ひどく甘ったるいばかり



「ハニーデュークスに行こう!」
「ホグズミードに行こうですらないんだね」

溢れんばかりに見開いた瞳をキラキラと輝かせたリーマスが声をかけてくる。

「思えば、なんだかんだ君と回ったことがないなと思ったんだ」
「そうだねえ、リーマスはあの3人とだし私はアメリアと回ってたから」
「どうやら新作が出てるみたいだからせっかくだからリズと行きたいな、と思った時に気がついてね。だからその……ええと、そうだ」

意気揚々と喋っていたリーマスが急に少し言い淀む。その目が所在なげに宙を彷徨った。あー、うー、と逡巡してから、意を決したように口を開く。

「デート、しよう! ね、リズ」

はにかむように告げられた台詞に、ごく普通に、ごくそれなりの地味な片思いくらいしから経験のない、それこそ口説かれることなんかことさら耐性のない私は瞠目するほかなくて。リーマスもそれを重々承知でこんな言い回しを選ぶのだから性格が悪い。(自分だって慣れてなくて恥ずかしいくせに、輪をかけて照れる私を見て嬉しそうに頬を緩めていやがるわけだ。)

「そういうの、どこで覚えてくるの………」
「ふふ、秘密」
「まったく、どうせポッターでしょ。人で遊ぶのが好きなんだから」
「ぶぶー! これはね、シリウス……ってああ、秘密なんだった」

“デート”に誘えというのはプレイボーイ・ブラックくんの差し金だったようだ。そういうことをいうイメージがないではないが、彼はてっきりリーマスにもっと別の女の子と仲良くして欲しいと思っているのかと。(彼は未だに私の顔を見て微妙な顔をしてくる。前よりはマシだけど、傷つくというのに。)

「それで、ええと……構わない?」
「うん。アメリアのことはギルが誘いたがってるだろうし……それに、私もリーマスと遊びたいな」

いつもは悪戯仕掛け人に取られちゃうからね。仕返しとばかりに笑ってみせる。「……うん!」 リーマスが心底嬉しそうに破顔するから、意趣返しのつもりだった言葉もすっかり意味をなくして、行き場のない小っ恥ずかしさに襲われる羽目になってしまった。

と、そんなやり取りをしたのがつい3日ほど前。アメリアに捕まって、未だかつてないほどに真剣に私服と向き合わされたのが1日前。埃をかぶりかけていた可愛らしいデザインのスカートなんか履いちゃって、朝から髪型をしっかり整えて、まるでいつもと違う朝がやってきた。人との約束となれば殊更早起きのアメリアに引き摺られるようにして準備を済ませる。とはいえ、やはり週末ともなればみんな浮き足立っているし、早起きだ。寮内でも数人と挨拶を交わした。(「今日は随分めかし込んでるんだね?」「可愛い格好してるじゃん」と言われてちょっとホッとした。「男?」って言ってる奴は後頭部を一発叩いた)

私も、現在珍しくフリーのためギルからの誘いを受けたらしいアメリアも、待ち合わせ時刻にはまだまだ早い。どうせギルはそれを見越して更に30分は早く待ってるだろうし、それってなんだか可哀想な気がしたのでアメリアに付き合って私もさっさと向かうことにした。

「おはよう、アメリア! あっリズ」
「もうちょっとおまけ感隠しなよギル。おはよう」
「おはよう。あら、あんたそんなカッコいい格好できたのね」

途端に目を輝かせて飛び上がらんばかりに喜ぶギルに、ああ、いつも通りだなぁとしみじみ思う。アメリアのために一途に努力した彼は服装も仕草も様になっているというのに、いざ彼女の前に出るとカッコつけるのも忘れて夢中で喋る癖があった。

「うんうん、かっこいいね。ね、アメリア」
「さっき言ったじゃない?……あ、そう、ねえギル」
「アメリアもすごくかわ……なんだ?」
「今日はね、リズをこのあたしが腕によりをかけてドレスアップしたのよ! ほら、男からしてどう? 中々じゃない?」
「アメリア、」

この流れでギルに聞くのは酷だろう。さっさと二人残して退散したいくらいなんだけどな。あと、奴は基本的にアメリアしか見えていない。

「ああ、いいんじゃないか、うん。似合ってる似合ってる。さすがアメリアだな」
「はいはいありがとう! 愛しのアメリアちゃんと仲良くねギルバートくん」

今更になって可愛らしい格好をしているのが恥ずかしくなってきて少し頬が熱いのを感じつつ、ギルに嫌味を一つ。「ちょっと、リズは普通に恥ずかしがるからなるべく___ 」「っていってもアメリアの前じゃ俺にとっては全員霞むから」「は?」なんて会話を聞き流していると、唐突に背後から大きな声。

「いたぞ、あそこだ!」

聞き覚えのあるその声は学年次席の秀才のもので、ドタバタと駆ける足音が近づいてくる。「うわぁ!」あっ、一人転んだ。誰だかなんて見なくてもわかるし、そもそも、こんな早い時間から焦ることはないだろうと思うのだが。

「……リズ」

息切れで掠れた声が名前を呼ぶ。「そんなに焦らなくても、待ってないよ」 振り返るついでにそう告げたら、そこにあったのは、申し訳なさそうに眉根を下げる顔_____ではなかった。呼吸を整えるために下げられた顔を、身長差のある私からは十分にのぞき込める。なんともいえない、無表情に近い様子だった。少しだけ眉をひそめて。

「……リーマス?」
「行こう」
「えっ、ああ、じゃあ、あとでねアメリア、ギル」

二人の名前を呼んだくらいか、リーマスにぐいと腕を引かれて歩き出す。なんだか少しデジャブ。不安げな顔でみんなの方をちらと確認したけれど、アメリアはにっこり笑って「お土産話楽しみにしてるわ」なんて言うし、ギルとポッターは苦笑いだ。ブラックが先ほどすっ転んでいたペティグリューを小脇に抱えてポッターの横に並ぶ。リーマスの様子を見て、ポッターになにかしが聞いているが、既に距離のある私にはその内容は聞こえない。これから出かける相手が不機嫌な理由くらい、知りたいってものなのに!

ホグズミード村に着いても、やっぱりリーマスは何やら上の空でむっつりと黙り込んでいる。堪り兼ねて掴まれたままの腕を解くと、ようやくリーマスはびくりと肩を震わせ、こちらを見た。

「____あ、ごめ、」
「言いたいことは! 口で! 言う!」
「はい!」

ぴしゃりと言い放つと、途端に背筋を伸ばしていい返事。ちょっと他の3人と一緒にマクゴナガル先生に注意されている様を彷彿とさせる姿がなんだか面白い。

「ぷっ…………こほん。私はね、せっかくの週末を台無しにはしたくないよリーマス」
「ぼ、僕も……ごめん、リズ」
「素直でよろしい。今朝何かあったの?」
「いや……そういうことじゃないんだ。ただ……その、」
「うん」
「私服のきみが、想像よりずっとかわいくて……」
「…………うん?」
「一番に見たかったなぁって……よりによって、そのかわいい格好で男の子と話してたから、その、妬いた」

照れたように顔を背けているから、たぶん誰かの入れ知恵でもなければお芝居がかったセリフでもない。意味のない嘘をつかない男なのも、痛いほどに知っている。そして、たぶん、本当に私のことを好きでいてくれるんだろうことも。
顔があつくて、どうにかなってしまいそうだ。

「ううん、きみの素敵な姿をまた新しく知れた嬉しさと、他の人に見て欲しくない葛藤がね、」
「…………」
「リズはあんまり浮いた話とかないし、できればこのまま女の子としての魅力は他の人に知られて欲しくないんだけどさ、」
「…………」
「リズ?」
「かんべんして…………」

こちらを窺うリーマスから、みっともないほど真っ赤な顔を必死で隠す。本当に、これだからリーマスはズルい。こんなにまっすぐ私のことを好きだと言ってくれる彼の気持ちに中途半端に応えないのではきっと失礼だってわかっていて、ともだちに甘んじているのは私のわがままだ。それなのに、本当に大切そうに私のことを呼ぶから、私はこの気持ちが恋なのか、なんなのか、よくわからなくなる。

「…………はは、かわいいね、リズ!」
「うるさい、黙って、イケメン、この、似合ってるし、もう、ばか」
「褒めてる?」
「褒めてる……」
「変なとこ素直だなぁ」
「…………新作!」
「うん、そうだね!行こうか」

改めて、と彼がこちらに手を差し出す。ちょっと戸惑ってその顔を見れば、少し照れ臭そうに笑っていた。

「……デートだから。いいだろう?」
「ダメって言えないの、知ってるくせに」
「まあね」

ようやく楽しい1日が幕を開けた。



title by 確かに恋だった