僕は、君に、愛されないと生きてゆけないって、もうずっと言っているよね。君がさ、どんなわがままを言っても、家出する前は全て許してきた。就職活動をするために、高いスーツが欲しいってねだられて、僕は喜んで金を出した。君が、苛立ちを晴らすために僕をサンドバックにしても、許してきた。愛があると信じてね。
でも、それでも、家出して、戻ってきて、新しい恋をしたと、言われて、僕が、あの瞬間に見たもの、君に、わかるだろうか。
胸に突き刺さった杭は、抜けなかったし、抜けたとしても、開いた穴は塞がらなかっただろう。
鎖を用意していた時の僕の気持ちが君にわかるかい。枷を、用意していた。はめると決めていても、君の華奢な手足を傷つけないようにと丹念に調べ上げてから買った、僕の、気持ちが。
涙なんて出なかったよ。涙なんて、出なかった。出なかったよ。本当に、本当に泣きさえできなかったんだ。
君の笑顔を思い出して。頭の中で何度も何度も再生させた。返ってくるキスを。抱擁を、愛を。
――もう、駄目なのかな。
君。
僕をもう、愛していないと、はっきり言えるかい。
この肌を忘れていないとはっきり言えるかい。僕からの愛を不快だと、言えるか。
ドアが叩かれる音、うるさいね。
ああ、だからか。君が斉藤にメールを送って、きっと斉藤は君の実家へ連絡したんだ。それでそこから僕へ探りの連絡が入ったんだね。しかし、メールを送ったのは、僕が寝てからだから昨日深夜のはず。かかったね、時間。その間君はずっと……おびえて、いたの。
いいや、戻ってきてから君は、ずっと。僕に、おびえていた、そうか。はは、そう、そうだ。当たり前の話なのに。僕は見たかった幻を君に重ねていたのだ。
お互い疲れてしまったね……水、飲ませてあげる。ちょっと待っていて。
ほら、グラスに注いできたから。ああ、これ? この包丁は気にしないで。
ドア、今にも蹴破られそうだから。
――……目を。合わせてくれないか。
僕は…………
こんなに人を愛せるとは思わなかったという君の、言葉が、僕の、手足、身体に絡みついて。目に見えて愛が減っていっても、諦められなかったよ。これだけ尽くしてきたのにという気持ちも確かにあったけれど、それよりも、何よりも。
ただ、君に――……
もう、ドアが、開きそうだ。
目を――うん。うん。泣いて、しまいそうだ。君から受けるその、眼差しが全てを、物語っている。
ごめんね。汚してしまうけれど。痛みは一瞬で済むと思うから。叫びはしないよ。
やめろ、って、言わないよね。
それでいい。そうだよ、君。君はもう、僕を愛さない。だから――……
首筋に当たる包丁は冷たいけれど、君との、記憶を、持ってゆけば、大丈夫。
……ああ、ああ、綺麗だ。やはり君は……赤が映える。とても似合うね。飛び散る僕の命。
その、青褪めた肌に、少しでも色が差せたならば、僕は。
END
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