気付いたら見知らぬお家の、見知らぬベッドの上で、顔中傷だらけの男の方が、優しげな笑みを浮かべて、流暢な英語で長々と話し掛けて来ました。

とりあえず、もう1度眠る事にします。


†††


再び気付いたらやっぱり見知らぬお家の見知らぬベッドの上でした。
先程の顔中傷だらけの男の方はいません。

……これはかなりやばい状況では…!?

私は気付かぬうちに誘拐か何かされ、外国人の密輸の方とかに見つかってしまったのでしょうか。

とにかく私はベッドから足を下ろします。
近くに私の靴がありました。何故家の中に靴? あ、外国だからです?

裸足のままゆっくりと、このお家の中を少し歩きます。積み上げられた本は所々崩れていたりします。
物音が一切しないのを思うに、家の中には誰もいないようです。

そして窓の外を見て私は軽く絶望。

「森の、中…!?」

そこは日本では有り得ないぐらいに外国チックな森林が広がっていました。
いえ、日本では有り得るかもですが、少なくとも私の住んでいた地域では有り得ない景色です。(いっつ こんくりーと じゃんごー)

どうやら私はすでに日本から旅立ったようです。

パパやママの顔や友人の顔が沢山、浮かんで来ます。

涙が溢れてきて俯くと、今更ながら服がとても大きな事に気がつきました。
見慣れた私の服ですが、中身の私がとても、小さい…?

慌てて窓に映る私の姿を確認すると、私はまた絶望。

なんと身体が小学生程になっているのです! 小学校1年生の時の私とそっくり。というかそのまま。

パパ、ママ。どうやら貴方達の娘は黒の組織にさらわれてしまったみたいです。コナン君もびっくりの急展開です。

「Good morning. How is health?」

びっくり。

後ろにはいつの間にかさっきの顔中傷だらけの男の方が立っていました。
警戒心ばりばり。服が大きくなったせいで広く空いている胸元を思わず隠します。

男の方は先程から優しい笑顔を浮かべています。
ですが、これは危険なのです。油断しちゃうと後ろからグサッと刺されてしまうんです。

「Are you all right?」

あーゆーおーるらいと。
リスニングテストは優秀だった(嘘でした)私がぎりぎり聞き取りました。

男の方は私に大丈夫?と聞いてるみたいです。
もちろん、大丈夫な訳はありません。

私はびくびくしながら彼から出来るだけ離れようとします。
その間は絶対に彼から目を離してはいけません。

ですが、見知らぬお家で後ろ歩きはやっぱり危険です。
酷く慎重になる私。男の方はきょとんとしたあと、苦笑を零しました。

彼は近くの椅子に座り、私に両手を見せ、次にもう1つあった席に座るように手を向けていました。

「This way, please.」

………座っても大丈夫かなぁ…。

私の本能は座ってはいけません!と叫んでいましたが、目の前の彼が凄く優しい顔をしているので、少し信じてみたくなります。

いやいや駄目です。
優しい顔をした人程、中身は狼さんだったりするのです!

「my name is Remus.」
「………りーます…?」

名前に聞き覚えがあるような無いような。

どちらにせよ、彼はリーマスさんらしいです。

「my name is リク….
 どんと すぴーく いんぐりっしゅ」

ところどころ、日本語ぽいですが必要な事は伝えました。伝えたはずです。
リーマスさんはまた不思議そうな顔をして、近くにあった木の枝を握り、それを軽く振りました。

棒の先から何かキラキラしたものが溢れます。何コレ…CG?

「私の言葉、わかるかい?」

あれ。さっきまで英語ぺらぺらだったリーマスさんが、今度は日本語ぺらぺらでございます。何ででしょう?

「……わかります」
「それはよかった。君は中国人かな?」
「いいえ。日本人です」

外国の方には中国人か日本人かの見分けがつきづらいと聞きます。リーマスさんもそうみたい。

「食べなさい。元気になるよ」

リーマスさんはそう言って私に四角いものを差し出しました。

離れてはいましたが、私が手を伸ばせば届きそうです。
ですが、やっぱり私は受け取れませんでした。だって怖いんですもの。

「ただのチョコレートだよ。大丈夫、毒とかは入ってないから」

リーマスさんはそう言って板チョコの最初を割って一欠けら自分で食べてから、また私に差し出しました。
今度は受け取ります。でも食べないで握ってました。リーマスさんはそんな私を見ても優しく微笑んでいます。

「ではリクちゃん。どうしてここに?」
「え? どうして…って」

流石に貴方が誘拐したんじゃないですか。とは聞けません。どうやら私の勘違いらしいのですから。

「私の家の近くで倒れてたんだけど…、覚えてない?」
「……はい。全然…」

どうやら私はリーマスさんに誘拐された訳じゃなく、リーマスさんに保護されたみたいです。
今まで疑っていてごめんなさい。

「じゃ、じゃあ、ここ何処なんですか!?」
「イギリスだよ。とはいっても森の中だけど…」
「イギリス…!?」

海を越えた事に違いはありませんでした。

「私…どうして…? どうしよう…」

これからどうすればいいのでしょう。

見知らぬ外国の土地にまで来てしまいました。しかも、どうやって来たのか全くわかりません。
身体は小さく縮んでしまってます。

昨日の夜にパパやママにおやすみなさいと言った事は覚えているのに。
先ほどびっくりして収まった涙がまた溢れてきます。しゃがみ込んで、膝を抱えて。

泣いているとリーマスさんが側に来て、私の頭を撫でてくれました。
手は大きく暖かく、ほんの少しだけ安心出来ました。

「今日は私の家に泊まろうか」
「……でも、」
「明日、リクちゃんの家を探せばいい。今日は身体を休めておかなくちゃ。ね?」

学校の先生みたいに優しく。リーマスさんが私の頭を撫でてくれました。

それに私は凄く安心しました。


†††


まだ本調子じゃなさそうだし、寝ていて。と言われ、私は大人しくベッドの上で半身、起こしていました。
先ほど貰ったチョコをかじり、その美味しさに頬が緩みます。

お部屋はどちらかと言えば散らかっていて、リーマスさんが苦笑を零したあと、がさがさと片付けをしていました。
なんだか悪い事してしまいました。

「ごめんなさい、リーマスさん…」
「ん? 全然、大丈夫だよ。お腹減ってない?」
「はい。大丈夫です。…チョコ、美味しいです」

そう言うとリーマスさんはニコリと笑顔を浮かべてくれました。顔に入った傷がとても痛そうです。
よく見れば袖から見える手にもいっぱい怪我しているみたいでした。

リーマスさんはどうして森の中で暮らしているのでしょう。不便ではないのでしょうか。

コンコン。

私がふと湧いてきた疑問に首を傾げていると誰かが小さく窓を叩きました。

リーマスさんが窓を開けると、そこからバサッとふくろうが部屋の中に入ってきました。
ふくろうさんは真っすぐ私の膝の上へ。驚いた私が膝の上のふくろうとリーマスさんの顔を交互に見ます。

ふくろうはポトリと何か新聞みたいな物を落としたあと、催促するように私の顔を見上げます。
ほうと小さく鳴いて小首を傾げるふくろうに私も傾げてしまいます。ど、どうすれば…。

くすくすと微笑んだリーマスさんが横から見たことない硬貨を渡すとふくろうは満足したのか、バサバサッとまた窓から飛び立っていきました。

外国パネェ…。ではなく。

「ふくろう…便…?」

何かが記憶の端を刺激します。

でも、あれは、確か。リーマスさんが新聞みたいな物を広い上げ、私を見ます。

「ふくろう便を知っているのかい?」
「え? あ…いえ…」
「……マグルって言葉はわかる?」
「マグル」

知っている。

それは『魔法』が使えない人の事を言うのであって、知っているけども、でもそれは『本の中の』…!

あれ。そういえば、リーマス…?

さっき引っ掛かったリーマスさんの名前。それは、きっと。

「リーマスさん、リーマスさんのファミリーネーム教えて下さい」
「あぁ、そういえば言っていなかったかな。
 ルーピンだよ。リーマス・J・ルーピン」
「ルーピン…さん…、……ルーピン先生!」
「せ、先生?」

ぽかんとするリーマスさん。
あぁ、そうだ。私は映画の3で彼を見たことある!

どうしましょう。どうやら私はあの有名な児童書ハリーポッターな世界に来ていたようです。
私だって映画ぐらいは見たことあるあの大ヒット作品に!

「嘘。どうしよう…ッ」
「リクちゃん? 大丈夫?」

リーマスさんが急に慌て出す私を落ち着かせるように頭を撫でてくれます。
ゆっくりと深呼吸してからまた私はまだ不思議そうなリーマスさんを見つめました。

「リーマスさん、1ついいですか?」
「うん、どうぞ?」

ここがハリーポッターの世界だというならば、目の前の彼は。

「リーマスさんは『人狼』さんですか?」

彼の表情が一気に青ざめました。


†††


「どうして…、それを…?」

青ざめたリーマスさんの表情が少し怖くなりました。
彼は私をじっと見たまま、持った新聞(多分日刊預言者新聞)をぎゅうと握りしめています。

「私…、リーマスさんの事を知ってます。
 私の所では、私の世界ではある本が出ていて、それは『ハリーポッター』って男の子の話でそれで、リーマスさんは先生で……。
 あれ…?」

説明しようと思ったのに、私の思考の方がごちゃごちゃになってしまいました。
パタパタと慌てているとリーマスさんはベッドの端に腰掛けます。

「……『ハリー』の事も知っているんだね」
「…はい。あの、ハリーのお父さんの事とかも…、ハリーが入学して卒業するまでの事を、知ってます」
「私が人狼であることもその本で?」
「………ごめんなさい…」

小さく謝るとリーマスさんは私に笑いかけてくれた。もう1度私の頭を撫でてくれました。

「どうして謝るんだい?」
「だって…」
「私の説明する手間が省けたよ。
 じゃあ魔法の事は知っているんだね?」
「…はい」
「じゃあリクちゃんの前で魔法使ってもいいんだね。
 ほら。マグルだったら気を付けなきゃいけないからね」

そう言ってリーマスさんはさっきまで手作業で片付けしていたものを棒(杖だったんだね)を動かし、スイスイとしまっていきます。
ベッドに腰掛けたままで。物が浮き、勝手に仕舞われていきます。

私はその光景をわぁと目を輝かせて見つめていました。凄い。

「マグル式は慣れてなくてね」

ウィンクしたリーマスさんに、何だか許された気がしました。

「でも」

今度は私の表情が曇ります。リーマスさんが私を見つめていました。
また少し泣きそうになってしまうのを堪えます。

「……帰るお家が無くなっちゃいました」

ハリポタの世界は大体1990年代の話。

私の世界とは時間が違う。
私の、帰るお家が無くなっちゃったのです。

そこで不意にリーマスさんがぎゅうと私の事を抱きしめました。
え えぇぇぇ!? ちょ、リーマスさん? 混乱に私が目を回していると、リーマスさんはにっこりと笑顔を浮かべました。

「大丈夫。ここに住めばいい。
 月に1度、満月の日だけは別の場所にお泊りして貰うけど」
「だ、駄目ですよ! 迷惑に…」
「だからって、このまま追い出せると思う?」

リーマスさんが私を抱きしめたまま、私の顔を見ます。リーマスさんはニコニコと笑っていました。

「丁度、私が人狼だと知っている同居人が欲しかったんだ。
 ほら、ここは人が来ないから。
 それとも、嫌かな? 人狼と暮らすのは」

ぶんぶんと首を一生懸命振ります。
リーマスさん、まだ会って少しだけれどもとても優しい人だもの!

私を安心させるように、リーマスさんは笑顔を浮かべたまま私を抱きしめていました。

「ようこそ。この世界へ」

こうして私はリーマスさんの娘となったのです。

Harry Potterの世界で、私はリーマスさんの家族となったのです。


(狼さんの娘)


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