平凡とお茶会


一日の終わりに心地いい紅茶の香りがついてくるのは、なかなか素敵なことのように思われる。珍しく懇切丁寧に紅茶をいれながら、ぼーっと考える。
家では姉が紅茶にうるさかったから私が淹れたことはなかったし、ホグワーツではもっぱらリーマスの淹れた紅茶を飲んでいる(予定が合えば週に2回くらいお茶会を開いてはお菓子を交換している)、から、舌は肥えているのだが、私自身の腕はというとやっぱり「可もなく不可もなく」だった。
自分で飲むぶんには、まずくないからいいか、と思っているけど、リーマスを元気づけようと宣言したことにおそまつな結果がついてくるのはなんとなく恥ずかしいような気がした。
味見をしても、やっぱりとっても普通だった。姉に出したら怒られるんだろうな。

談話室の入口から、何やら騒がしい集団が入ってくるのが見えた。ええと、先頭にいるのはエヴァンズ…リリー・エヴァンズみたいだ。なんだか怒っている。ポッターかな。
予想通り、後ろからポッターがやってきて、「愛しのリリー!」とシャウトしていた。教科書の角で殴られている。あの二人も、何年これを続ける気なんだ。(私が最初に見たのは一年の中盤位だったが、リーマスに聞いた話どうやら出会ったときからあんな感じらしい。ということは、もう3年もああなのか)
続々とブラック、ペティグリューが入ってきて、一番最後に苦笑いを浮かべたリーマスが入ってきた。半目でひらひらと手を振ると、ちょっと申し訳ない顔でうなずいたから、私の意思は伝わったらしい。(騒ぎが収まってからこい)
エヴァンズとポッターはまあいつも通り、先ほどの授業でスリザリン生になかなか悪質な悪戯を仕掛けたポッター達に苦言を呈したところ、ひらりひらりと躱されていつのまにか求愛にすり替えられていたみたいだ。
ポッターの求愛行動はさすがに見飽きているため、傍にいるブラックを見て暇をつぶす。イケメンって目の保養だし。たぶん、談話室にいる他数名の女子も同じようなことをしているからこの行動も「ふつう」なのだろう。
私と約束のあるリーマスはともかく、ブラックとペティグリューは部屋に戻ってもよさそうなもんだが、と思っていたら、エヴァンズがキッとほかの3人に視線を向けた。

「私は!あなたたちにも!言ってるんですからね!」

ポッターにあまりに話が通じないから他に説教することにしたらしい。賢明な判断だろうが、結局スリザリンへのちょっかいの大半はポッターが親玉だからイマイチ効果がないのも明白だ。
ブラックが端正な顔をめんどくさそうに歪め、ペティグリューが突然向けられた鋭い口調に肩をはねさせ、リーマスはちらりとこちらに視線をよこした。助けないぞ。そうじとりと目線に込めると、ふう、とため息をついた。そういえばこいつ、病み上がりだったな。

紅茶も冷めかかっていることだし、仕方がない、と重い腰を上げる。いろんな人に分け隔てなく接する優等生のエヴァンズはともかく、他の方々に名前も顔も覚えられていないような生徒なもので、あまりあの輪に割って入りたくはないけれど、今日はリーマスを労わってやると決めた手前、曲げるのもなんだか悪い気がしたのだ。

「アー、エヴァンズ?申し訳ないんだけど、リーマス、先約あるから、よければ今度にしてやってくれない?」

ぽん、と彼女の肩に手を置いて話しかける。視界の端に嬉しそうな顔をしたリーマスが映った。横ではブラックとペティグリューが「誰だこいつ」って顔をしていたし、ポッターは突然現れた地味な女子生徒が畏れ多くも説教中のエヴァンズに話しかけたことを、興味津々といった様子で見てくる。
エヴァンズは目を丸くしてこちらを見、「サティ?」と言った。おお、さすがだ。リズ・サティです。

「貴女、ルーピンと仲良かったのね……ううん、まだいいたいことはあるけど……わかったわ、邪魔してごめんなさいね」

あっさり引き下がってもらえたので、「ん、ごめんね」と断ってリーマスを呼ぶ。こちらに近寄ると小声で「やっぱり君って最高だ」と、イイ顔をして言ってきたから、優しげな顔と態度をしていても、リーマスも悪戯仕掛け人だよなあと感じさせられた。どうやらお説教は面倒らしい。
地味に談話室内の視線がこちらに刺さってくるのがわかって微妙な気分だが、良くも悪くもふつうの私が、ただでさえ目立つ集団の一人と実は仲が良くて、目立つ集団に口を挟んだとあれば、仕方がないのかもしれない。
「ちょっとさめちゃったかも」と紅茶を運んで、ソファ再び腰かけた。机の上にお菓子を並べて見せれば、リーマスはやっぱり子供みたいに笑う。
リーマスも何やらローブのポケットから、ヌガーとか、チョコレートとか、ぽんぽんと出した。いつものこととはいえ、そのポケットの中にどれだけ収納しているんだ。特に彼のポケットが違和感のある膨らみ方をしているのは見た覚えがないのに。
そっと出したお菓子に手を伸ばそうとしたら、脇から別の手が伸びてきてそれを奪った。リーマスじゃない、誰だ?と思って右側に顔を向けると、ポッターだった。おいおい、愛しのリリーはいいのか。
彼女の方を確認すれば、何やらブラックと言い争っている。ペティグリューはその様子に怯え、時々逃亡を図っては叱りつけられていた。なるほど、ポッターが勝手な動きをしていても気が付かないわけだ。

「ええと」
「やあ、サティ!すまないね、君たちが嬉しそうに広げるものだから、おいしそうに見えたんだ!」
「ジェームズ、せめて一言断りなよ」
「ごめんごめん!それにしても、リーマス。水臭いじゃないか!君にもガールフレンドがいたなんて!」

知らなかったよ!と喜色満面の笑みでこちらを見るポッターに、私たちは思わず顔を見合わせた。間違ってもそんな間柄ではないし、そもそも、週に2回くらいのペースでここでこうやってお茶をしているのだから、知らなかったも何も単に私が視界に入らなかっただけだ。
この空気で黙りこくっているわけにもいかないので、へらり、とリーマスに笑えば、彼はひとつため息をついた。

「付き合ってないよ、友達。単にジェームズとリズは別に親交があるわけでもないから話に上らなかっただけ」
「ふぅん、本当に?随分と親しそうだけど」
「談話室で時々話すとか、こうやってお菓子食べるとか、時々やってるくらいだよ。ま、リーマスのこと好きな子には、背後から刺されかねないかもね」
「お菓子……?ああ、もしかして、僕らが昼に医務室に行ったとき、リーマスが食べてたのって」
「うん、リズから貰ったんだ」
「私、ほら……アメリア、アメリア・スミスのペアで」
「なるほどね!スミスのペアで、よく医務室にいってる子か!」
「アー、ウン。そうそう」

ポッターは腑に落ちたようで、うんうん、と何度もうなずいている。それからなんてことない顔で私の横に腰かけてにっこり笑いかけるものだから、茶を出せってことかと解釈して私は杖を振った。
自分の前に紅茶を置かれると彼は「ありがとう!」ときちんとお礼を言って口をつけ、それから噎せた。「痛い!地味に痛いよリーマス!」リーマスに机の下で足を踏まれたらしい。

「乱入してきた割に態度が大きかったから」
「君とサティのだいーじな時間を邪魔したことは謝るよ!けど君たち、本当においしそうに食べてるからさあ」
「その言い訳はもう聞いたよ」
「でも紅茶微妙じゃない? いった!」
「人が淹れてくれた紅茶に文句つけるくらいなら自分で淹れなよ」
「いや、リーマス、本当に微妙だから別にいいよ」
「美味しいよ。というかそもそも、この紅茶はリズが、病み上がりの僕のために、珍しく、淹れてくれた紅茶なんだよジェームズ。もっとありがたがって飲んでよ」
「あ〜美味しいな〜!リリーがいつの日か淹れてくれる愛情のこもった紅茶の次くらいに美味しいんだろうな!」

「聞こえてるわよポッター!私が貴方に紅茶を注ぐことなんて、未来永劫ありませんからね!」

大仰に言ったポッターの言葉が耳に入ったらしい。エヴァンズは怒った顔でポッターを引っ張っていった。ポッターはめちゃくちゃ幸せそうだったし、ブラックとペティグリューは疲れた顔で男子寮に引っこんでいった。

「実際味は?」 リーマスに聞く。
「たぶんまあ、普通」 先ほどまでの、ポッターにかみついていた笑顔を普通の顔に戻して、リーマスが答える。
「だよね」 予想通りの答えにむしろほっとして、自分もまたカップに口をつける。
「でも、すごくおいしい」
「お世辞はいいよ。リーマスの淹れた紅茶が恋しいくらいふっつーだ」
「ううん、本当に。なんだかすごく、身体にしみるかんじがするんだ」
「そう?」
「きっと、君の気持ちが嬉しいんだ。ねえ、また淹れてよ」

にこにこと言われては、毒気も抜ける。たまには、微妙な味の紅茶も飲まないと、美味しい紅茶へのありがたみも薄れるもんね、と笑えば、リーマスはそうじゃないのに、と少し不服そうな顔をした。