『アナタの色を02』

それから数時間後。クロコダイルに届いた手紙の束を持って、アスヒは彼の部屋へと向かっていた。
部屋の中には既に主もいて、客間で商売をしていたであろう商人は帰ったことを察する。

「何かいいものでもありましたか?」
「まぁな」

社交辞令的にかけた言葉の返事は戻ってこないだろうと思っていたが、クロコダイルは満足げに言葉を返した。
彼の近くに行き、隣に立ったアスヒは頬に手を当てて、ぱちくりと目を瞬かせた。

(あら、ごきげん)

あのクロコダイルがここまでにご機嫌になるとは、余程良いものが手に入ったのだろう。
随分とやり手な商人だとは思っていたが、七武海相手に上手く商売できるなど、本当に大層な商売人だ。

ご機嫌なクロコダイルに気を良くしたアスヒは、彼が早速新しいの指輪をつけていないだろうか、と、クロコダイルの指に視線を向かわす。
そして、見えた真新しい指輪に、アスヒの息が一瞬詰まった。

「………それを?」

クロコダイルの指には緑色のシンプルな指輪がはめられていた。以前、アスヒが贈ろうとしていた指輪だった。

クロコダイルならば絶対に選ばないであろうデザイン。
内心動揺しまくっているアスヒはなんてことはないように声をかけた。

「珍しいですね」
「てめぇもな」

あっさりと返ってきた言葉にアスヒは深く黙り込む。
やはりあの商人は余計なことをクロコダイルに告げ口したのだろう。

隠し事など出来なさそうな雰囲気に、アスヒは諦めの息を吐いて、肩を落とした。

贈り物にしようとしていたものを、本人が自分で買っているだなんて、道化もいいところだ。
肩を落としたままのアスヒはクロコダイルから視線を逸らした。

「なんだったら私の給料から引いてくださいませ」
「どのみち俺の金だろ?」
「それもそうでした」

もう何を言ってもアスヒの不利にしかならないような気がする。ぷくりと頬を膨らましていると、クロコダイルは満足げに言葉をかけた。

「俺の趣味じゃねぇなぁ」

ニヤニヤと笑いながら指輪を眺めているクロコダイル。

そう言うのならば、わざわざ見せびらかすように嵌めなくてもいいだろうし、第一買わなければいい。
呆れたように溜息を零すアスヒは、クロコダイルの嵌めている指輪を見つめていた。

「知ってますよ」

輝く緑色は控えめで。クロコダイルが好んで付ける大きな宝石がついたものとは全く違う。

ふと、ゆっくりと手を伸ばしたアスヒは、クロコダイルがつけている緑の指輪に指先で触れた。

「ただ、緑は貴方様の色だと思いましたので」
「………」

アスヒの声をクロコダイルは黙って聞いていた。彼女の優しげな視線は真っ直ぐに指輪に注がれている。

クロコダイルの手と重なるアスヒの手に、赤い指輪が嵌められていた。それが彼の視線に止まった。
もちろん、彼は彼女がこの指輪だけをずっと身につけているのを知っている。
そして、この指輪は元は誰のものだったのかも、ちゃんと覚えていた。

途端、振り払うように手を弾くクロコダイル。アスヒも大人しく手を引いていた。

「ぼさっとしてねぇで、夕食の支度でもしてこい」

忌々しそうにクロコダイルがそう言って、珈琲に口をつける。
数瞬黙ったアスヒだったが、次に胡散臭いほど綺麗な笑顔を浮かべて頭を下げた。

「かしこまりました。では、お手紙はこちらに置かせていただきますね」

いつも通りであれば、この時間はクロコダイルの部屋に残り、彼に届いた手紙の分別をしているはずである。
それだというのに退出を許してしまったクロコダイル。普段は決してしないであろう、彼の小さな失敗だった。

「……」

多方面から届いている手紙の山を一瞥するクロコダイルが深く黙り込む。
だが、再び彼女に残れと命ずる訳にもいかず、彼は心底腹立たしそうに舌打ちをした。

手で犬でも追い払うかのような仕草をするクロコダイル。
そんな彼を気にもとめずに、にっこりと笑って扉を閉めるアスヒ。

そして廊下を歩き出した時、彼女の気分は、何か特別いいことがあった時のように高揚していた。

嬉しかったのかと聞けば本人は絶対に違うと、必死に首を横に振るだろう。
それでも、今、彼女は、間違いなく一種の幸福感に満ち溢れていた。

そして、決意する。
今度は自分が選んだものを、迷わず彼に贈ってやろう。と。
自分の趣味で、クロコダイルの趣味ではなかったとしても。

それは、もしかしたら…。もしかしたら受け取ってもらえるのかもしれないのだから。

「案外、可愛いところもあるのね」

あくまでも気が向いたら、だったが。


(アナタの色を)

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