episode 5
君のいない未来だけ

原が死んで以来、毎年あいつの命日に届くファックスは数字のみプリントされていて、それが去年1になって確信した。奴は今年仕掛けたくると。絶対に逮捕してやる。そう意気込んでタバコに火をつけて今年の分のファックスが届くのを待つ。
 ファックスはやはり届いて、すぐに杯戸ショッピングモールの観覧車のことだとわかった。スズとの関係を変えるきっかけになった日に行って、度々訪れていたしデートでもあの観覧車は人気だった。その時も確か72番だったな、と回想しながら俺は工具の入ったカバンを肩にかけた。

 順調に爆弾を解体出来ていた。しかし、犯人からのメッセージで思いとどまる。本来禁煙のその場所で、俺はタバコに火をつけた。
 思い返すのは昨日の出来事。スズが別れを切り出した。まさかスズから切り出してくるとは思わなかったし、スズの言う幸せな家庭とやらを築けなくたって、スズさえよければそれでいいと思っていた。しかし本来ならばいけない関係、折角スズが勇気を出して切り出してくれたのを、無下にするわけにも行かず俺は受け入れた。
 自分が教育係である佐藤に特別な感情を抱き始めていたのは気付いていた。ただ、それをスズに見抜かれていたのは予想外だったが。陣平としては、スズが大切であったし愛していた。だから敢えてその感情に名前をつけるようなことはせず、線を引いて認めなかった。
 今まで散々バカにしてきた浮気の心理を身をもって体感した陣平はどこか皮肉めいた笑みを浮かべて紫煙を吐き出した。ピリリ、携帯が鳴る。またあの口うるさい教育係かと思いきや、かけてきていたのは父だった。

「陣平…よく聞くんだ…」

 スズの見舞いで会ったばかりだった父親の声。しかし、どこか違う。そうだ、泣いているんだ。後ろから母の声も時折聞こえている。

「スズが死んだ…。見舞いに来たらちょうど容体が急変して、そのまま……ッ」
「…4月じゃねぇぞ」

 なんてタチの悪い冗談なんだ。どうせ父からスズが携帯を奪って暇だからいたずらして見ました〜!とか言うんだ。そうに決まっている。頬に嫌な汗が伝う。そのとき後ろで聞こえたのは母親の絶叫で、どうして!?とかスズ!!とか言っていて、受け止めるしかなかった。

「クソ…っ!」

 父親にもその声は聞こえていて、なるべく早く来てやれ、だなんて言ってくる。陣平は感情の波を目をつむって落ち着かせ、口を開いた。

「悪い、帰れそうにない。親不孝なきょうだいで申し訳ねぇ」
「陣平…?」
「面と向かって言ったことはなかったが、今までありがとな。親父、お袋にも伝えてくれ」

 ぶちり、電話を切った。

 ─スズが死んだ。

 まだあの関係は続いていたはずだ。入院中は寂しいから傍にいてと。この爆弾でもともと死ぬつもりだった。死にに行く理由が一つ増えただけだ。ああ、そうだ。

「これで良いんだよな、スズ…」
─本当に?

─佐藤さんだっけ、同僚の。あの人はお兄ちゃんの帰りを待ってるよ。

「ああ、良いんだ」

─私のこと気にしちゃダメだよ?

「気にしてねぇよ。ただ、俺がそうしたいだけだ」


 爆発の時間が迫る。俺は目の前に真っ白な服を着て背中に羽を生やしたスズが現れて俺に問うても冷静にスズを選んでいた。それが俺の答え、それでいい。携帯のメール機能を立ち上げる。宛先は佐藤、件名もなく。爆弾に文字が流れる。こんな所で特技が活かされるとは思いもよらなかった。
 本文に打ち込まれた場所。いくつか改行して、打ち込んだささやかな告白。どうせ死んで実らない。俺が向き合うのはスズだけ。最後の最後にケジメをつけようと打ったのは。


あんたのこと、割と好きだったぜ


 送信してすぐ、体が光と熱に包み込まれた。萩原、悪いな。仇はとってやれそうにない。

「最後くらい許してくれよな」
─もちろん。お兄ちゃんが私を選んでくれて嬉しいよ。
「約束しただろ?」
─うん、そうだね。約束守ってくれてありがとう。……お母さんとお父さん、大丈夫かな。
「ホントに親不孝なきょうだいだぜ」
─お兄ちゃんも人のこと言えないし。でも親不孝と言えば心当たりありすぎるね。二人がこっちに来たときはすっごく怒られそう。


 陣平はずっと一緒にいると誓うと同時に、スズの口を塞ぐ意図もこめてスズの唇に自分のそれを重ねた。


…fin

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