おおかみと無意識


「…………」
「…………」
「…………」

沈黙が痛い。それから、シリウスとリズの両方から飛んでくる、様子を伺うような目線も。二人ともそんなの柄じゃないくせに!
故意ではないにしろ騒音を立てた僕らは、運悪く気の立っていたマダム・ピンスに首根っこを掴まれて図書室から追い出された。その後は、誰からともなく立ち上がって、グリフィンドールの談話室に向かっている。恐らく、誰一人としてもともと図書室に大した用はなかったのだろう。リズはともかく、レポートの参考文献を見繕う以外で図書室にくるシリウスは珍しい気がする______新しい悪戯のヒントでも得に来ていたのかもしれない。
そうなると、リズが何故僕を振り切るようにして図書室に向かったのか、の方が気になってくる。魔法薬学云々で嘘をついてしまった僕が彼女のことをとやかく言える立場ではないのはわかっているけど。(現時点でわからないところはなかったし、あったとしてもいつもならジェームズやシリウスに尋ねていたから、彼女を頼ることはあまりなかった。何より、僕はあの時魔法薬学の教科書も持っていた。何故あんな嘘をついたのか、今となってはイマイチ思い出せない。閑話休題)

「二人とも、どうしたの?」
「「どうしたはリーマスの方だよ(だろ)!」」
「ええ……」

そんなことを言われても、わかるものか。顔に思い切り出すと、シリウスは眉間にしわを寄せて、リズは悩ましげに顔を背けた。

「でも、僕はリズが走ってどっかに行ったから探しに来ただけだよ。別に怒ってるとか、落ち込んでるとか、そういうことはないんだもの。どうした、って言われたって……」
「いやいや、今日廊下で会ってからずっと、なんか、変だったよリーマス! ぼーっとしてるような、さ」
「そんなことは……」
「……リーマス、俺はあとで部屋で聞く。じゃ」
「え、シリウス?」
「えっ、行っちゃうのブラック」
「当たり前だろ。俺は言ったからな、「本人に聞け」って」
「ええ!?」

ショックを受けた表情でシリウスを見送るリズをあんまり見たくない、と思った。なんていうか、その視線が名残惜しげにシリウスに向けられているのが気に入らなかった。だから、リズのローブの裾を引っ張った。リズはシリウスが好みのタイプだって言ってたし、本当は僕が立ち去るべきなのに。なんだか変な感じだった。友達同士が仲良くなるのはいいことだ。でも、リズのそこそこ親しい男友達ってポジションは(たぶん)今まで僕一人のものだったから、きっと、寂しいんだ。さっきのレストンのことだって、リズの恋愛事情なんか聞いたこともなかったことに何故か酷く心が荒立ったのだって、そういうことなんだろう。それにシリウスは来るもの拒まずって感じだから、リズが彼女になるのもおかしいことではない。リズが友達の彼女になったら、気を遣わないといけなくなる。それってなんだか、とっても嫌だ。きっとそうだ、そうなんだ。
リズがびっくりしたようにこっちを見て、それから、バランスを崩して僕の腕の中に収まる。僕より小さい体をしっかり受け止める。確か、いつか、彼女が階段を踏み外した時もこうして支えたっけ。

「……本当に、今日のリーマスは変だよ」
「ひどいなぁ」
「さっきも今も、急に構ってほしそうに引っ張ってきたでしょ。そのくせ、私がリーマスの方を見たら、ぽかーんと間抜け顔してるんだもの」
「構ってほしそうに?」
「違うの?」
「ちが………」

わない。のだろうか。僕はリズに構って欲しかったんだろうか。

「寂しいのかな、疲れてるのかな、ってちょっと心配したんだよ? 心ここに在らずって感じで、急にまくし立てたり、不思議なこと言ったりさ」
「僕、何か変なこと口走った!?」
「アー、ええと」

リズがもごもごと口ごもる。顔から血の気が引くのがわかった。満月の前は百歩譲って仕方がないとしても、無意識に何かこぼして、彼女に勘付かれてはおしまいだ。“ふつう”の彼女の、ごく普通の反応として、これから会話を交わすことも、こうして触れ合うこともないのだと思うと_____なんだろう、これは。怖い? どうして? 人狼の僕に友達がいるだけでも奇跡なんだ、元に戻るだけじゃないか。僕はいつからこの日常が当然だなんて思い上がっていたんだ。ジェームズたちと関わってから、欲深くなってしまったのかもしれない。リズには人狼を恐れる普通の子であってほしいとこの間思ったばかりなのに、どうしてもう覆そうだなんて。

「リーマス? 顔色悪いよ? ……あっと、違うからね! リーマスは何かやましいことがあるみたいだけど、それとはきっと関係ないから、安心して良いよ!」
「なん_____え、あ、……一応聞くけど、僕は、なんて?」
「う、うーんと、………自意識過剰とか、言わないでね? リーマスは無意識だったんだろうし、なんてことないことだろうから」
「? うん」
「………わ、私のこと、憧れだ、って」

なんだ、僕がうっかりこぼした一言は、僕にとって不利な一言でもなんでもなかった。____いや、待てよ?

「えっ、僕、そう、言った?」
「い、言った……と思う。私の勘違いじゃないなら」
「ええと、たぶん、勘違いではない、よ」

だって本当に、君に憧れてるんだ。そう続けると、リズは目玉がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いて、はくはくと口を動かして、それから、

「……そんな顔、初めて見た」

恥ずかしそうに頬を染めた。困ったように眉が寄っている。

「だ、だって……なんか、それ、恥ずかしいよ」
「恥ずかしい? どうして?」
「〜〜〜! なんでもっ、ない!」

半ば吐き捨てるようにそう言って、リズはまた走って僕の前を去った。また、引き止められなかった。いや、引き止める必要もないんだけど、さっきのリズはなんだか可愛かったから、もうちょっと見ていたかった気もした。