『行雲流水02』
「……それでは刃物を貸していただけます?」
ならば、もうどうとでもなれ。という思いでいっぱいだった。
なんでこんなことに。そうは思いながらも、ここから離れても行くあてがないことが頭をよぎっていた。
なら、クロコダイルの命令通りに行動し、クロコダイルに飼われている方が楽なような気がする。
それが間違いだとしても、それ以外の正解をアスヒは思いつけなかった。
「クロコダイル様が切り落としてくれるのでも構いませんけれども」
溜息をつきながら不敵に言葉を続けると、クロコダイルが顔を縦断する縫合痕を歪めてにやりと笑った。
(…この、悪魔め)
内心アスヒがそう悪態をつくのと、クロコダイルが『砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)』を使ってアスヒの足を切り落としたのはほぼ同時だった。
覚悟を決める間もなく足を切り落とされ、悲鳴を押し殺したアスヒは、傷口から溢れる血を必死に押さえ込もうとする。
すると、傷口に水の塊が集まってくる。が、その水は一瞬でも油断するとすぐに霧散して、再び集まってくるということを繰り返していた。
「どう…、やって、扱うんですかっ、これっ!」
「イメージしろ」
自然系であるクロコダイルに力の扱い方を問う。彼女から数歩離れたクロコダイルは取り出した葉巻に火をつけ、そして退屈そうにアスヒを見下ろしていた。彼にとってはこのままアスヒが死のうが生きようが関係ないのだ。
「てめぇは『水』だ。形なんざ決まってねぇんだ。自分で決めろ。
材料はそこらじゅうにあんだろうか」
声を聞きながら、集まっては消える水の義足に視線を向け、アスヒはどうにか出来上がった足を維持させる。維持させようとする。
苦しそうな声をあげながら、アスヒは出来上がった足を睨む。数瞬でも気を抜けばすぐにでも足は霧散してしまいそうだ。
それでもどうにか足の維持を続けていると、容赦なくクロコダイルから言葉が飛ぶ。
「立て」
それは命令。ならばメイドであるアスヒは従わなければ。
ゆっくりと何よりも遅い動きで立ち上がったアスヒは、ぴんと背筋を伸ばし貴族に仕えるメイドそのものの姿勢を取った。
クロコダイルがその姿を鼻で笑い、そして次にどこか満足そうに目を閉じた。
「感想は?」
「ものすごく痛いです」
アスヒの即答。あまりの痛みに意識が飛びそうだ。
それでも精神を奮い立たせて、出来たばかりの義足を維持し、そしてクロコダイルの前に立つ。
クロコダイルは紫煙を漂わせたまま、そしてくるりと背中を向けて屋敷の方へと足を進めた。背中を向けながら彼から声がかかる。
「傷口が馴染むまでは日に1度は付け替えろ。腐らせたくねぇならな」
どうやら彼の中で、アスヒはまた利用価値がある。と判断されたのだろう。
歩きだしたクロコダイルについていくように、ほっと息をついたアスヒはゆっくりと足を進めた。
義足の方の足を踏み出すたびに激痛が走るが、それを顔を顰めるだけでやり過ごし、彼女はクロコダイルに置いていかれないように彼の数歩後ろを歩む。
アスヒにはクロコダイルに逆らう気は毛頭ないし、この屋敷で暮らしていけるのならばそれでいい。
特別悪いことをしようとは思わないが、クロコダイルが何かをさせるというのなら、それに従っていこう。
アスヒはクロコダイルの背中に深々と頭を下げた。
「……お世話になります。クロコダイル様」
「それと。その実は海軍上層部が死ぬ気で探してる実だ。外では能力を使うなよ。見つかれば殺されるぞ」
「え」
足を止め、目を大きく丸くするアスヒ。その気配を背中で感じたのか、クロコダイルは「クハハ」といつものように笑う。
アスヒはゆっくりと頭をあげて、諦めたように溜息をついた。再び歩みだした足は先程よりもしっかりとしたものとなっていた。
「安易な気持ちで口にしましたのに」
「ふん。アタリでよかったじゃねぇか。
俺の前で暴発でもしてみろ。枯らすぞ」
「う。は、はい」
冗談ではないであろうその言葉に、アスヒの顔が凍る。
クロコダイルの後ろに続きながら、アスヒは自分の手を見つめた。
手に入れた悪魔の実は『砂』であるクロコダイルとはもっとも相性の悪い『水』の能力を持っている。
今は背中を見せているクロコダイルだが、彼の気分次第で殺されることは変わっていない。
アスヒは痛みを覚えながら、苦笑を零してクロコダイルの後ろに続いていく。
(行雲流水)