平凡と恋バナ


突然だが、私はハッフルパフ寮に友人が多い。私の気質的にハッフルパフ生とのほうが波長が合うのだろう。一年の時、組み分け帽に散々ハッフルパフと迷われた覚えがある。結局、なにごとか帽子の中で思うところがあったそうで、グリフィンドールに決まったのだ。
そんなグリフィンドール生の私は今、ハッフルパフ寮にいる。どうしてこうなった。

「うっ…………もう俺、向こう10年は想い続けてきたんだぜ? なのに、なのにさぁ…………」
「アー、ウン、ほら、アメリアもそのうち側にいてくれた君の大切さに気付くって。きっと」
「リズ、お前それ2年くらい同じこと言い続けてるぜ、気付いてるか?」
「そうだね……」

ハッフルパフの談話室に私を連れ込んだ張本人こと、ギルバート・レストン____アメリアの幼馴染であり、彼女に長いこと片思いをしている男_____は、飽きもせず思いの丈を私にぶつけ続けているというわけだ。本人に言ってこい、本人に。
ギルがこうしてアメリアのことで管を巻いているのはさして珍しいことでもないので、ハッフルパフ生はといえば他寮の私が談話室にいることを気にするどころか「可哀想に」「今日の被害者か」みたいな表情をするばかりだ。監督生と思わしき生徒までそうなのだから、ハッフルパフの緩さは居心地がいい。今は解放してほしいけど。
ちなみに我が友人アメリアは熱心にフリットウィック先生のところで呪文の練習中だ。来年にOWLも控えているためいよいよ焦り始めたらしい。たぶん、爆発騒ぎに今の彼氏を巻き込んだことも関係していると私は踏んでいる。
ギルの言い分に適当に相槌を打つのにも疲れてきたので、ぐいと腕を引いて立ち上がらせる。最近アメリアが彼氏とホグズミードデートしているのを目の当たりにしたためか今日は一層落胆しており、私の行動にもされるがままだ。それならもともと談話室まで連れ込むなんてしなきゃいいのにと思う。
「大変だね〜」と声をかけてくるハッフルパフの知人に曖昧な笑みを返しながら廊下に出る。人はまばらだし、彼が最も見られたくないアメリアご本人はまずこの辺を通ることはないので別にいいだろう。適当に歩き出す。

「なぁ……どうしたらアメリアは俺のこと恋愛対象に入れてくれると思う……?」
「うーん……彼氏遍歴を見るに頭のいい人は好きなんじゃないかな……」
「そう思って俺は死ぬ気で勉強を続けてきた……今や寮内では頭のいいキャラで通っている……」
「そういえば順位結構上の方にいるね。さすが誠実で勤勉なハッフルパフ」
「うん……グリフィンドールに化け物級の天才がいすぎて霞むけど俺だって結構頭いいんだぜ……」
「あー……いやでもほら、今までの彼氏さんたち割と真面目な人多いし? グリフィンドールの天才たちはリリーはともかくポッターとかブラックは素行が、ね? 」
「来年、監督生になれたらまたアタックしようかなぁ」
「うんうん、賢くてリーダーシップもある男の人ってかっこいー!」

ってなるかもよ、と続けようとしたら、廊下の向かい側から歩いてきたドサッ、バサバサバサッ、という大きな音に遮られた。素晴らしいドジっ子もいたもんだなぁと思うけど、さすがに目の前で散らかされた荷物を拾ってやらないほど他人に厳しくはない。意気込みを新たにしたせいか周りの見えていないギルを横目に手伝い始める。

「だいじょう______うん? なーんだ、リーマスか」

教科書的に同じ四年だな、と思いつつ落とした本人を見上げると、呆気に取られたような顔をしたリーマスだった。盛大に落とした教科書を拾うでもなく、私の声掛けにも応えないから、拾った天文学の教科書を目の前で振ってやる。はっ、と意識を取り戻したのを確認して、他のをまた拾い始める。

「あっ、ええと、ごめん、リズ」
「どういたしまして。これで全部かな?」
「うん、ありがとう」
「いやぁ、リーマスもぼーっとしてることあるんだね」
「なんか意外だな。あの連中の中にいたら、しっかり者に見えるのに」

ここぞとばかりに食いつくギルの背中を一発はたくと抗議の声が返ってくる。(「そんなに強くやることないだろ!」「含みを感じたからつい、ね」)

「で、話の続きだけど」
「はいはいギルは充分素敵すて____ 」

き。言い切る前に、くい、と袖を引かれた。可愛らしい表現をしたが、結構な勢いで。つんのめった先にはリーマスがいて、ギリギリで自分の体重を支えて「ええと、どうしたの?」と問うと、何やら首をひねった。

「んーと、リズ、魔法薬学で聞きたいところがあってさ」
「魔法薬学? まあリーマスよりは得意だけど……ああ、せっかくギルいるし、ギルに聞いちゃおうよ。なんてったってハッフルパフ一の秀才だよ。ねーギル」
「いや、魔法薬学の教科書に聞きたいところのメモを挟んでるんだ。僕の部屋にあるから、一旦寮まで戻らないと。彼にわざわざ待っててもらうのは忍びない」
「え、ああ、うん、わかった」
「というわけで、ごめんね。リズは借りて行くね。ハッフルパフの……」
「ギルバート・レストン。同じく4年」
「レストン。それじゃあ、またの機会に」

そのままリーマスは私の腕を引いて歩き出す。ギルは止める気はないようで、なにやら微妙な顔をしてひらひらと手を振っている。リーマスが思ったよりスタスタ歩くものだから、ギルが「魔法薬学も、さっきの教科書群の中にあったよなぁ」とこぼしていることなんか知らなかったわけである。
ところでこの男、細身だから気にしたことはなかったが身長は少なくとも私より高い。もちろんリーチが違うため、早歩きされると半ば引きずられている私は辛いのだ。並んで歩くことなんかそうしないけど、普段は速度を合わせていてくれたらしいことはよくわかる。

「り、リーマス。早い」
「……あ、ああ。ごめん」
「なにをそんなに慌ててるの?」
「え」

今度はピタリと立ち止まると、数度目線を泳がせた後、じっと私を見ている。さすがにそうまじまじと見られてなんとも思わないほど面の皮は厚くないので「なに?」ともう一度聞く。

「……頭の良い人が好きなの?」
「うん? ああ、好きなんじゃないかな」

どうやらギルとの会話を聞いていたらしい。でも、意外だ。アメリアに興味のある様子ではなかったから、もしかしたら彼の友人がアメリアに気があるのだろうか? アメリアはそこそこ可愛いから、人気はあるのだ、人気は。呪文を使った時の爆発騒ぎを「ちょっとドジ」で片付けられる懐の広い男以外は尻尾を巻いて逃げていくだけだ。

「ええと、じゃあ、さっきの、レストンとか、好みなの? それか、ジェームズとか、シリウスとか___ 」
「ああー、ギルとかポッターはそうでもないかな、たぶん。ブラックは顔がめちゃくちゃタイプだし、軽くファン…………でもほら、高嶺の花だから」
「そうなの!?」
「えっ!? う、うん!?」

今にも掴みかかりそうな勢いだったからぎょっとして仰け反る。当のリーマスはなにがなんだかわからないとでも言いたげな顔をしている。こっちのセリフだ。

「でも珍しいね、リーマスが恋バナに突っ込んでくるのって。そんなに好きなの?」

リーマスがここまでするってことは、もしかしたらとっても親しい____ペティグリューとかそのあたりが、アメリアにお熱なんだろうか、とからかいもこめて聞いてみる。

「ち、ちがうよ! そういうんじゃなくて………だって、そういう浮いた噂、なかった、だろう? その、意外だったっていうか」
「えっ? なに言ってんのリーマス……って、そういうの疎いのか。ほら、前はレイブンクローの同級生だったし、今はグリフィンドールの6年の……」
「ええっ!?」
「そんなに驚くこと?」
「きみ、そんな話、僕の前でしたことない!」
「えっ!? したよ! あれっ? ていうかレイブンクローの彼の話は知ってたよね!? 話したもんね!?」
「知らないったら!」
「ええー? うーん、それじゃ、それで良いよ」

らしくもなく慌てた様子のリーマスに反論する気もあまり起きないのでとりあえず譲る。ううん、ペティグリュー(と仮にしておく)だってアメリアがそれなりに恋愛関係の変遷が激しい子だって見てればわかってると思うんだけど。それにどうせ短いスパンで別れてるし。

「だから、そんなに気にしなくても……」
「気にするよ! リズは___ 」
「…………私は?」
「ええと……僕の、憧れ、なんだから!」

今度は私が呆気にとられる番だった。情報処理がうまくいかなくて一目散に逃げ出したのも、私は悪くない。悪くないのだ。