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一段と雨が強くなる中



自分の放った矢が、その姿を消し去った



「・・・明翠」

『・・・・・っ』

地面に座り込んだ明翠が何かに怯えているのか
様子がおかしい

妖が近くまで来ていたのは事実
自分の力不足と言えば、そうかもしれない
けれど、彼女の術が足止めをしていた
おれの残していった式も動いていた

だから、彼女が何に怯えて座り込んだのかがわからない
今の妖に怖気づくような女じゃない

「すぐ家に」

『・・・・・』

体に手を伸ばせば、小さく声が漏れた

『的場・・・私』

「・・・今は、いい。早く体を温めないと」

ぎゅっと服を掴まれる
何かに怯えるように震える手は
冷え切っていて、痛々しい傷が見える

『どうしよう・・・私、また』

「・・・明翠?」

『使おうとした・・・驚いたの、突然だったの・・・それで』

屈んで視線を合わせれば
今にも泣きそうな表情に驚く

『・・・やり方もわからないのに』

“使う”とは、どれの事を指したのだろうか
先ほどの陣は、確か首にかかって
首に・・・?


「・・・・・椿の・・禁術か」

びくりと身体が上下した
“ごめんなさい”と小さな声が聴こえる
けれど、今は、それどころではない
これ以上身体を冷やせば、風邪ではすまない

「・・・・立てるか」

『・・・・・・』

よろよろと立ち上がった明翠を背負って道を戻る
体の前に出された右手が左手の手首をぐっと掴んでいた

耳元で聞こえる“ごめんなさい”は、一体誰に向けられたものなのだろうか







家の者に簡単に説明して
浴室に明翠を押し込んだ
彼女が風呂を上がったら、自分の元に連れてくるように頼み
自分も髪を乾かし着替えた

時間が時間なだけに
今日は、うちに泊めることを伝えるため
椿の家に電話入れた

“帰ってこないから、どこまで行ったのか思ってたんだよ
 静司くんが一緒で良かった・・・”

“あぁ、すまないね。娘をよろしく頼むよ”

昔から、明翠の父親は少し苦手だ
良い人の様に見えて
いつも何かに怯えているように見えた
・・・妖が見えにくくなったからだろうか



『・・・的場』

「怪我の手当ては、」

『さっき、家の人に』

「ならいい」

『・・・・・的場は怪我してない?』

「してないよ」

『良かった』

「それで、怪我の具合は?」

『右足首の痛みと、あと擦り傷切り傷色々・・・明日、病院行ってくる』

「その方がいい・・・さっき家に電話したから、今日はうちに泊まっていけ」

『・・・ありがとう。お世話になります』

「・・・もう、いいのか?」

『うん・・・昔のこと少し思い出しちゃって』

そう言って先ほどまで何もなかったかのように笑った
体も温まったのか震えておらず、疲れは窺えるものの大丈夫そうだった

『的・・・・静司、来てくれてありがとう』

「・・・・・・・」

『札に触れた時に紙が飛んだから、もしかしたら・・・と思って』

「・・・どうして、式もなにも連れてなかった」

『すぐ終わると思ったのよ・・完全に読み間違えた
 もしかしたら、あの妖におびき出されたのかもしれないわね』

「あんな人の少ないところに1人で入ったのか」

『気づいたら森の中で、祓った後くらいから雨が降り始めてね
 濡れた落ち葉で滑って坂道転がって・・・この様。情けない』

「危険だとは、思わなかったのか」

『自分の力を過信してるつもりはないけど、刃も札もちゃんと』

「そうじゃない」

『?』

「あんな場所、何かあったらどうする」

『だから』

「それは、妖の話しだ」

『・・・・?』

「襲われたらどうする、人さらいに会ったら」

『・・・・・』

「式や雪を連れてるならいい、けど、札や術では、人には勝てない」

『・・・・・・』

「妖より、男の方が何をするかわからない」

『・・・・・・・』

「何かあってからでは、遅いから気を付けた方がいい」

『・・・・・静司、お父さんみたい』

「・・・・・・・・おれの言ってる意味わかってます?」

『・・・わかってる。これからは、ちゃんと式を連れて歩くから
 最近、物騒だものね・・・来てくれたのが静司で良かった』

「・・・・・」

『もし、的場が来てくれたら、静司って呼んであげようかと思って』

「では、これからは、それでお願いします」

『それは、残念。明日には、的場さんです』

「・・・・・・・」

『・・・何?』

「・・・いや、和服もいいなと思って」

『日本人だからね』

そういう意味ではないというのに、この女は、まったく
頬に張られた絆創膏が嫌に目につく
傷痕が残ったら、どうするんだ
髪も妖にやってしまうし
どうしてこう、自分に無頓着なんだか

高3になったあたりから、急に大人びはじめた
女子の成長は、男子より早いなんていうが
小、中学校までの話しかと思っていた

他の女の、そんな仕草なんて気にもならないのに
些細な動作1つに目が行くのは、惚れた弱みというものなんだろうか

あの時は、ごたごたしていて考えもしなかったが
思い返してみれば、かなり揺さぶられるものがある

手に入れられるものなら手に入れたい



それから当たり障りのない話をして
欠伸を噛み殺した彼女を部屋へ行くように誘った

「眠いなら、部屋に案内するけど」

『・・・うん、お願いします』

「何か食べる?」

『平気、あんまりお腹空いてないの』

手を貸せば、包帯の巻かれた手がためらいなく掴んだ
そのまま肩を貸して部屋まで案内する

傷を負ったばかりで、どの箇所も痛みが引いていないのか
時々声が聴こえた

「よく、風呂に入れたな」

『無理やり押し込んだのは、静司でしょう』

「それ以外に思い浮かばなくて」

『傷は染みるし、右足痛いし・・・でも、おかげさまで温まったけどね』

そうとう染みたのか、顔を歪めていた
既に布団の敷かれた部屋に通し
簡単に場所を教えて自室に戻った

『おやすみ、静司。今日は、ありがとう』

「何かあれば、遠慮なく部屋に来てください。おやすみなさい、明翠」


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