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次に目を覚ますと知らない誰かの部屋に寝ていた。
広々とした和室に、どこからか聞こえてくる鹿威しの音。
…なんでだろう、と考えて、ふと思い出すのは昨日のこと。
そうだ……昨日、雲雀さんと………ということはここは雲雀さんの部屋、か。
辺りを見渡すけど雲雀さんはどこにもいない。…いない方が嬉しかった。
そういえば昨日の任務どうなったんだろう……
失敗、なんてことになってたらどうしようか。
…その時は今日殺しにいけばいいよね。
スーツのまま寝ていたらしく布団から出て皺になったスーツを少し正す。
雲雀さんがいないならさっさと帰ろう、と思い襖を開ければ、人がいた。
―――草壁哲矢。雲雀さんの腹心の部下。
特徴的なリーゼントが変わらずそこにあり、私に気がつくと早足で近づいてきた。
「起きられましたか」
「はい。…雲雀さんは?」
「恭さんはすでに任務に。貴女を送るよう命じられています」
「…では、お言葉に甘えて」
こちらです、という草壁さんの言葉に従って歩き出す。
…随分と私はこの人に嫌われているみたいだ。
さっきから話し方に棘がある。
さしずめ彼女がいる主に色目を使ったヒットマン、ってところかな……
別にそう思われても仕方ないから何も言わないけど。
無言のまま車に乗せられて屋敷へと向かう。
郁織は人前では健気な女の子を演じているから愛想の悪い私はお高くとまった女、としか見られない。
…部下達から何度「お嬢はお綺麗なんですからそんな顔されては損です!」なんて言われたか。
別に人に嫌われたっていい。…本気で愛されるより、いい。
(ただ、少しだけ寂しいだけ)
屋敷につくと一応私を女として扱ってくれるようでドアを開けてくれた。
私はありがとうございます、と伝えて車を降りれば…心配そうな顔している部下達が目に入る。
そうか…任務に出てないことが伝わってるのか……
「…草壁さん、昨日の任務はどうなりましたか?」
「恭さんが帰って来られてからすぐに終わらせましたよ」
「(…借りができたか…)そうですか。
雲雀さんにご迷惑おかけしましたとお伝えください。それに……この借りはいつか返す、と」
「承知しました」
ぺこり、と草壁さんに頭を下げてから心配顔の部下達に近づいていく。
ただいま、と声を掛ければ一瞬驚いたような顔をしたけどすごく野太い声で『お嬢ぉぉぉ!無事に帰られたんですねー!』と一斉に抱き付かれた。
とりあえず全員引きはがしておく。
全く…私が当主になっても心配性が直らないんだから。
そう呆れているような言葉を言っているにも関わらず笑ってる自分もいて。
……本当は、少し嬉しかったんだって、自覚する。
「心配しすぎよ。私を誰だと思ってるの?」
『女王様です!』
「うん、今女王様とかいった奴、一発殴らせろ」
『すいませんでしたー!』
ボキッとわざと手を鳴らせば部下達が一斉に頭を下げた。
全員で声を合わせていうことじゃないでしょう……
バカ、と呟いて緩みそうになる表情を隠すように部下達の間を通って屋敷の中に入っていく。
そのまま入ろうとしたが屋敷の扉に手を掛けて、一瞬、足を止めた。
「…でも、心配してくれて、ありがと」
『……!』
少しだけ、照れくさくて。…だって私のキャラじゃないでしょう、こんな言葉。
乱暴に扉を開けてすぐに閉めると外から、『やっぱ一生お嬢についていきますー!』という大声が聞こえてきた。
何が一生ついていく、よ。一生、なんて無理でしょ。
…そう言えばよかったのに、その言葉は心に浸透していって何も言うことができなかった。
やっぱりここは私のホーム、か。
そう呟いて少し軽くなった足取りで自分の部屋に戻るために一歩だけ歩き出す。
―――その様子を草壁さんが全部見ているなんて、知らずに。
そして草壁さんの私への印象がとてもよくなっていたことも。
慕われる上司、尊敬する部下
(私と部下達、雲雀さんと草壁さん)
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