おおかみと秘密


寮の部屋に戻ってきてすぐ、僕はぽすりとそのベッドに体を預けた。どうせ今日一日中寝ていたから、眠れもしないのに。
ピーターはそんな僕を見て「だ、大丈夫!? 痛むの?」と心配そうに様子を見に来た。

「ごめんごめん、そんなんじゃないんだ。ただちょっと、ああ、帰ってきたなぁって思ってた」
「ここが君の帰る場所になったようでなによりだよ、リーマス!」
「何言ってるんだい、当然だろうジェームズ。君たちが僕の秘密を知って尚、良くしてくれることが、どんなに僕を救ったか」

感謝してもしきれない、と続ければ、シリウスの端正な顔に埋め込まれた灰色がすう、と不機嫌そうに細められた。

「それは感謝することじゃねえよ。それこそ“当然”だ!」
「……そういうわけにはいかないんだよ。普通は________ 」

普通。そう口に出して、一瞬次の言葉に繋がらなかったのは、昼間に彼女と話したからだろうか。リズの「普通」さ故に、僕が彼女へ一種の憧れを抱いていたのだと気がついたことは記憶に新しく、またなんとなく僕に羞恥を抱かせる事実だ。あれだけジェームズに「ただの友達」と念を押しておいて、微妙に「友達」から外れた枠にある感情が混じっていたのが、少しいけないことのような感触だった。いや、友人相手に尊敬の念を抱いたりするのは当たり前だし、リズと僕の間に恋愛の絡む意識がないのだから、嘘をついた訳ではない。そう、だから、こんなむず痒い思いをする必要はないんだ。そう自分に言い聞かせていると、歯切れの悪い僕の返事が最後まで返ってきすらしなかったのが不満なのか、シリウスは片眉を釣り上げていた。「おい、リーマス?」なにがしが続きを吠えようとしたシリウスを「まあまあ、」とジェームズが片手で制す。その後きらり、と眼鏡の奥の榛が光ったことで、僕は嫌な予感に苛まれた。

「リーマスが“普通”をどう思っているかは置いておいて………今日の変身術の後、何かあったか僕はたいっへん興味があるなぁ」

ねえ、リーマス? とからかうような視線を向けるジェームズに、思わず「全然置いてないじゃないか!」と反応をする。しまった、と思ったのも束の間、彼は「何言ってるんだいリーマス! 僕は一言も______あの“普通”の女の子について言及してなんかないよね?」とニヤニヤ、いやらしい顔だ。してやられた、とため息をつく。

「は? 変身術? ____あ! あの女、また医務室に、」
「今日一段とひどかったね………ううう」
「え、そんなに酷かったの? リズ、どのくらい怪我してた? 大丈夫かな……」
「会ったんじゃねーのか」
「直後のリーマスが人の様子をしっかり見られる状況だとは思えないね。自分のことで手一杯になって然るべきだ」
「……あー、うん。お恥ずかしながら」
「いや、すまんリーマス。そうだよな」
「……何があったか、じゃなくて、怪我してたかどうか、なんだ?」

ぽつりとこぼしたピーターの言葉に肩を揺らす。「アー、ウン、そりゃあ、ともだちが怪我したってなれば、具合、気になる、でしょ」 引きつった顔をしていたことだろう。そこそこうまいと自負していたはずの愛想笑いも形無しだ。(最も、この親友たちにはそんなものもとより効きはしないけど)

「……なあリーマス。あの女は、お前がなんで医務室にいるのか知ってんのか」
「っ、え? いや、リズは知らないと思うよ」
「ふぅん、そう」
「どうしたの、シリウス」
「あは、気にしなくていいよリーマス。こいつ、一丁前にサティがリーマスを傷付けやしないか見定めようとしてるだけだから!」
「一丁前にってなんだよジェームズ! 俺はなぁ!」
「なに、言ってるの……… 大丈夫、もう3年隠せてきたんだ、から。君たちにバレたのは、僕と同じ部屋で、君たちが特別聡かったから。……そう、でしょ?」

窺うように視線を向けると、シリウスも、ジェームズも、ピーターも、なんだか変な顔をして黙っていた。もどかしい空気が流れる。悲しい性と言うべきか、人の顔色を見るのが、所謂空気を読むのが得意になってしまった僕にしてみれば、彼らの言いたいことはわからないでもない。むしろ、「伝える気はあるのか」ということだろう。3人は僕の秘密を徹底的に守ろうとしてくれるけれど、同時に、僕がこの秘密を____人狼であることを、引け目に感じて欲しくないというのも多分に思ってくれているようであった。今年に入って僕とリズの接する様子を見て、もしかしたら、と思ったのかもしれない。それならば、そんな幻想は捨てておかなくちゃいけない。普通の人間は異端を嫌うものだ。僕は、僕が思っている以上に彼女に普通でいて欲しかったらしい。普通のリズ・サティと友達の、普通のホグワーツ生徒、リーマス・J・ルーピンにして欲しかった。僕の理想を押し付けているようなものだ。穢らわしい存在にとってみれば、憧れという感情さえもこんなに汚れたものが混ざるのか、と、自分のことを鼻で笑ってしまうところだ。
人狼を恐れる、普通の少女であってほしい。僕のことを、少し病弱な少年として、仲良くしてほしい。知らないでいてほしい。
それなのに、いざ拒絶されるのを思うと恐ろしいのは、ひどく臆病な僕の矛盾。

「………リズは、“普通”の、女の子なんだよ。強いて言うなら、ちょっと運はないかもね?」
「ああ、違いない。そうじゃなきゃ、あんなじゃじゃ馬の魔法に常に巻き込まれ続けるなんて難しいな」

僕が発した一言に、シリウスが乗ってくる。ピーターがくすくすと笑う。いつもの空気に戻す。これでいい、これでいいんだ。
_______だから、ジェームズ。そんな顔をするのは、やめてくれよ。