私は表情を困惑に歪めます。ダンブルドア校長先生は私を安心させるかのように優しい微笑みを浮かべました。
「全てはセブルスと話しておる。君もそれを知っているじゃろうて」
「………『今日』が『その時』です。校長先生」
静かに言葉を零した私に、ダンブルドア校長先生はにっこりと朗らかに微笑みました。
「事が成功することを、切に願っておる」
校長先生の言葉に暫く動きを止めていた私でしたが、ダンブルドア校長先生の有無を言わせないその表情に、やがてこくんと頷きます。ダンブルドア校長先生は満足そうな表情をしました。
「ハリーを任せてもいいかのう」
私が視線を動かすと、窓際に降り立ったハリーが目に入りました。私は1度頷くと困惑に満ちているハリーに視線を向けました。
と、その時、螺旋階段に続く扉の向こうで慌ただしい足音が聞こえてきました。
ハリーに駆け寄った私は、ハリーの手を引いて走ります。そのハリーの手には血がついていました。私の手にも血がつきます。
「…ハリー。こっちに。早く」
天文台の部屋の隅にある梯子を下がり、1つ下の空間に私達は降りていきます。
その空間から上を見上げると、ダンブルドア校長先生の姿が見えました。
「リク、どうしてここに――」
「静かに」
そこで突然扉が勢い良く開いて、誰かが飛び出してきて叫びました。
「『エクスペリアームス(武器よ、去れ)』!」
飛び出してきたのはドラコくんでした。
ドラコくんが放った呪文はダンブルドア校長先生が持っていた杖を吹き飛ばします。吹き飛んだ杖は窓から飛んで遥か下方へと落ちていきました。
ハリーがドラコくんに向かって、下から杖を向けますが、私は静かに首を左右に振りつつ、ハリーの杖の先を抑えます。ハリーは私を責めるように睨んでいました。
「こんばんわ、ドラコ」
ダンブルドア校長先生の声は酷く落ち着いていました。
ドラコくんは視線を素早く移動させると、転がっている男の人をちらりと見ました。
「ギボンをやったのか?」
「そうじゃ」
ダンブルドア校長先生は短く肯定しました。私達の存在を教える気はないようです。
私は息を潜めながら、ドラコくんとダンブルドア校長先生を交互に見ます。
ドラコくんは緊迫した表情で校長先生に向かって杖先を向けています。対してダンブルドア校長先生はいつもと変わらない優しげな雰囲気で佇んでいました。
「君が連中を導き入れる方法を見つけたのかね?」
「そうだ。校長の目と鼻の先なのに気がつかなかっただろう!」
ドラコくんは今年1年間、ダンブルドア校長先生を暗殺しようとしていました。ヴォルデモートさんの命令を受けて。
そしてドラコくんはまず手始めに『三本の箒』にいるマダム・ロスメルタに『服従の呪文』をかけていたのです。そのため、ベルちゃんにペンダントを渡すことも、毒入りの蜂蜜酒も用意することが出来たのです。
ダンブルドア校長先生は本当に落ち着いた声で、ドラコくんの話を聞いています。ドラコくんの表情は本当に切羽詰っているようで、彼は今すぐにでも吐き出してしまいそうなくらいに青ざめていました。
「ドラコ。どうやって連中を潜入させたのじゃ? 準備が整うまでずいぶんと時間がかかったようじゃが…」
ダンブルドア校長先生は軽い世間話のような調子でそう言いました。
切羽詰っているドラコくんは、背後の扉で遠く響く音を気にしながらも、口早に今年ずっと準備をしていた計画のお話を始めました。
以前、スリザリン生が『姿をくらますキャビネット棚』に押し込まれたことがありました。
その時、そのスリザリン生は閉じ込められている間、学校での音と他の場所の声も聞こえたのだといいます。
キャビネット棚は本来、対になっているものであり、正常に機能すれば、キャビネット棚の間を自由に行き来することができるのだといいます。
ドラコくんはそれに気が付き、ホグワーツにある片方のキャビネット棚を修理しました。ボージン・アンド・バークスにあった反対側のキャビネット棚は死喰い人が修理をして。
そして、ついに今日、ボージン・アンド・バークスから、数人の死喰い人がホグワーツに侵入したのです。
今、死喰い人は下で騎士団の方々と戦っているそうです。ドラコくんは一足先にダンブルドア校長先生の元に来たのでした。
「僕には、僕にはやるべきことがある」
「おう、それなら…、疾くそれに取り掛からねばならぬのう」
沈黙が流れました。次に話し出したのは微笑んだダンブルドア校長先生でした
「ドラコ、ドラコ。きみには人は殺せぬ」
「わかるもんか!」
ドラコくんが素早く切り返すように怒鳴りました。
段々と階下で戦っている音が近づいて来ていました。早く、早く。
私の心は焦り始めます。早く、早く。ダンブルドア先生が早くドラコくんを説得しないと。
それとも私が行くべきでしょうか。私が、ドラコくん止めるべきなのでしょうか。
私が思わず動き出そうとすると、それを制するかのように肩に乗ったままのフェインがゆっくりと地面に降りました。フェインはゆっくりと、この空間にいる私以外の誰にも気づかれることなく、扉のすぐ上まで這って行きました。
ドラコくんは気付いていません。ですが、ダンブルドア校長先生の視線が一瞬だけフェインに向きました。
「いずれにせよ時間がない。君の選択肢を話し合おうぞ、ドラコ」
「僕の選択肢! 僕には選択肢なんかない!
僕がやらなければいけないんだ! あの人が僕を殺す! 僕の家族を皆殺しにする!!」
ドラコくんの悲鳴にも似た叫びが天文台の上に響き渡ります。それほどまでに『闇の帝王』とは絶対的に恐怖の存在であって。絶対的な悪であって。
リドルくんも。そしてヴォルデモートさんも。人を殺す事に躊躇いなどないのです。
ダンブルドア校長先生は静かに、その青い綺麗な目でドラコくんを見つめていました。
「ドラコ、我々の側に来るのじゃ。我々は君を、君の母上をもかくまうことができる。ドラコ……君は殺人者ではない…。正しい方につくのじゃ……」
正しい選択はいつもいつも難しくて。それでも、ドラコくんは震える杖を、僅かに下げたように見えました。