1



いくつもの断末魔が絶え間なく響き渡り、キツすぎる鉄の匂いに私の感覚が麻痺する。
私と目の前で絶望の色を浮かべている男以外、もうこの屋敷には息をしている人間はいない。
助けて、助けてくれ、とみっともなく取り乱す男を冷たく見下ろして、何の感情もなく銃の狙いを男の額に合わせた。

たったそれだけなのに。
男は死期を悟ったのか恐怖で顔を歪め、私を見上げる。




「死に神め…っ」

「違うわ、ただの黒い雪よ」




―――パンッ


どさり、と銃声と共に男の体が地に伏す。
ドロリとした赤黒い血が男の体から滲み出るのを見、興味がないとばかりに踵を返した。
人の気配のしない屋敷の小さなテラスに出て、夜空に浮かぶ満月を見上げ、眩しさに眼を細める。

あの月に手が届くことは一生ない……
ずっと、永遠に手に入らないモノ。
だからこそ私は、手を伸ばしてしまうのだろうか――……




「何してるの、こんな所で」

「聞かなくても知ってるんでしょう?」


ずっと私の後をついてきてたんですから。

そう振り向きながら彼に挑発的に笑いかける。
黒スーツの彼―――雲雀恭弥はそんな私に楽しげに口の端を上げた。
よく見ると黒スーツだからわかりにくいが微かに血のくすんだ色が付いている。
私の任務を見ながら自分も戦闘を楽しんでたってところかな。
決して手伝ってくれたとは思えない。




「へぇ……気づいてたんだ?」

「安心してください。気配は完全に消えていましたよ。
でも……消えすぎていて、わかりやすかったです」




こういう場所では気配を消している人間の方が敏感に反応する。
敵だったら背後をとられたりしたら大変だから。
気配があれば敵と紛れてもっと楽に尾行できたのに。

…まだまだ、その辺が甘いのよね。一般人が途中でこの世界に入ると。

ふぅん、と雲雀さんは更に楽しそうな笑みを浮かべる。




「なるほどね。今度から気を付けるよ」

「…そうですか」

「で?君は何をしてるの?
ヒットマンならターゲットを殺した時点ですぐに消えるはずでしょ?」




確かに…そう。
普通なら殺し屋はさっさと標的を殺して姿を消す。
そうしないと目撃者や証拠が残ってしまって、無駄な仕事を増やしてしまう可能性があるから。

だからこそスピードが命。
リボーンも私も無駄な動きは一切しない。

…でも、今日は違う。
だって今日は…満月だから。

- 30 -

*前次#

back

ページ:


ALICE+