目が覚めた。喉が酷く乾いている。そうだ。珈琲でも淹れて飲もう。とても苦い珈琲を淹れて、一気に目を覚ますあの瞬間が私はとても好きだった。

ベットから身を起こそうとした時に、身体中に走る激痛で、私は思わず甲高い叫び声を上げた。痛い痛い何だこれは痛い苦しい。
奥歯を噛み締め、何とか激痛に耐えた私は恐る恐る目を開けた。見えたのは薄暗い…、ここは病院だろうか?

一応は白を基調とした空間に私は病院を思い浮かべる。同じく白いベッドに横たわっていた私は、個別の紗幕で外側から見えないようにされていた。
嫌な汗がじっとりと身体を覆っている。短い呼吸が繰り返されていた。

そして唐突に思い出したのはあの悪夢だった。 

元彼に殺されかけ、三角頭から逃げ、ウサギに足を切られた、最低の悪夢。

それを思い出してしまった私は恐る恐る、かけられていた薄い掛布をめくる。
そこに見えた光景に私は貧血を起こした時のように視界が暗転しかけた。 

私の足がない。

正確に言うと右足は足首から先が消え、左足は太腿から先が綺麗に途切れていた。断面には包帯が巻かれていたが、その包帯も血がにじみ、汚くなっている。ベッドにも私の血が付着していた。

私を包む絶望。こんな足ではもう2度と歩く事が出来ない。なんで私がこんな目にあわなければいけないのだ。

その時、ヒールが地面を鳴らすあの独特の音がした。病院の人間だろうか。いやでも、看護婦は安全面からサンダルを履かなくてはいけないのではなかっただろうか。
そういえば私は助かったのか。誰かがあのあと、私を助けてくれたのだろうか。
足に包帯が巻かれている所を見ると、治療もしてくれたようだ。死ぬほど死を懇願していた私は辛うじて生き残ったみたいだった。

ヒールの音が近くで止まった。こちらに近づいてくる。紗幕にかけられた青白い手。

そして現れた人影に、私は再び絶叫した。

顔が、顔がない! 顔に水泡が溜まったかのように膨らんでいるナースの姿をした何かは紗幕の辺りでおろおろとし始めていた。動揺しているナースが再び紗幕を閉じて、ヒールの音を響かせて離れていった。

なんで離れていったかまでは私には理解できない。知ったこっちゃない。
でも、逃げないと。ここから逃げないと、悪夢はまだ終わっていないのだ。でもこんな足でどうやって逃げればいいんだ。

またヒールの音が戻ってきていた。最悪は続く。足音は増えていた。
私はボタボタと涙を零しながら、必死に身体を起こした。でも、それでも、この足じゃあベッドから離れることすらままならない。

紗幕が再び引かれ、2体の水泡頭が現れた。
私は悲鳴を堪えてそのナースもどきを睨みつける。ナースの1人が私に近づいてきて、その青白い手に持ったカルテを私に差し出してきた。え? なに?

「………読めって言うの…?」

カルテを差し出し続けるナースに、私は視線を向け、恐る恐るそのカルテを受け取る。カルテには赤い文字で単語が書かれていた。
綺麗な字とは言えない。だが、英語で書かれたその文字を私は読んだ。

そこには短く「Are you all right?(大丈夫?)」と書かれていた。私はそのカルテを睨む。
私は最初だけ私に優しくしたあのウサギを忘れてはいない。もう騙されはしないんだから。

ナースに文字の書かれたカルテを押し返しながら、私はナースの手を払った。

「大丈夫な訳ないじゃない! 触らないで。殺すなら、殺して」

そんな度胸もないくせに大口を叩く。2体のナースもどきはおろおろとしているようだった。
化物の癖に人間の私の言葉で慌てるだなんて。一体この状況はなんなんだ。誰か、言葉の分かる、人間を至急呼んで来てくれ。

「………………帰りたい」

思わず零した言葉に、ナース達が顔のない顔を見合わせたあと、最初にいた方が部屋を出て行った。
残った1体が紗幕を完全に開ける。見えた部屋はやはり病院の一室で、ナースもどきが部屋の隅に置かれている棚から包帯その他を持って私に近付き、私の切断された足に手を伸ばした。
私はそれを訝しみながらも、今度は払ったりしなかった。

「…貴女達が治療してくれたの?」

私の問いに、ナースは小さく頷く。また、なんで。
そして私の包帯を取り替え始めるナース。また走る激痛に、私はシーツを握り締めながら耐える。耐えるしかない。痛い痛い痛い。
新しい包帯になったあとも痛みはじりじりと足に残っていた。嫌な汗を流しながらも、逃げられない私はただ耐える。痛みに上手く口が回らないながらも、私はナースを問いただした。

「どうして貴女達が私を治療するの。貴女達は私をどうしたいの。
 殺すためなら生かさないで」

私の言葉にナースは私に顔を向けた。ナースはゆっくりとカルテを手にして、文字を書き込み始めた。
少し待って、すぐに差し出されたカルテに書かれた文字を読む。

「……「Just be alive」…。『ただ生きていて』…って、どういうことなのよ」

なんで、この化物は私を救ったのだろうか。疑問ばかりが頭を占める。
それでも、私はどうすることも出来ず、ナースもどきが身体を横にするようにと指示をするまま、横になった。
流石に眠りはしなかったけれども、極度の疲れによる慢性的な眠気は持っていた。このナースがいなければ、眠っていただろうに。

これから、私はどうなるのだろう。


◆モルヒネ

アヘンに含まれるアルカロイドで、チロシンから生合成される麻薬のひとつ。

鎮痛・鎮静薬として種々の原因による疼痛の軽減に有効であるが、依存性が強い麻薬の一種でもある。
モルヒネの副作用には依存性、耐性のほか悪心嘔吐、血圧低下、便秘、眠気、呼吸抑制などがある。
眠気はモルヒネ使用開始から1週間の間にみられ、その後は自然に改善することがほとんどである。

毒としてみた場合、非常に強い塩酸モルヒネだと、数量により、数分から2時間程度で死亡する。


(Wikipediaより引用)


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