episode 3
夢ならばここで終わらせて

いかけてくれないかな、なんてスズの願望は当たり前に叶わなくてあの後すぐにスズは家に帰った。
 卒業式も終えて、スズは大学生になった。中学から続けていた吹奏楽部に入って、断り切れなかった室内楽のサークル(いわゆる飲みサー、ヤリサー)にも。大学生になって本当はまだ一年生だからダメだけど付き合いでお酒も飲みだして、制服じゃなくて私服で登校して、そんな生活の中にいたら自分が充分大人に思えた。
 スズはお兄ちゃんを諦めようと一区切りつけた。今までのメールも全部削除して。お互い気まずくてあんなに続いてた連絡は絶えた。だからスズがお兄ちゃんを考える時間は減った。なのに、考えの根底にお兄ちゃんがいて、大人っぽさとか色気とか、そういうのをつい考えてしまっていた。
 ヤリサーに入ってしまったスズだったが、なんとか今までの飲み会はかわせてきた。しかし今度あるものばかりは行かなくてはならないだろう。ついでに言えば貞操の保障も今度こそ危ないと思う。スズは大学生になってからメイクも始めて、美しさを一層高めていた。
 入ったのは居酒屋で、ビールはまだ苦くて飲めないスズのためにファーストドリンクを甘めのサワーにしてくれた先輩。きっとスズを狙っているのだと思う。別にお兄ちゃんを諦めるためにこの人に抱かれるのも悪くないか、なんて甘っちょろい考えのまま、酒を煽った。
 酔いさましに外行こうか、なんて先輩がスズを立たせる。ちゃっかり荷物も持ってお店を出て、出るなり路地にスズを押し込んで性急に口付けた。かつてお兄ちゃんにスズが贈ったものより荒っぽくて、だけどずっと上手かった。先輩の手が腰や胸、太ももに触れたが不思議と嫌悪感はなかった。先輩はスズの肩口に跡をつけると手を繋いで歩き出した。
 辿り着いたのはラブホテルで、ここが初めての場なのか、なんて思った。本当に冷静だった。入ろうとした時、スズの腕は誰かに強く掴まれた。スズと先輩がその人を見ると、その人はお兄ちゃんで、スズは驚愕に目を見開いた。

「警察だ。そこの女の子、身分証見せな」
「なんのつもり、お兄ちゃん」
「いいから来い。それと、俺の妹に手ェ出したらタダじゃおかねぇからな」

 お兄ちゃんは先輩に一睨み食らわせてからスズを引っ張って車に押し込んだ。エンジンをかけながらイライラした様子でタバコに火をつける。

「お前あそこがどういうことする場所が分かってついて行ったよな?」
「当たり前でしょ」

 説教を始めたお兄ちゃんにスズは苛立ちが募っていく。別に良いではないか。今のご時世ロストバージンが中学高校の人もいるくらいだし、大学生は一番垢抜ける時期だ。周りもどんどん処女じゃなくなっていった。スズの理想の初めてなどお兄ちゃんに抱かれることだ。それを拒んだのはお兄ちゃんであって、お兄ちゃんが相手じゃなければ、レイプ以外なら誰としたってスズにとっては同じだった。

「体が先の恋だって良いじゃない。セフレだって今なら少なくないし」
「自分の体なんだから大切にしろっつってんだよ!てめぇは女だろ!?」
「女だから何!?男は遊びでセックスして良いのに女はダメなわけ?だいたいお兄ちゃんが私のことフったんじゃない!私が誰とセックスしようが私の勝手でしょ!?」

 声を荒げて返せばお兄ちゃんは黙った。でもイライラしたままで、ハンドルを指でトントンしていた。もうすぐスズの家だったが、そこを通過してお兄ちゃんは車をさらに走らせる。スズが文句を言ってもお兄ちゃんは無視する。それが腹立たしくて、どこに着いたのなんか見ていなかった。
 車が止まるなりスズはドアに手をかける。ダンッ!スズの動きを妨げるようにお兄ちゃんの手がドアのガラスに叩きつけられて、スズは恐怖で竦んだ。固まってしまったスズを見てお兄ちゃんは素早くタバコを灰皿に押し付けて車のキーを抜く。お兄ちゃんが車から出てもスズは動けなかった。お兄ちゃんがドアを開けてスズを助手席から引っ張り出す。
 無言でスズの腕を引いて早足に歩くお兄ちゃんが怖くてスズは何も言えず黙って従う。お兄ちゃんのアパートの階段を上って、突き当たりのお兄ちゃんの部屋に押し込まれる。お兄ちゃんはスズが靴をまだ脱げていないというのに中に連れて行こうとするので抵抗する。するとお兄ちゃんは面倒くさそうにスズのパンプスのストラップを外して脱がせると、そのまま抱き上げて進む。
 合格祝いの日に来て以来だったが、部屋は何も変わっていない。あの日は入らなかった寝室を開けて、お兄ちゃんは乱暴にスズをベッドに放った。悲鳴をあげてから、抗議しようと起き上がったスズの上にネクタイを緩めながらお兄ちゃんがのしかかってきて、強引に口付けた。息もつかせない激しいそれに意識が朦朧とする。
 お兄ちゃんはスズのブラウスを乱暴に開いて、キャミソールをたくし上げる。現れたモスグリーンは奇しくもあの日と同じで、お兄ちゃんの動きが止まる。でもそれは本当に一瞬だけで、慣れた手つきで背中に手を回してホックを外してキャミソールと一緒に上にする。現れた乳房を揉みしだき、ピンク色のそこに舌を這わせる。

「やめっ…」
「あ?」

 顔を背けて体をよじろうとしてもお兄ちゃんが阻んで何もできない。でもお兄ちゃんに首筋のキスマークを見られて、お兄ちゃんが不機嫌な声をあげてそこを舐めた後、強く吸いついた。
 スズは熱い吐息に小さな呻きのような嬌声を交えて始めた。スカートをたくしあげて現れた頼みの綱はとても小さく脆いものだ。スズの中にはこのまま抱かれてしまえば本望ではないのか、という心と本命ゆえに流れや気持ちのないセックスを拒みたい、そんな気持ちが葛藤が起こった。
 お兄ちゃんはまだ怖い顔のままで、腰に手をかける。片足に残るそれがいやらしくてくらくらする。お兄ちゃんの手がそこを触る。スズだって年頃の娘で、一人でそういうことをする事だってある。なのに人に触られるというのはそれだけで体の芯が熱くなって、求め始める。お兄ちゃんは決して中に入れず、小さな突起をいじり倒す。スズは背を弓なりになり、足がおかしいくらい震える。強すぎる快感が僅かな辛さを生み、果ててしまいそうな体に力を入れてこらえる。好きな人の前で、好きな人の手によって果てるのは恐怖だった。
 首に腕を回してタバコの匂いのする肩口に顔を埋めた。力んだ足がお兄ちゃんの体を挟み込んで、嫌でも震えているのが伝わってしまう。お兄ちゃんが耳元で囁く。

「ほら、イけよ」
「ぁっ…ぉ、にいちゃ!怖いの!」

 ぎゅう、としがみついた。ああ、もう無理だ。限界だ。お兄ちゃんのシャツの背を握りしめて、スズはとうとう果てた。足がビクンッと跳ねて、体が震えとは違った痙攣を起こして、スズの唇から甘い声が漏れ出す。
 力が抜けてしまって、スズはしがみついていた腕も足もだらんとさせて恍惚の表情で上にいるお兄ちゃんを見た。お兄ちゃんもスズを見下ろしていて、普段とは違う色を瞳に宿していた。
 スズは幼い子がやるように両手を広げて抱っこをせがんだ。お兄ちゃんは腕の力だけで抱き起こして、スズを抱きしめる。お兄ちゃんが謝ったりする前に、スズはキスをした。太ももの辺りに置いていた手を滑らして、ジッパーフライのあたりを探す。お兄ちゃんが止めるような動きを見せたのでキスをしながら目を開けて訴えた。触れたそこは少し温かくてスズの予想以上にかたかった。

「かたくなってる。触ってて興奮した?」

 こてん、と首を傾げるスズにお兄ちゃんは内心小悪魔め、と罵っていたがそんなのスズはつゆ知らず、スズはベルトに手をかけた。人のベルトを外すのは初体験で少々手間取ったが、見上げたお兄ちゃんの表情は愛おしさに満ちていて、そんな風に見られたら勘違いをしてしまいそうになる。
 スズはパンツの前から抜き取って、初めて見るそれを恥ずかしそうにだが、興味が勝ってまじまじと見てしまう。それにお兄ちゃんはフッと笑ってスズの頭を撫でた。

「ロリコン」
「おい」
「…初めてだからどうしたら良いのかわからない」

 とりあえず握って上下に動かしてみるが力加減なんかが分からなくてつい不安になる。そういえばAVとかではフェラがよく出てくるなと思い立ってスズは少し後ろに下がって顔を近付ける。

「初めてならそんな事すんな」
「えー」
「それより、その…」

 お兄ちゃんはその先を言い淀んだ。気まずそうにスズを見たり、外したり、落ち着きがない。やがてがしがし頭を掻いて大きく息を吐き出す。

「本当に俺で良いのか」
「うん。むしろ遊びとはいえお兄ちゃんも良いの?彼女いないよね?」
「遊びじゃねぇよ…」

 お兄ちゃんはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。ぶっきらぼうだけどちゃんと言うべきところは言う、それがお兄ちゃんだ。だからちゃんと伝わった。あの日以来スズがオンナにしか見えなくなって戸惑って、スズと同じ場所まで堕ちてしまった事に。
 スズは母に飲みサーに入ってしまったとは言っていたが、それがヤリサーとはいってない。きっと話を聞いたお兄ちゃんが推理を働かせてくれた。お母さん経由で今日の飲み会の事も、起こりそうな事も予想してあの場所にいたんだと。

「お前をそういう風にしたのは俺だし、俺が責任とってやるよ」
「上から目線むかつく」
「今は黙っとけって」
「あ、待って…」

 お兄ちゃんがスラックスのポケットから財布を出して中を漁る。探り当てたものはやっぱりゴムで、スズを最初とは打って変わって優しく押し倒す。それに待ったをかけて、スズはゴムをつけながら怪訝そうな顔をするお兄ちゃんを見上げた。

「なんて呼んだら良い?」
「してる時はお兄ちゃん以外で」
「なら陣平さん、優しくしてください。返品は不可です」
「バーロー、処女相手に荒くするわけねぇだろ。俺をケダモノかなんかと勘違いしてねぇか?」
「男はみんな狼でしょ」

 すると陣平さんは一瞬キョトンとしてから違いねぇと苦笑して、それを宛がった。最後にもう一度だけ確認して、陣平さんがスズの中に押し入った。

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