「土方さん」 「あ?」 「いい加減にして下さい!」 「あん?」 「あたし前から言ってますよね!?」 「はぁ?何の事だよ?」 「だから!そのへの字に曲がってる口に加えてる煙の出るニコチンの塊ですよコノヤロー!!」 「ちょ、ばっ、文鎮投げんなよ!」 書類整備手伝えやと声をかけられ、部屋に入り書類を眺めだした途端これだ。土方さんは椅子に座るやいなやポケットに手を入れ四角い白い箱とコレステロール型ライターを取り出してぷかぷかと煙を吸い始めたのだ。その瞬間のあたしの顔はきっと般若にだって勝るとも劣らない表情だったに違いない。手元にあった“真”の文字が入った文鎮は華麗に宙に弧を描き土方さんに命中した。 「煙いし臭いし煙草吸わないで下さいって何回も言いましたよねぇ!?まぁ、急に禁煙は出来ないだろうから大変でしょうけど、せめてあたしの前では吸わないで下さいって言いましたよねぇ!?」 「あー……そうだっけかな」 「なのに何なんですか!?部屋に入った途端すぱすぱやりやがって!あたしの事ナメてんですか!?」 「いや、そう訳じゃ…」 「煙草は肺ガンとか肺気腫とか狭心症とか不整脈とか心筋梗塞になりやすいんですよ!?心筋梗塞なんて運が悪ければそのままポックリなんですからね!それに副流煙の方が毒性が強いし、」 「有害物質は200種類以上も入ってる、だろ?お前の説明はもう耳たこもんだ」 「じゃあいい加減にやめて下さいよ!!」 ムキーと叫ぶあたしをよそに再び土方さんは呑気に煙草を吸い始めた。お陰でニコチンが白い煙と共にあたしの方へふわふわと漂ってくる。煙い。臭い。 「つーか最近何なんだよお前。妙に煙草に詳しいしよ。前は俺が煙草吸ってもこんなギャーギャー言わなかったじゃねェか」 「何言ってんですか。もちろん真選組という組織の健康を守るためですよ」 「お前、そこは副長の体が心配だとか少しは可愛い事言えねェのか」 「後釜なら総悟がいますんで」 「よーしお前今月減給な」 「あ、ちょ、死ねよ土方ァァァ!」 「言っとけ」 ちくしょう、悔しいけどやっぱり格好いい。 これが煙草を吸う土方さんに対する正直な私の感想。何だかんだ言いつつも煙草を吸う土方さんは格好いいのだ。煙を吸う瞬間の伏せられた眼窩に、口元に添えられた骨張った指。それに紫煙を吐き出す瞬間の物憂げな表情とか。あたしは、こんなに格好よく煙草を吸う人を、この人以外に見たことがない。 だからこそ煙草の影響で土方さんが病気になったらと思うと恐ろしいのだ。真選組副長を失うのと同時に、ひとりの男の人として土方さんを失うと思うと居ても立っても居られない。あたしが煙草の害に詳しいのはアンタの為に色んな資料を調べたからだっていい加減気付けよバカヤロー。 「あたし煙草嫌いなんです」 「知ってる」 「やめてください」 「悪ィ、無理だ」 「何でですか」 「随分前から吸ってっからなァ。俺の中でもう煙草は習慣化してんだよ。習慣を簡単にやめれるわけねェだろ」 話ながらもすぱすぱと煙草を吸う土方さんに嫌気が差す。せめてあたしと話をしている時くらいその姿はやっぱり格好いいけれど、その煙を不快に思っているあたしが隣にいるのたからせめて今ぐらいはその長い指の動きを止めてくれたっていいのに。 こんな事を思う自分が惨めで情けない。 「…煙草って妊婦さんにもすごい悪いんですよ」 「はぁ?お前妊娠なんかしてねェだろ」 「……してませんけど」 「じゃあ関係ねェだろ」 「…いつかするかもしれないじゃないですか」 そう言うと土方さんは面倒くさそうに煙と一緒に溜め息を吐く。なまじ自分でも苦しい言い訳だなぁと思っていたため、その表情は少し堪えた。土方さんが喋るまでの数秒間、何となく居心地の悪い。 「そうだな、じゃあお前がそうなったら喫煙すっかな」 「……へっ?」 不意打ちとはまさにこの事だ。予想外な土方さんの返答に思わず間抜けな声が出る。しかしそれと同時に胸の奥から嬉しさがじわじわとこみ上げてくる。あんなに禁煙を勧めても拒否ばかりしていた土方さんから、どんな形であれ禁煙の言葉が出た事がひどく嬉しかった。また自ら真選組に在籍し、いくら女を棄てたと言っても女性扱いをされればそれなりに嬉しいに決まっている。それが慕っている相手なら尚更だ。 しかしその喜びも次の土方さんの一言で一瞬にして消え失せた。 「まァ、お前みたいなガサツな女を嫁にする野郎なんてそうそう居ねぇだろうけどなァ」 「え…」 ははっ、と冗談めかした軽い口調が土方さんの口から躊躇いなく紡ぎ出される。そして冗談を乗せた口元に手を添えると短くなった煙草を灰皿に押し付けた。そしてその骨張った指はまた箱から白い嗜好品を取り出さした。禁煙しろと言っているそばから喫煙を始めるこの人に、どうやらあたしの言葉は全く届いていないかったらしい。 「大体まだ男もいねェくせに気ィ早すぎんだろ」 「…」 「この分じゃ俺の禁煙もまだまだ先の話だな」 本人が軽はずみで発した冗談は、たまに人を酷く傷つける。 相変わらず煙草を吸いながら笑う土方さんの表情に悪意なんて微塵もない。ただ純粋にあたしをからかっているだけなのだ。本当にただの冗談、もしくはノリに過ぎない。それは先程の文鎮然り、いつものようにあたしが噛みついてくると思ったからだろう。あたしがそれ相応のリアクションをしてくれると信じて疑わないからだ。 そして残念ながら、あたしにはそのリアクションに答えなければならない義務がある。 「土方さん」 「あ?」 「侮辱罪です。切腹して下さい」 「え」 「いいからさっさと切腹しろって言ってんだよ土方コノヤロー!!介錯してやらぁ!!」 「おまっ、馬鹿、冗談に決まってんだろ!執務室で刀抜くんじゃねェェェ」 狭い部屋で刀から逃げる土方さんをあたしは追い掛ける。それはもちろん、いつものように少しだけ冗談めかした顔で。この顔が涙を堪えるための作り物だなんて、きっと土方さんは気付きもしないのだろう。結局あたしの言葉も気持ちも、土方さんには届かないのだ。 でも、それは仕方がないのかもしれない。だってあたしには、土方さんの健康よりも、土方さんに禁煙してもらいたい醜い理由があるのだから。 ねぇ土方さん。煙草って身体に悪いんですよ。副流煙なんて主流煙よりも身体に悪いんですよ。その事、土方さんはちゃんと知ってるんでしょ。だって、近藤さんが言ってましたよ。ミツバさんの前では絶対に吸わなかったんですってね、煙草。 煙 が 目 に 沁 み る
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