「ごきげんよう、愛らしいお嬢さん」
ふんわりと舞い上がる花の香と共に、どこか甘そうな男の声が降ってきた。
少女――ヴィヴィアンは突然の客人にポカンと口開けたまま彼を見上げたが、その顔に彼はまるで『してやったり』とでも言うようにフフンと胸を張ってみせた。
「ごきげんよう、お花の匂いのすてきなお兄さん」
その顔につられたかのようにヴィヴィアンがふふっと楽しそうに顔をほころばせると、ヤギに与えていた餌かごを左手に、右手で服のをつまみながらちょこんとお辞儀をしてから小首を傾げた。
「お兄さんは、商人のかた?」
「いいや?」
「旅のかた?」
「いや」
「それじゃあ……うーん、村のお知り合いのかた?」
「それもハズレだ」
餌かごにむらがってきたヤギに草を与えながら問いかけると、男もまたその餌かごから草を与えながら答えた。ヴィヴィアンが悩むその姿を面白がっているのか楽しんでいるのか、クスクスと男が笑う。
それでも答えを終ぞ当てられない内に、やがて餌カゴの中の干し草はすっかりなくなっていた。小屋へと帰っていくヤギを見送りながら、ぽつんと二人が立ちすくむ。
「わたし、答えを知ってるかしら?」
「君が悪い子なら、たぶんね」
「それじゃあわたしって良い子だったのね、知らなかった」
口元に手を沿えてヴィヴィアンがくすくすと笑うと、それにつられたかのように彼も嬉しそうな顔をした。そして
「しかたない、答えを教えてしんぜよう!」
「はい、おねがいします先生」
男は老人でもないのに持っていた杖をカツンと響かせると、まるで学者博士のように胸を張って威張るポーズをしてみせた。ヴィヴィアンも更に楽しくなって、先生だなんて言う始末。
けれども、彼が彼女の手から餌かごを取り上げて。
(……あら?)
その手を取る。そこからはまるでおとぎ話の絵本のようだった。
さながら王子か騎士の様に彼女の足元に跪き、そのちいさな指の先に彼が唇でそっと触れる。
「私はマーリン。ヴィヴィアン、君を攫いに来たんだ」
呆けたままの彼女に囁く美しい顔のその男は、まるでほころぶ花のように笑っていた。