平凡と懺悔


「じゃあ」と、まるで何事もなかったかのように立ち去るリーマスの背中。それを最後に、私はグリフィンドール寮に戻ってくるまでの記憶がおぼろげだ。何が起きているのかちっともわからなかった。わからなかったけど、一つ理解したのは、リーマスが途轍もない秘密_____私が今まで触れずにきた、恐らく彼にとって何よりも大きな事実______を、このタイミングで告白されたということだ。その一つ前に言われたことを忘れたわけではなかったが、他の印象の前に出ては薄まるものである。
人狼。私が、文字を追うだけでこんなに恐ろしい生き物がいるのかと感じて、挿絵を見てアメリアと一緒に悲鳴をあげた、人狼。優しいリーマスの笑顔とちっとも結びつかないのに、これまでの全てと辻褄があってしまう矛盾。尤も、矛盾しているのは私の心の内でだけなんだろう、けど。
ふらり、自室のベッドに腰掛ける。力なくそのまま上半身を落とした。……ああ、アメリアは私のことを心配していたのか。私がこの勇猛果敢な獅子の寮において臆病な人間であることも、動物が、魔法生物が、大きくて凶暴なそれが苦手なこともよく知っていたから、“人狼”から私を遠ざけてくれようとしていたのか。リーマスの言う通り彼女はグリフィンドールに相応しい勇敢な人間だった____身近に所謂化け物がいると知って、その秘密を抱えて、友だちの身を守ろうと口をつぐんだのだ。そんなアメリアの気持ちを踏みにじった。

「……リーマス」

私はリーマスに何も言えなかった。だって怖かったのだ。私は底抜けに優しい友人があんな諦めたような顔をしていることに何も感じないわけではなかったのに、彼が自分と違うというだけで何も声をかけられなかった。
現実味がない、とか、信じられない、とかそんな言葉すら出なかった。私は彼の言葉を疑おうと思ったこともなかったし、彼がそんな冗談を言わないと悲しいほどに知っていた。どこにでもあるようないじめに心を痛める少年に、どうしてそんな嘘がつけよう。そこまで知っていながら私は人狼である彼を拒絶したのだろう。態度とは、表情とは、雄弁だ。その告白がなされた後、彼が私を見て、悲しげに顔を歪めたのに気がつかないほど愚かではなかった。
私は、友人を、ひどく傷つけたのだ。

「ああ……! リズ、リズ!」

ひどく息を切らした必死な声が部屋に飛び込む。

「…………アメリア」
「ごめん、ごめんなさい! あなたを傷つけたくなんかなかったのに! そうよ、リズのためだなんて言って、あたし……! リズが自分で物事を判断できないわけじゃないのはわかってるのに、あなたにあたしの意見を押し付けるようなことした……!」
「ううん、ごめん。……ごめん、アメリア」

アメリアは感極まったように私に飛びついて、わんわんと泣き出した。感情の起伏の激しい彼女のこととはいえ、さすがに良心にくるものがある。「……ごめんね」 私が今つられて泣けないのは、意味のない謝罪を繰り返すのは、きっと心にあるのがアメリアのことじゃないからだろう。ああ、全く____薄情なやつだ。彼女は何も悪くないというのに私のために泣いて、心からの謝罪ができるアメリアがひどく羨ましかった。私を傷つけたのだ、と。

_______「僕は、あまりにも「ふつう」な君が、これ以上ないくらい、強くて優しいと思ってしまうんだ」

ねえリーマス、やっぱり買い被りだったよ。私が強かったら、私が優しかったら、君を傷つけることなんかなかったでしょう?

「……リズ?」
「ん、どうしたの、アメリア」

ようやく落ち着いたらしい彼女が涙と鼻水でべちょべちょのまんまの顔でこちらを見たものだから、ハンカチを渡す。

「ありがと……ってそうじゃなくて」
「うん?」
「ねえ、その……あたし、結局なんであなたからルーピンを遠ざけたのか言ってなかったなって」
「ああ、うん。本人から聞いた」
「え」
「アメリア、私がそういう生き物が苦手なの知ってるから何も言わずに引き離そうとしたんでしょ」
「そう、よ。でも、あたし、間違ってたわ」
「…………」
「リズの友だちなのは、世にも恐ろしい人狼じゃなくて、リーマス・ルーピンだものね。……彼には、悪いことをしたわ」
「…………ああ、ああ、そう、だよね」

リーマスが話したこと、リーマスと話して私が感じたことだけが、リーマス・ルーピンについて私が知ってる全てじゃないか。前に、自分が言ったことだった。私は人狼のことについて本の中でしか知らない。リーマスのことについて、彼が語ったことしか、知らない。

「ねえリズ? もし、もしもだけど……あなたがいま、何かを悩んでいるのなら、きっとやらなきゃ損することだわ。あたしはあなたに謝れなかったら一生悔いただろうから。やらない後悔より、やる後悔よ」

アメリアはいつになく真面目な調子だった。先ほどまで涙と鼻水にまみれていた顔はしっかりきれいにふかれている。

「私さ、アメリアと友だちでよかったよ。……リーマスにだって、そう思ってるんだ」
「あら、心外ね! ルーピンと同列なの? あたしはリズのこと、親友だと思ってたのに!」
「っぷ、はは! うん、そうだね! 親友だ!」

私は臆病だけれど、良くない普通さにまみれているけれど、それでも誇れるものがあるとすれば、きっといい友だちに恵まれたことなんだろう。
私が恵まれた良い友達は、君もなんだよ、リーマス。