胸がきゅんと締め付けられる。

 ……静かになってしまったね。いつも寝つきはいいのに、どうしてそんなに眠いのか。睡眠時間は長いくらいなのに、ね。もしかして僕がこうして君の夢に語りかけているからなのかな。誰かから聞いたことがあるよ。寝ている状態で会話をすると、まぁ、つまりは寝言と話すとね、寝ている方は脳がすごく疲れてしまうのだって。

 それを知っていても君に話しかけてしまう僕は、自分勝手だね。けれど、僕が出勤する時も寝ている、帰宅しても寝ている、そんな風だと、さ。僕としてはそうするしかない。この、早朝出勤深夜帰宅という仕事をしている限り……辞めて、しまいたいな。そうすれば君といつまでもこの部屋にいられる。貯金が尽きるまでの話だけれど。

 出会ったのは高校時代だね。僕が、高校二年。君は一年。テニスコートで初めて顔を合わせたんだ。あの時を、覚えているかい? 君は、今よりも身長が低くて。それに似合わぬ大きな手が印象的だった。下級生にラケットの振り方を教えろと顧問から言われ、僕が、君についた。初めて会話をするというのに、君は何ら物怖じもせずにはきはきと、ラケットをどう持てば、硬式のボールを打った瞬間に手の中でグリップがずれないのかを尋ねてきた。

 その前に、名前を教えてくれるかなと、僕は君に笑いかけた。そうしたら君は、はっとした表情を浮かべ、それから少々申し訳なさそうにまぶたを伏せて、小さく名前を呟いた。赤司です、ってね。

 苗字を教えてくれと言うべきだったか。そう苦笑しながらも僕は、尋ね直さなかった。思えばその時から、心は惹かれていたのだろう。結局上級生の中で僕だけが、君を名前で呼んでいた。出会ってから君の苗字を口にしたことは一度もない。

 ん、うるさかったかな? もぞもぞと、薄い毛布の中に潜り込んで……丸くなった背中が可愛いね。みのむしみたいだ。僕のみのちゃん。その背中へ頬を擦り付けてもいいだろうか。

 聞こえてくる鼓動は優しいな。僕も早く、このスーツを脱いで、シャワーを浴びて、買って帰ったコンビニ弁当を食べ、寝なければ。明日は待ってくれない。訪れることに躊躇すらしてくれないのだからね。

 弁当、君の分も買ってきたんだよ。まぁ、食べないのはいつものことか。それとも置いておいたパンを食べたのかな。ここから見えるキッチンは綺麗に片付いているのだから、また食パンだけを齧ったのかい? たまには野菜も食べなければ――なんて、僕には言えないね。自分だってコンビニ弁当三昧なのだもの。


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