『好みの香りを02』
「なにするんですか」
「こっちにしろ」
クロコダイルは取り上げた香水の代わりに、自分が気に入った香水を彼女に持たせる。
大人しく香りを嗅いだアスヒが、次にムスと頬を膨らませた。
「私の好みじゃありませんわ」
「買ってやる」
それ以上彼女の意見を聞くことなく、クロコダイルは店主に声をかける。
横で「横暴」と小さく呟いたアスヒは、不満げながらも怒ってはいないようだった。
自分の所有物を、自分の好みで着飾って何がいけないのだろうか。
悪い気など一切していないクロコダイルは、店主から商品を受け取ったアスヒの腰元をまた引き寄せた。
この仕草にも、ここ数年でだいぶ慣れたと思う。
こうしておけばアスヒはクロコダイルの女として覚えられるだろうし、七武海の女に手を出す輩は酷く限られる。
ミズミズの実の保有者であるアスヒに悪い虫をつけるわけにはいかない。尚且つアスヒの意識を他の人間に向けるわけにもいかない。
計画のためにもアスヒはずっと、これからもずっとクロコダイルのものでなくてはいけないのだから。
「そろそろ船に戻りましょうか」
楽しげだったアスヒが静かにそう言う。荷の積み込みがだいたい終わっているであろう時間だった。
また信用ならない海軍の操作で航海をしなくてはいけないことを思うと、溜息も付きたくなる。
そう考えると、いい気分転換にはなった。
(気分転換? 女の買い物が?)
一瞬でもそう思った自分が馬鹿らしくなる。誤魔化すように葉巻を咥えると、隣にいたアスヒがすぐに火をつけた。
吐き出した紫煙を見たアスヒは何か考え事をすると、少しして思い至ったようにクロコダイルを見上げた。
「帰りも行きと同じように無風地帯を通って行くんですよね?」
「だろうな」
「じゃあ…、間に合うでしょう」
自己完結するアスヒをちらりと見下ろす。何の話をしているのか全くわからないクロコダイルは不満げに船に向かう。
彼女の隠し事は何よりも腹が立つ。この様子ではきっと大したことではないのだろうけれど。例え些細なことでも腹が立つ。
先に進んだクロコダイルのあとを、小走りでついてきたアスヒはいつの間にかいつもの無表情で、それも些かつまらなかった。
見えてきた海軍の船。その中でもアスヒに熱い視線を向ける若い海軍に見せびらかすように、彼女の頭を引き寄せて、首筋にキスをしてやると、アスヒがわかりやすく顔を赤くさせた。
「何するんですか!」
「行くぞ」
抗議の声を遮って船に乗る。ぽかんとした顔の海軍達は愉快だったし、染まった頬を冷まそうと手を頬に当てているアスヒは見ていて気分が良かった。
また気まぐれに抱き寄せてやると、アスヒは表情をムッとさせたまま、それでも大人しく腕に収まった。
彼女の表情は不満げだが、未だに頬も耳も赤いままだ。
「顔が赤いな」
「煩いですわ、クロコダイル様」
わざわざ赤さを指摘してからかってやるとアスヒは口を尖らせて、腕から逃れていった。どうやら機嫌を損ねたらしい。
喉の奥で短く笑って、クロコダイルはアスヒの後ろを追いかける。
彼はすぐアスヒに追いついて再び彼女の腰元を抱き寄せる。
アスヒは不服げにしながらも今度は彼から逃れようとはしなかった。
(好みの香りを)