平凡と告白


ああ、むかつく、むかつく、むかつく!
憤然と校内を歩く私の姿は周囲からどのように見えただろうか。少なくとも、その時の私は周りなんか見えていなかった。それこそだんだん速度が上がって、ほぼ走り始めた頃にすれ違ったマクゴナガル先生から「廊下は走らない!」と注意されるまで、自分がそうしていることに気がついてもいなかったのだ。(最初目があったマクゴナガル先生は今まで私に向けたことがないような呆気にとられた顔をしていたから、相当酷い顔をしていたんだと思う)
何をこんなにむしゃくしゃしているのかなんて、わかっているようでわかっていなかった______私に関わるであろうことを私に言いたがらないアメリアに対する怒りなのか、この状況でアメリアの肩を持つリーマスに対する怒りなのか______尤も、後者は別に私が怒ることではないはずだけれど。
ふと、立ち止まって、後ろを振り返る。先ほど話をしていた場所からは随分離れていたし、グリフィンドールの談話室へ行くのも億劫なほど遠いところだった。いや、おそらく本能的にそこからは逃げていたんだと思う。空き教室が並ぶ、普段ならほとんど来ないようなところで、人の気配がしないことに今更ながらなんとなく寂しさが込み上げてくる。あまり頑固な性質じゃないけど、あんな啖呵を切っておいてノコノコとアメリアの元へ向かうのもなんとなく癪だ。このまま授業でもなんでもサボってやる。彼女は真面目だから、授業をサボってまで私を探しには来ないだろうし、それを見越して授業からすら逃げる私に気付いたらきっと気に病むのだろう。申し訳ない気分がひょっこり頭を出した。でも、だめだ。ここは折れないと決めたのだ。
思えば、サボりなんて初めてだ。唯々諾々と流されるのが得意な私にとって、授業は誰かと足並みを揃えて当然のように向かう場所だったから。普通に受けて、普通に勉強していたから。今、私はせっかく“普通じゃないこと”をしているというのに、ちっとも高揚感はなかった。適当な空き教室に入って、部屋の隅に蹲る。ひどくみじめで、つまらない気持ちのまま時間がゆっくりと流れていた。

「……っは、リズ、こんなところにいたんだね」

心地よい声が私の名前を呼ぶ。誰だかなんて顔を上げなくても、振り返らなくてもわかる。わかるから、なんの反応もしなかった。いつもなら、「やっぱり良い子みたいな顔してるのに結構悪ガキだよ」なんて揶揄したのかもしれない。もやもやした気持ちを抱えた私にはそれができなかった。
アメリアが私に隠し事をしているのが嫌だった? 違う。リーマスが私よりもアメリアの肩を持ったのが嫌だった? ……違う。煮え切らない態度の二人に腹が立った? ……半分、あってる。だって私、確かにあの時、二人のどちらとも私はずっと前から友達だったのに、って。
私の知らない秘密を二人が共有していることに嫉妬したんだ。

「リズ、」
「優等生なら授業にはきちんと出ないと」
「君こそ。普通は授業にきちんと出るものでしょう」
「そうだね。でも私今、拗ねてるから」
「そういうのって自分で言うもの?」
「言うもの。だって、酷いじゃん」
「……酷くなんかないんだ。彼女は、勇敢だ」
「勇敢な人間のすることかな。訳も話さず人の交友関係に口を出すのって」
「あまり、悪く言わないであげてくれ。僕のせいで君たちの関係が壊れるのは嫌だよ」
「うわぁ、間男みたいな台詞。結局リーマスもはぐらかすんだね」
「……冗談はよしてくれ」
「冗談はそっちでしょ。私はもう随分と待ったよ。随分と我慢した方だよ。もともと特別気が長いわけじゃないんだもの。アメリアにだって、なんならリーマスにだって余計な詮索はしたつもりないよ。必要なこと、必要なだけ聞いたつもりだよ」

一度話し出すと舌は止まってくれなくて、ぺらぺらと言葉を紡ぐ。相変わらず自分の膝に顔をうずめている私から、リーマスの顔は見えない。見たくない。見たら泣いてしまいそうだ。逆上した女の子に対してだって、彼はあくまで優しい態度だった。それは私の怒りを刺激しないためのものだったかもしれないけど。

「でもさぁ、なぁんだって思うじゃん。私を除け者にして私の話されたって、良い気なんかしないもの。ねえ、ふたりがなかよくなったって、なんならつきあったって、私には関係ないのにさぁ」
「……それは、絶対にないよ」
「わかんないよ、人の気持ちなんて、何があるかわからないんだから」
「そう、だね。痛いほど知ってる」
「そうだよ。……だから言ったでしょ、今勝手に拗ねてるだけなんだから、放っておいてよ、リーマス」
「そういうわけにはいかないんだよ。だって僕、」

リーマスの声が途切れた。静かな教室の中に彼の足音と二人分の呼吸音だけが響く。私に、近づいてくる。

「ああほんと、僕ったら馬鹿だなぁって思うよ」
「なに、急に」
「僕、レストンにも、シリウスにも嫉妬してたんだ。普通の男の子として君と対等に話せる、君と……リズと、恋をする権利がある」
「……は、」

突拍子もない話に頭を上げる。「やっとこっち、見てくれた」悲しげな、愛おしそうな目でこちらを見るリーマスと視線がかち合う。逸らすこともままならなくて、彼の綺麗な目に私の惚けた顔が映り込んだ。

「僕、人狼なんだ」

落とされた一言に、私はなにも言う術を持たなかった。