『Don't search for me.02』

クロコダイルの命令がないと動けないアスヒは、一瞬だけ顔をしかめたあと、サカズキに向かって再び深々と頭を下げた。

「どうぞ、お気になさらずに」

腹立たしそうに舌打ちをするサカズキだったが、それ以上何かを言うことなくアスヒから視線を逸らした。

七武海であるクロコダイルが呼ばれているにも関わらず、他の七武海の姿は見えない。
空席の目立つ座席を見たセンゴクが溜息と共に不満げな声を出した。

「出席者はこれだけか」
「どうせもう来ねぇよ、さっさと始めろ」

どこまでも傲慢なクロコダイルの態度にセンゴクの殺気が彼に向かう。
勿論クロコダイルはどこ吹く風で、ふかした葉巻を消そうともしていない。

再び何かを言おうとしたセンゴクだったが、それをぐっと堪え彼もゆっくりと席についた。

そして始まった会議に、アスヒは壁際にそっと寄った。
話し声は聞こえるにしろ、海軍元帥のセンゴクや大将達から少しでも離れられて、誰にもバレないように安堵の溜息を零した。

酷い嫌がらせだ。とクロコダイルの背中をじとりと睨む。そして次に聞こえてきた言葉で思わず動揺の声を上げてしまうところだった。

「――2年前。先代のミズミズの実の保有者が死んだ。実がまたどっかで生まれておるじゃろう」

サカズキが始めた話は、アスヒにとってとても身に覚えがありすぎる話だった。
一瞬だけざわついた気がする体内に、静かにしていてと咄嗟に祈ってしまっていた。

「へぇ。実在するのか、その実は」

楽しげにも聞こえるクロコダイルの声が酷く憎い。
それと同時にクロコダイルが突然、アスヒをこの会議に参加させようとしたのかを理解する。

彼は今回の会議で『ミズミズの実』が議題に上がることがわかっていたのであろう。

「もし能力者を見つけたら殺さずに捉える。政府で徹底的な管理が必要だ」
「『ミズミズの実』の能力者には海楼石の錠もきかねぇんだろ? 捕まえられるのか?」
「死ななきゃいい」
「そりゃないんじゃないの?」
「実の状態のまま見つかれば1番だが…」
「既に2年もたってるんだからそれは難しいだろう」
「今まではすぐに見つかっていた。…余程、頭の回る奴の手に渡ったか」
「どうしてもこっちに従わんのであれば殺してしまえばええんじゃ。
 そしたらまたどっかで実が生まれる」

サカズキの声は冗談なんかじゃない。見つかれば徹底的に管理されるだろうし、そして逆らえば言葉通りに殺されるだろう。
正義というには強すぎる殺気に、アスヒは肩を震わす。見つかりたくはない。殺されたくはない。

その時、クハハと短いクロコダイルの笑い声が零れた。殺気を込めつつにサカズキが彼を睨む。

「サカズキ。てめぇはいいもん1つ持ってるだろう。
 それにしちゃあ、随分気合いれて探してるじゃねぇか」
「ミズミズの実は悪魔の実の中でも特殊中の特殊。放ってはおけん」

腕を組んだままのサカズキの声は低く固い。クロコダイルはそれを嘲笑う。

「随分と執着してるじゃねぇか」
「お前も随分と興味を示しておるのぅ、クロコダイル」

バレないはずだ。バレる要素はないはずだ。
そうは思いながらも殺気を漂わせながら探しているその実が、案外近くにあるなどと知れたら、と不安と恐怖が彼女に押し寄せる。

恐怖に震えてはいけない。不安に冷や汗を流してはいけない。固い唾を飲み込んだ瞬間を見つけられたら?
ただの気のせいだと流してもらえるような人間が、海軍の大将になどならないだろう。

クロコダイルとサカズキの短い睨み合いが怖くて堪らなかった。

「帰るぞ」

不意に席を立ったクロコダイルにアスヒは表情に出さないようにほっと一息ついた。
センゴクやサカズキ達に向かって深々と頭を下げ、足早にクロコダイルの後ろについていく。

扉を閉め、暫く歩いた所で、クロコダイルは後ろを振り返りもせずにアスヒに声をかけた。

「感想は?」
「2度と来たくありませんわ」

メイドの即答。クロコダイルはニヤリと口元に笑みを浮かべた。彼の思惑はその通りになったのだ。
いつも平静を装うアスヒを脅すことが出来て、彼は満足げにする。

アスヒは視線を少し下げながら、長く息を吐くようにして、いつのまにか硬直しかけていた身体を緩めた。

「特に…あのサカズキ様には2度とお会いしたくありませんね」
「あいつはミズミズの実に執着している。なんでかは知らねぇがな」
「…こんなに手間をかけて脅さなくてもいいのに」

アスヒが『ミズミズの実』の保有者であるということがバレたらどうなるか。
クロコダイルはそれをアスヒに再確認させるために、わざわざここに連れてきたのだろう。

「………本当に、怖かった」

目を伏せて、長く息を吐くアスヒ。小さく零した言葉は弱々しく、彼女らしくはなかった。
重ねられた彼女の手が僅かに震えているのを見つけて、クロコダイルは内心微かに驚く。

彼自身も、脅すつもりで連れては来た。だが、彼女がここまで怯えるとは思ってはいなかったのだ。
またいつものように生意気な態度をとるのだろうと思っていたクロコダイルは、アスヒのその姿に肩透かしを食らったような気分だった。

「……おい、」
「フッフッフ。部外者は会議には立ち入り禁止じゃなかったのか?」

クロコダイルがアスヒに何か声をかけようとした瞬間、言葉を被せるかのように声がかかった。

振り返ったアスヒの視界に大きなピンク色のコートが目に入り、それを『知っている』彼女の目に微かに驚きが宿った。

「クソミンゴ野郎…。来てやがったのか」
「なんだよ、来ちゃいけねぇみてぇなこと言いやがって」

殺意すら篭ったクロコダイルの声に返事をしたのは、クロコダイルと同じく王下七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴだった。
比較的大きな身体をしているクロコダイルよりも、更に大きな身体をしているドフラミンゴ。アスヒは不自然に見られない程度にクロコダイルの身体の後ろに姿を隠した。厄介事はもう御免だった。

クロコダイルはドフラミンゴを睨み上げながら、忌々しそうに言葉を続けた。

「会議室はあっちだが?」
「知ってる。俺は別口で用があるんだよ」

さらりと言い返された言葉。ドフラミンゴは酷く面倒くさそうだったし、クロコダイルはそれ以上ドフラミンゴに興味はないようだった。

むしろドフラミンゴの興味は、クロコダイルの後ろにいるアスヒに移った。

「随分と従順なもん拾ってんじゃねぇか」
「従順? まさか」

鼻で笑うクロコダイルに、後ろに控えていたアスヒが主君の背中を睨む。

アスヒの姿をじぃと見ているドフラミンゴの視線から逃れて、マリンフォードから一刻も早く離れたいアスヒは、クロコダイルに離れないようにしてすぐそばをついていった。


(Don't search for me.)

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