02
「で、どこが世界は平和になったですって?」
「ハハハ…」

 紫は赤ん坊を抱きながら横目でカカシを睨みつける。というのも、紫たちを取り囲んでいるのは、カカシが言っていた時代の波に取り残されてくすぶっている忍たちだ。今まで散々血に濡れた道を歩いて来た忍たち。そう簡単に生き方は変えられないし、どうしていいのか分からず闇堕ちした成れの果て。臨戦態勢を取る一同だが、紫は赤ん坊をサスケとナルトに渡す。

「な、俺たちだって戦うってば」
「けが人は黙ってなさい。代わりに、スバルを頼みましたからね」

 紫はポーチから三つ又のクナイを取り出す。ナルトはやっぱり、とこぼす。それは他の人たちも同じだった。忍界大戦中穢土転生された四代目火影 波風ミナトが使っていたもの。紫はそれを何本か手に隠していたようで四方八方に投げる。一見無作為で意味のない行動に見えるが、この術が何たるかを知っている彼らには分かった。

「飛雷神の術」

 紫の姿はカカシとともに消え失せた。カカシを敵の死角に運んだのだろう。戦闘が飛雷神の術を皮切りに始まった。それにしても相手が悪すぎた。ほとんどカカシの無双だ。紫は直接的な戦闘は行っていないが、飛雷神の術でサポートに徹している。シカマルは戦闘に参加すべきなのだろうが、置いてけぼりを食らっている。
 ナルトも、サスケも、背後に感じる敵の気配に気付いた。すかさず赤ん坊と関係のない足技で応戦しようとするがそれよりも早くに紫が真っ赤な髪の毛をなびかせて間に立ちふさがり、印を結ぶ。

「子供たちには指一本触れさせない!火遁 豪火球の術!!」

 紫が吹き出した火球は相手の身体を焼き、少し先まで吹っ飛ばした。その敵が最後だったようで、カカシも姿を現した。紫は腰に手を当ててふんっと息を吐く。じろりと白い目でカカシを睨めば彼は困った顔をして笑った。

「なあな、ねえちゃん。ねえちゃんってば、なんで飛雷神の術が使えるんだ?」
「私は孤児だったし、その上この髪を見たら分かるだろうけどナルトのお母さんのクシナさんと同じ、うずまき一族の系譜を踏んでいるの。だからミナトさんとクシナさん夫婦に預けられて、娘同然に育ったの。ミナトさんから術を教えてもらっていても、不思議じゃないでしょう?」

 紫は愛おしそうに長い赤い髪に指を通し、少しおかしそうにクスクス笑った。困惑気味に、少し固まっているナルトとサスケの腕からスバルを抱き上げ、自分の腕に戻す。久方ぶりの戦闘で身体のなまりを痛感したけれど、本当に世界が平和になったのなら、戦闘などない筈だ。もう必要なくなるだろう。
 赤子が居る上に暫く動いていなかった紫が居るので移動はゆっくり、休憩も多めにとる。紫はカカシに汲んで来てもらった水を飲みながら、ぼうっと木ノ葉隠れの里の方向を見て思いを馳せていた。
 ふと、腕の中でスバルが動いて慌てて抱き直す。スバルは大きな声をあげて泣き始め、紫はそう言えば、と高く昇った太陽を見て思い出した。念のためオムツを確認するが、やはりそうではないらしい。ちらりと男性ばかりのメンバーを見るが、考えを改める。

「ナルト、サスケ、シカマル。いらっしゃい」

 三人は何故か大人しく従った。泣きわめく赤ん坊を腕を揺らしてあやしているが、効果はない。三人がこちらに寄って、カカシとの間に壁を築くように並ぶと、紫は服を引っ張って片側の乳房を露出させた。

「へ」
「っ」
「は」
「よしよし、スバル、いっぱい飲むんだぞー」

 ぎょっと目を見開く少年たち。初心な反応に、まだまだ若いな、と笑いをこぼしながらスバルの頭を持っていき、おっぱいを飲ませる。スバルは泣くのをやめ、懸命に吸い付いておっぱいを飲む。

「貴方たちもこうしてお母さんのおっぱいを飲んで育ったのよ」

 初めこそ女性の胸に情報処理の間に合わなかった三人であったが、意図を理解すると、彼女とスバルの行為がとても神聖なものに思えた。

「本当に、イタチ…兄さんとの子、なのか?」
「ええ、そうよ。イタチくんと私の子。出産する頃にはイタチくんは亡くなっていたけど、遺してくれた影分身がついていてくれたわ。貴方にあの時のイタチくんを見せてあげたい」

 ふふっと紫は笑った。陣痛が始まってからというもの、紫は叫びながら必死に痛みを堪えてスバルを産み落とそうとした。イタチは何をしていいのか分からず、その場でうろうろしたり、とにかく挙動不審でたいそう面白かった。まあ、それは今だから言える話で、当時の紫にはそんな余裕はなかったので半ギレで怒鳴りつけたものだ。

「あのイタチに…」
「怒鳴りつけたのか…」
「半ギレで…」
「だって、本当に子供を産むって痛いことなのよ?もう痛すぎて怒ってないとやってられなかったのよ」

 紫は少し恥ずかしそうに、それでいて困ったように笑った。子供を産むという行為を三人は目の当たりにしていない。三人がいずれ、大切な人と結ばれて、そうなった時、分かるわ。そう言って紫は微笑む。
 頃合いを見計らってカカシが出発の合図を出す。紫も授乳を既に終えていたので、眠ってしまったスバルを起こさないように静かに立ち上がってそれに応じる。ナルトとサスケは親の愛を感じて育つことが出来なかった。けれど、赤子と母の像から何かしらを感じ取ってくれれば良いなと思って授乳を見せた。
 忍の心を読むなんて芸当はとても紫には出来ないが、何となく顔つきが大人のそれに近づいた少年たちを見れば、良い効果があったのではないかと、紫は勝手に解釈をすることにした。
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