伴侶決めの儀式


 湿っぽい洞窟に集まった皇家一族が見守る中、儀式は最終段階を迎えた。魔法陣の中央に集束する青白い光の眩しさにライが瞼を閉じた一瞬の間に”それ”は姿を現した。
 数秒の静寂の後、集まった者たちはどよめいた。
 何故なら、本来のとは全く異なる結果を齎したからである。
 何も無い場所にいきなり人間が現れるだなんて前代未聞……と言う以前に有り得ない。けれども、皇族と許された者しか入れないこの祭場に無関係な者が侵入することもまた、不可能である。
 ライの中に残る冷静な部分が事態の異常さを訴えているのに、それに気付かぬくらいライの意識は”それ”に奪われていた。

「……ノーク」

 隣に立つ皇帝の口から漏れた言葉にライは無意識に頷いていた。
 冷たい地面にぐったりと横たわる”それ”は、確かに人間の形をしているが確信を持てない部分があった。
 この世の全ての生物の中でノークのみが持つ色を宿した、見慣れぬ衣類をまとった人間。
 こんなに美しい黒髪は見たことがない。黒色の染め粉は存在するが値が張るし、このような艶も出ない。松明の灯りを反射する黒髪。それだけでこの黒色が本物なのだと分かる。
 そして肌の色。薄暗い空間なのではっきりとした色は分からないがあきらかに色が濃い。灯りの届かない箇所など、ぼんやりとしか輪郭が分からない程だ。



 パンパンッと、何かが破裂したような音が困惑の空気を切り裂いた。周囲が見えなくなっていたライにもその音は届いて、辺りが静まり返ったことに気付いた。
 皇帝が手を打ち諌めたのだ。全員の注目が自分に集まったことを確認して口を開いた。

「ラインシュリヒガーベの伴侶が決まった!」
「っ……お待ち下さい父上!」

 朗々と宣った皇帝の言葉に誰もが戸惑いを見せる中、声を上げたのは第二皇子のリスティだ。

「どこの誰とも分からぬ者を皇家に入れると言うのですかっ?!」
「どこの誰、か……この色を見れば答えは明白ではないか。この者……いや、この方はノークに違いない。ライの伴侶には我が国の象徴であるノークが相応しいと神がお決めになったのだ。それを拒絶などしたら、どんな災いが起こるとも限らん。」

 ノーク(と思しき人間)を見つめる皇帝の表情は恍惚としている。こんな光栄なことは無いという思いが隠しきれていない。
 皇帝と同じように、いや彼以上に黒色の人間に目を奪われていたライだったが、皇帝のように喜ぶことはできなかった。この状況はライにとって厄介でしかない。
 ライが望みもしない皇帝の椅子に一歩どころか数千歩は近付いてしまったことで、リスティと彼の母が悔しげに唇を噛みライを睨んでいる。



 皇帝とて馬鹿ではない。帰城すればすぐにでもこの者の素性は明らかとなるだろう。その後に皇帝がどんな対処を取るかなんてライの知ったことではない。
 いくら国の象徴とは言え所詮は鳥であるノークが人間になるはずがない。
 儀式は失敗したのだと結論付けたライは、未だ気を失ったままである人間を丁重に運ぶよう指示する皇帝を尻目に出口へ向かい歩き出した。

 これだから誕生日は嫌なんだ……。

 今日はライの十七度目の誕生日だ。