おおかみと関係


「アメリア・スミスにリーマスの秘密がバレた」

____その一言は、僕の呼吸を一瞬奪うのに十分すぎた。

事の発端は、闇の魔術に対する防衛術の授業で人狼について取り上げたことだろう。月に一度姿をくらます僕のことを、リズと親しいスミスは他の子よりはよく知っていたし、更に彼女は呪文を上手く扱えない反動とでも言わんばかりに大変カンのいい魔女だった。もしそうなら、きっと僕と近しいリズにも良くないと思ったのだろう。スミスはよりによってピーターに問い詰めたのだった。突然大した接点もないはずのピーターの手を取り談話室から飛び出したというスミスのことをジェームズとシリウスが様子を見に行った頃には、誤魔化しきれないピーターの揚げ足を取るようにして証拠を掴んだスミス、という状況が出来上がっていたという。口止めはした、と言っていたが、果たして、それがどれだけの効力を持つものか。(スミスは「こんなこと、言いたくても誰にも言えるもんですか」と言っていたらしい)
今月の満月の夜も過ぎ、傷の手当をしてもらい、医務室から帰ってきてすぐ聞いた話だ。今にも退学になるのではないかとびくびくしていたけれどそんな音沙汰はない。スミスは本当に黙っているみたいだが、最近、リズと話そうにもスミスが僕から彼女を遠ざけていたのはそういうことだったみたいだ。友達思いの良い子じゃないか、と思わず声に出したら、珍しくジェームズに咎められた。(「またそうやって自分を貶めるようなことを言う。今、君が自虐的な発言をすればするほど、ピーターが縮こまるのはわかっているだろう?」)確かにピーターはその話をしている間中僕から距離を置いて泣き出しそうな顔で蹲っていた。詰め寄るスミスの剣幕に負けたのを相当悔いているらしかった。(まあ、あえてピーターを選んで聞き出したあたりスミスの中で僕が人狼だということは殆ど確定していて、ダメ押しで正直なピーターを選んだのだろうからむしろ彼は災難だったと言える)
かくいう僕は、今ちょうど目の前で件のスミスと対峙していた。というか、リズが「リーマス! あれ? なんか久しぶりな気がする?」と普通に声をかけてきたのに普通に応対していたら、後からやってきたスミスが明らかにこちらを警戒した顔で僕とリズの間に立ちふさがったのだ。ここまで露骨な態度を取られるとは思っていなかったので(彼女はすでに一週間ほどの間僕が人狼であるということを女子の間の噂にすらあげていないようであった)、少々瞠目して立ち去る足がとっさに動かなかった。

「アメリア、どうしたの」
「……行きましょう、リズ」
「ええ? 何か急ぐことあったっけ」
「ええと、宿題が出てるでしょう」
「昨日終わらせたじゃん」
「わ、私とお茶会でも、」
「昼食さっきとったばっかりだよ」
「…………あーっもういいわよいいからいくの!」
「ねえアメリア、最近なんかおかしいよ。聞かれたくなさそうだったから問い質さなかったけど、私の行動を制限しようとする理由は聞く権利あるよね?」
「アー、リズ? 僕も別に、君に用があったわけじゃないし……その、スミスは僕に聞かれたくない用が君にあったのかもしれないし、さ」
「でも、今回だけじゃないし、一度や二度じゃない。リーマスに「久しぶり」だと思った違和感はこれだよ。ねえアメリア、何を隠してるの?」

珍しく少し怒ったような口調でリズが言う。_____少し、意外だった。スミスはそれこそリズには僕のことを話しているんじゃないかって、そう思っていた節があるから。でも、もしそうだったらリズがこんなに普通に僕に話しかけてくるわけはなかった。彼女は何も知らないままだった。それに気づいて、安堵。そして次の瞬間には凄まじい焦りが湧き上がってくる。____つまり、この状況はかなり喜ばしくないものだ。秘密をリズに知られてはならない、僕にとっては。

「リズ…………その、行動を制限とか、そんな気じゃなくて、私、ただ、」
「ただ、何? 今まで私が誰と喋ってようが気にしやしなかったでしょう? それこそ、リーマスのこと好きな女の子がいるから云々、とかそういう話じゃないでしょう?」
「ええと、違うんだよリズ、スミスは悪くないんだ」
「…………ふぅん、リーマスは何が原因か知ってるんだ」

あっこれ、間違えたな。そうは思えど、出した言葉を引っ込めることなんかできやしない。

「その…………僕にあんまりよくない噂があるから、それできっとスミスは君が僕と関わってるとよくないと思ったんだよ!」
「へえ、そう。素行はお仲間同様だけどお優しくて成績も良いリーマス・ルーピンくんに悪い噂ね。私は聞いたことなかったし、アメリアの悩みに直結しそうにはないけど」
「…………」
「だってそうでしょ。友だちの友だちに良からぬ噂がたってるならアメリアはそれを直接私に教えてた!」

これは困った。彼女の怒りは僕が下手な言い訳をするばかりに募っているように見えるし、そのくせ嫌に冷静だ。スミスは俯いて黙りこくっているし、僕もこれ以上何を言っていいかわからない。リズは腹立たしげに自分の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「…………もう、いい! わかったよ! 私なんか放っておいて仲良くしてれば!?」
「ッあ、リズ、」

スミスからか細く吐き出された名前を気にとめる様子もなく、リズは足早に去っていった。残されたのは今にも泣き出しそうなスミスと、僕。

「ごめん、僕のせいだね」
「…………」
「アー、口も聞きたくないよね。僕なんかの秘密を守ったせいでリズに……あんな、怒られて」
「アンタの秘密を守ってなんかないわ! だ、だって、言うこと、聞かないと、何されるかわかったもんじゃないもの……!」
「……そうだね、ごめんね」
「なんで謝るのよ! なんで下手に出るのよ! おかしいじゃない! だってアンタ、恐ろしくて、凶暴で残忍な…………! だからあたし、リズから遠ざけようとしたのに!」

激昂するスミスの言い分を、僕は黙って聞いていた。全くその通りだと思った。彼女は女性だから、尚更_____普通の人間の男にだって歯向かえば腕っ節じゃ敵わないのに、おまけに目の前にいる男は世にも恐ろしい化け物なのだ。

「信じられないかもしれないけど、聞いてほしい。聞くだけでいい。僕は、絶対に、君にも、君の友達にも、勿論この学校の人たち誰にも、危害を加える気はないんだ」
「……そんな、こと、言われたって」
「うん、そうだね。君は正しい。君は賢くて、優しい人なんだね」
「なによ……! なんなのよ! あたし、あたしが悪者みたいだわ、こんなの!」
「……ちがうよ」
「そんな顔されたって、あたし、これからあんたのことリズに言ってしまうわ!」
「ッ、う、ん。ああ、僕のせいで君たちが仲違いしたままなのは、心苦しいから」
「…………やめてよ、わからなくなるでしょ。あたし、あたしリズのこと守るんだって、あたししか気づいてないんだからって、そう思ってたのに!」

スミスはここにきて初めて、僕の目を見た。僕もまた、初めて彼女と目を合わせた。瞳いっぱいに涙の膜を張って、すぐにでも崩れ落ちそうに膝を震わせていた。数秒と経たないうちに、スミスはその場から立ち去った。僕はしばらく、立ち尽くしていた。