平凡と百合


「リズってさ、やっぱりとにかく普通よね。よくわかんないアンラッキーには見舞われてるけど、大抵補完するようにちょーっとだけいいことも引き寄せてる」
「どういう意味、アメリア」
「あたしが爆発騒ぎを起こしまくってるおかげでルーピン……はもともと喋ってたけど、ジェームズ・ポッターとかシリウス・ブラックと喋る機会が増えてる! あたしにも紹介してくれていいのよ?」
「アメリアのそういう、アー、馬鹿みたいにポジティブなところ嫌いじゃないよ。あとリーマスとかポッターはともかく____お目当であろうブラックにはむしろ睨まれてるかな………」
「えっ、何したのよ」
「強いて言うなら何もしてない……」
「うーん、訂正するわ。やっぱり微妙に運のない女ね。よかったじゃない!」
「はい?何が?」
「齢14にしてようやく普通以外の通り名が あいったぁ!なにするのよ!」
「普通の方がマシでしょその通り名! ていうかいらないよ通り名!」
「魔法使いなんだから杖は魔法に使いなさいよ! 人の眉間つくもんじゃないからそれ!」
「アメリアこそ杖は魔法に使ってよ! マグル生まれのハッフルパフ生からあんたなんて呼ばれてるか知ってる!? 爆弾テロだからね!」
「失礼しちゃう! ちょっと面白いじゃないズルいわ!」
「…………やっぱアメリアのそういう無駄にポジティブなところ好きだよ」
「あらありがとう」

他愛ない会話をポンポンとかわしながらアメリアと共に大広間へ向かう。彼女が朝に強い人なのもあって、早起きの習慣がすっかりついてしまった。おかげで、ホグワーツでの朝食を食いっぱぐれたこともなければ、混みまくっている大広間で人ごみに流される心配もなかった。早朝の人の少ない大広間にはポツリポツリと生徒が見えるばかりだ。グリフィンドールのテーブルにはエヴァンズ、それからぱらぱらと男子生徒もいた。
特に席にこだわりのない私たちではあるけれど、今日は全体的に微妙な位置に人が配置していた。アメリアが毎朝食べなければ落ち着かないと豪語するベイクドビーンズが丁度エヴァンズの側だ。特に仲がいいとも悪いともいえない、まあ、いわゆる接点のないひと。アメリアはどうするか一瞬迷ったようだったけど、どうせあの料理を取りに向こうまで行くくらいならもともと席に着いた方がいいだろう。

「エヴァンズ、となりいいかな?」
「あら、サティとスミス。構わないわ」

でも、珍しいわね。と、ふわりと微笑んで見せた彼女はまごう事なき美少女だった。あのポッターを骨抜きにするのも頷ける。「アメリアがそこの料理にお熱なんだ。それに、エヴァンズとも喋ってみたかったし?」と嘯く私に「ふふ、お上手ね」と言う仕草さえもお上品。うーん、完璧だ。男だったらこんな女の子を恋人にしたいのは当然のように思えた。ポッターも女性を見る目はあるらしい、とどこから目線かの批評をする。

「嬉しいわ。私もリズたちと____あっ、リズって呼んで良かったかしら」
「うん、勿論。えーと、リリー?」
「あっあたしもー!アメリアでいいわ、リリー!」
「ありがとう、リズ、アメリア!………その、あまり話した事がなかったから、話してみたいと思っていたの。恥ずかしい事に、気がついたのはこの間貴女に声をかけられた時なんだけれどね」

声をかけた?とはた、と返事を一瞬止めて、ああ、リーマスを呼んだ時のあれか、と思い至った。あの時の事が気恥ずかしいものがあるのは彼女も同じなのか、眉毛がすこしハの字になっていた。

「それで、気になってたんだけど………リズって、ルーピンと付き合ってるの?」
「ぶへっ」

間抜けな音を立ててかぼちゃジュースを噴き出した私を、アメリアが指をさして笑った。エヴァンズは私の反応に面食らったあと、「ひとを指差しちゃいけません!」とアメリアを窘めた。……本当に、お行儀のいいお嬢さんだ。

「付き合ってないよ、友達。入学初日にお互い最初に喋った相手で_____あとは、医務室でよく顔合わせるから、ね」
「あら、そうなの? ごめんなさいね、ルーピンって他の______ええ、あの集団の、若干2名ほどと違って、あまり女の子といるイメージなかったから」

随分と力の込められた若干2名ほどだった。浮き名しかないようなブラックとは違ってポッターはあなた一筋だと思うけど、なんて言ったら彼女の整った顔がいかに歪むか予想がつかないわけではないので、適当に笑って流す。

「たぶん、私がみんなにリーマスとそこそこ喋る仲だって知られてないように、リーマスと喋る女の子が目立たないタイプなんじゃあないかな。ほら、リーマス自身穏やかだし、目立つ子とはそんなに関わりないんじゃない?」
「うーん、そうかしら」
「そうでもないと思うけどなぁ」

口いっぱいに何か料理を頬張ったアメリアが口を挟む。「ああもう、食べながら喋っちゃダメよ!」とリリーに注意を受けるのを見て、あれ?この二人相性いいんじゃない?と気付いてしまった。思わぬところに出会いとはあるものだ。

「で、そうでもないってなにが?」
「ルーピンって顔に目立つ傷はあるけどまあまあ整ってるし、悪戯仕掛け人の一員だし、そこそこ成績も良くて物腰も柔らかいじゃん」

悪戯仕掛け人というフレーズにリリーがむっと眉間にしわを寄せたのを視界の端に捉えながら「あー、うん」と適当に相槌を打つ。

「だから、女子人気が全然ないわけじゃないはずなんだよね」
「そうだね。現に今までにそれっぽーい呼び出し受けてるところも見た事あるよ。大人しそうな可愛い子だったなぁ」
「ね。でも、不思議よね。浮いた噂がないどころか、気づいたらすぐ近くにそういう雰囲気の女の子さえもいないんだよ」
「? ええと?」
「ええ?ちょっとよくわかんない、アメリア」
「だからぁ、友だちとしてでも、側にいる女の子がほとんどいないってこと! いや、これは女の子だけじゃないかぁ。男の子の友だちも、あの3人以外はなぁんか距離ある感じ」
「まあ! じゃあ、リズはやっぱり特別なのかしら!」
「そうなんじゃなーい?」
「あー、ええと、光栄なことで?」
「なにその反応! もっとこう、あるでしょ!?」
「単に恋する気分じゃないから、恋愛感情持ってくる女の子は遠ざけてるんじゃない? 男の子は知らないけど……」
「だからぁ」
「うーん、リーマスも私も、そういう気持ちはないからなぁ。だから友達やってきてるんだろうし」

嘆息して肩をすくめるアメリアを横目にリリーの様子を見れば、なにやらキラキラと目を輝かせている。「そう、そうよね! 仲のいい男女をすべて恋愛に結びつけるのは良くないわ! 男女の友情だって成立するのよ! ね!そうよね、リズ!」 よくわからないけど今の私にとっては都合のいい方向だったから「そうだね」と返しておく。おそらくリリーの男友達____十中八九向こうは好意を抱いているんだろう_____に悪いことをしてしまったんだろうなという罪悪感はすぐに忘れた。主に、騒がしい乱入者の影響で。

「やあリリー、ご機嫌麗しゅう! 今朝の君も朝露に濡れ太陽の光を反射して輝く一輪の百合の花の如く美しいね!」
「………たった今機嫌が悪くなったわ。せっかく新しいお友達ができて素敵な一日の始まりだと思ったのに!」

「相変わらず熱烈だなぁ」「修飾語が多すぎてもはやなんだかわかんないよね」などとアメリアとぼーっとその様子を眺める。

「そもそもどうしてこんな朝早くからあなたがここにいるのかしら?」
「今日はクィディッチの練習だからね! でも、君に会えるなら毎日だってこの時間に起きてくるよ!」
「ご遠慮いただける!?」

どうやら、リリーがこんな朝早くから朝食をとっている理由はポッターと鉢合わせないためだったらしい。その努力も今水泡に帰したわけだ。

「これで朝一で君に愛を囁くことができ_____あれ、リリーの新しい友達ってサティとスミスのことなのかい?」
「おおうこっちきた」
「そうだよポッター。あとさすがに毎朝そのテンションに付き合わせるのはリリーがかわいそうだと思う」
「もっと言ってやって、リズ!」

ひしっ、と私に抱きついて避難するリリーをこれ見よがしに抱き寄せながら言えば、ポッターは「名前呼び合うところまで仲良くなってる! 僕は会話を交わすのに3年かけたのに!」と喚き始める。間違いなく日頃の行いの差だ。リリーは私のノリに相変わらず合わせたままのようで、腕を絡ませながら「この通り、つけいる隙なんてありません! ほらあっちへお行き!」とそのままポッターを追い払っている。じとりと睨まれるのは私なんだけどな。面白そうにその様子を見ているアメリアにはあとでリーマスからわけてもらったすっぱいペロペロ酸飴を口に突っ込んでやる。そう決めた。