『お買い物とお出かけと02』

そして、全てを触れ終わってから、ちらりとクロコダイルに振り返った。

「全て本物ですわ。
 ただ、その奥の1本だけは交換していただいた方が良いかもしれません。
 使えない商品というわけではありませんが、他より劣っています」
「それだけか?」
「それだけです」

品定めを終えたアスヒは再びクロコダイルの横に並んで主を待つ。

「………暫く自由にしてろ」

が、クロコダイルは交渉事にまでアスヒを連れて行く気はないらしく、気だるげに言葉を紡いだ。
それからはクロコダイルは何を言うでもなく歩き出し、アイスバーグとの交渉を始める。

残されたアスヒはそんなクロコダイルをちらりと見てから、突然渡された暇に困惑する。

許されるのなら自由に街を見て回りたかったが、そこまでハメを外すわけにもいかないだろう。
遠くにクロコダイルが見えるような位置で大人しくしていようと、造船所の中を見つめるアスヒ。

カンカンとそこらじゅうに広がる仕事の音に、アスヒは内心溜息をつく。

それでも物珍しい船作りに視線を彷徨わせていると、ふとそこに見覚えのある姿が見えた。

(……あれは…)

見えた人影に、アスヒは数秒悩んだあと、思い至ったように動き出し、1人の船大工の背に声をかけた。

「こんにちは」

振り返った男の方に乗った鳩を見て、アスヒは確信する。彼は、確か。

「船を作るのは楽しいですか?」

アスヒの問いに、男は目を細めて彼女を見つめる。突然声をかけてきたアスヒへの警戒からか、はたまた彼は元から無口だからだろうか、彼は数瞬黙り込む。
そしてゆっくりと、何故か鳩の腹話術を使いながら答えた。

「……やりがいのある仕事だっぽー」

男の答えにアスヒは綺麗に微笑みながら返した。

「良かった」

答えた瞬間、アスヒの身体の周りをぐるりと一周するかのように砂が舞い、次にアスヒと男の間にクロコダイルが現れていた。
アスヒに背を向けるクロコダイルは苛々としたような声で男を睨みつけていた。

「うちのメイドに用か?」

低く冷たい、殺気すら込められている声に、アスヒの方が慌ててクロコダイルに声をかける。

「違うんです。私が話しかけて、彼の邪魔をしてしまったんです」
「………」

クロコダイルは男を睨みつけた動かない。アスヒは念を押すようにもう1度言葉をかけた。

「納得はしなくてもいいですから、引いてください。クロコダイル様」

そうしてようやくアスヒに視線を向けるクロコダイル。彼は苛々とした様子でアスヒを睨みつけた。
クロコダイルは舌打ちを零して、歩き出す。アスヒは男に頭を下げてから慌ててクロコダイルの背中を追いかけた。

「すみませんでした」

声をかけると、クロコダイルはアスヒを見ないままに言葉を返した。

「アイツが誰か知ってんのか?」
「船大工だということは知っていますけども」

さらりと答えたアスヒにクロコダイルは舌打ちする。

「食えねぇ女だ」

クロコダイルの後ろをついて歩きながらも、アスヒはちらりと後ろを振り返る。

肩に鳩を乗せたあの男は、間違いなく政府の暗殺組織CP9の一員であるルッチだろう。

いつ訪れるかもわからないけれど、あの男がいつか上司であるアイスバーグに向かって牙をむくのを知っているアスヒ。
それでも何かをする気はなかったアスヒだったが、今、仲間と一緒に仕事をしている彼らを見るのはなんだか好ましかった。

(これからもずっと、仲良くすればいいのに)

任務といえども数年共に働けば情も湧いてくるのではないだろうか。

数年共に働いているクロコダイルの背中を見つめてから、小さく溜め息が溢れた。

(……でも、信頼し合うのは難しいか)

懐疑心の強すぎる主にどこまで信頼されているかわからない彼女は、先に進んでいくクロコダイルの隣に並んだ。

クロコダイルは視線を向けないまま呆れた声を出す。

「てめぇは1人で大人しく観光も出来ねぇのか」
「比較的大人しくしていた方なんですけれども」

小さく呟き返すとクロコダイルにぎろりと睨まれる。だが、彼女は涼しい顔。
それに慣れてしまっているクロコダイルも、それ以上アスヒを咎めることはない。

アスヒは流れてきた潮風を気持ちよさそうに受けながら、クロコダイルに微笑みを向けた。

「この国は私にぴったりなようです」
「おいてくぞ」
「それは困りますわ。私にとっても、貴方様にとっても」

静かに答えると、クロコダイルは舌打ちを返す。

アスヒはクロコダイルの下で生活している身であるし、クロコダイルは自身の計画のうちにアスヒを組み込んでいる。
アスヒはアラバスタに、しいてはクロコダイルの下にいなくてはいけないのだ。

利口な2人はそれを理解している。それ以上何かを言うことはなく、先にクロコダイルが声を出した。

「……。積み終わったら出航だ」
「それまでは自由にしていてもいいんですよね?」
「てめぇがそうしてぇなら」
「海列車で行ける隣の島が美食の街なんですって」
「行かねぇぞ」

もちろん答えは予想していた。だからこそ、アスヒはすぐに次の言葉を紡ぐことが出来た。

「では、あの子に乗ってお散歩でもしませんか?」

アスヒが手で示すのはブル貸屋で、そこには数種のヤガラが並んでいた。
W7では水路が多いため、ヤガラでの水上移動が重要になってくる。アスヒはそれに乗ってみたいという好奇心をそのままクロコダイルに伝えていた。

クロコダイルは呆れたようにヤガラを一瞥してから、背を向けた。
少しだけ口を尖らせたアスヒはクロコダイルの後を追う。クロコダイルはちらりとアスヒを見て呆れたように声をかけてきた。

「1人で行け」
「1人では大人しく観光できないもので」

にっこりと笑ってクロコダイルを見上げると、クロコダイルはアスヒを見下ろした。そして溜息をつく。

「…あれには乗らない」
「では歩いていきましょうか」

あっさりそう言ってアスヒはクロコダイルの隣に寄り添って、ふわりと腕を組む。
組まれた腕を振りほどいたりせずに、クロコダイルはアスヒと歩幅を合わせる。彼は忌々しそうに彼女に囁きかけた。

「クソ女」
「ふふ」

笑った彼女はいつになく上機嫌だった。

折角、美しい街に来たのだ。珍しく2人で行動しているのだから、少しくらい楽しんだっていいだろう。


(お買い物とお出かけと)

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