流れ星が消えてしまう前に願い事を3回言えれば、願いが叶うと。一体誰が言い出したのだろうか。

「おおお!すごいぞ佐助ぇ!星がこんなにも近くに!」
「よかったねー旦那。こっち側に向ければ月も見えるよー」
「何故我が貴様等と共に天体観測をせねばならんのだ」
「いいじゃねぇか元就。みんな同じ課題出てんだから一気にやっちまった方が楽だろ」
「元親の言う通りだって。それに政宗が家の望遠鏡使っていいって言ってんだからさー。甘えない手はないって」
「Shit!テメェ等が勝手に課題抱えてうちに乗り込んで来たんだろーが」
「あれ〜そうだっけ?まぁ、いいじゃん。今夜は流星群だってニュースでやってたし」
「オイ前田。テメェいつかその盛った頭にある羽むしり取ってやっからな」
「えええ!勘弁してよー」

 庭に出した数本の望遠鏡を覗き込みながらガヤガヤと楽しそうに騒ぐ奴らを尻目に縁側に腰掛ける。最近徐々に冷え込む気温から逃れるために無意識のうちに羽織ったガーディアンの裾を引っ張った。今日の夜空は空気が澄んでいてとても綺麗だ。

「政宗さま、暖かい茶をご用意致しましたので召し上がり下さい」
「Thanks,小十郎」

 差し出されたカップから立ち上るふわふわと漂う湯気を見て思う。馬鹿みたいに暑かった夏も終わりを告げ、季節は着実に秋へと向っている。ゆっくりと、だが確実に自分も周りの奴らも大きな時間の中で生きているのだという事を嫌でも実感してしまう。前方から聞こえる真田の声に呼ばれ、庭を歩きながらそう感じずにはいられなかった。

「政宗殿!この望遠鏡は壊れておりまする!」
「Huh?何馬鹿な事言ってんだ」
「嘘ではござらん!先程からこの星をずっと観察しておったがどんなに時間が経っても動かないのでござる!」
「You idiot!北極星は時間が経っても殆ど動かねぇ星なんだよ!」
「なんと!真でござるか!」
「っつーかテメェ、その星には昔に方角見るのに散々世話になって、……」
「え…?」
「…Shit,なんでもねぇ」

 喉まで出かかった言葉を夜の冷たい空気と共に無理やり呑み込んだ。真田のきょとんとした顔に消化しきれない何かが体内で渦巻き、無性にイライラしながら再び縁側に戻った。

(――落ち着け)

 何も今に始まった事ではないと己に言い聞かせ、騒ぐ心臓を抑えつけ庭先で騒ぐ奴らに目をやる。自分にだけ残る記憶というものは厄介だ。奴らは俺のように悩む事もなく、相変わらず楽しそうに騒ぐ昔と何一つ変わってはいないのだから。

(覚えてないんだ、こいつ等は――)

 時折、不意に脳裏に浮かび上がる風采がある。何もないまっさらな空間に全身に紅を纏った真田がいる。その傍には迷彩柄の服を着た猿飛。前田や毛利、長宗我部も。蒼い服を纏った俺の左側には立襟に袖を通した小十郎。そして、俺の右側には彼女がいるのだ。優しく微笑む、彼女が。
 俺の隣にはいつも小十郎がいて、真田は相変わらず暑苦しいし猿は世話焼きで隙がない。前田も恋だなんだのと騒ぎまくるし、毛利の冷静さや長宗我部の豪快さも変わらない。

(こいつ等はみんな、俺の傍にいるのに、)

 ただ違うのは、彼女だけがいないという事だけ。

(なんでお前だけ、俺の傍にいないんだよ…)



 思うのだ。いつも、いつも。



「…――さい、起きてください、政宗さま」

 随分懐かしい声がするな、と思いながら微睡みの中を漂っていたのに声の主が誰かを理解した瞬間、跳ねるように起き上がる。辺りを見渡せばそこは星の見える庭先ではなく、暖かい日差しが入り込んだ、妙に見慣れた和室の布団の上だった。服装も寒さを凌ぐためのカーディガンではなく、着流しを着ている。先程までいつもの連中と庭先で天体観測をしていたはずで。だからこんな所に自分が居る訳がないのに。
 突飛すぎる事態に思わず頭を抱えそうになる。しかしその混乱した頭にもしっかりと響く、隣で聞こえる優しい声。

「やっとお目覚めですか」
「……お前…」
「全く、毎回忍びに起こされるなんて、奥州筆頭が聞いて呆れます」
「……」
「今日は武田との同盟の件で真田さまがいらっしゃると仰っていたのは政宗さまで、……如何されましたか?」
「……何でも、ねぇ…」

 思わず傍にある温もりを力一杯抱き締める。暖かで懐かしい感触に一瞬言葉が出なかった。それに何も言わず、背に回された優しい手の感覚に思わず涙が出そうになる。

「…小十郎さまは私が宥めておきますから。早く支度を済ませて下さいね」
「……あぁ…」

 そうして腕を解いた後、彼女は笑った。

「政宗さまがいらっしゃるまで、ずっと待っておりますから」

 そして彼女が障子の向こうに消えるのと同時に辺りは段々と輪郭を失い出す。それを見て思うのだ。
 これは、夢だ。



“起きなければ”





「団子を腹一杯食べてみとうございまする!団子を腹一杯食べてみとうございまする!団子を腹一杯食べてみとうございまする!」
「旦那が寝坊しませんように×3!旦那が遅刻しませんように×3!旦那がおやつを自重しますように×3!旦那が大将との殴り愛で襖を壊しませんように×3!それから、かすがが一瞬でもいいから俺様にデレますように×3!」
「みんなの恋が実りますようにー!」
「星よ!我の真横にいる下品な男を消し去り給え!」
「テメ元就!オイ星ぃ!元就が怪しい宗教団体から抜け出しますように!」

 庭の歓声につられて目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしく、小十郎が掛けたのであろう毛布がするりと肩から落ちた。空を見上げると紺碧の空の向こうから無数の星が雨のように降り注いでいる。まるで、空が落ちてくるみたいだ。

「お目覚めですか、政宗さま」
「……あぁ」
「すごい数の星ですなぁ…。政宗さまも何か願ってみては?」
「…。そうだな」

 傍に佇む小十郎に誘われ再び夜空を見上げる。寒さを凌ぐためにカーディガンの袖に触れた自身の冷たい手が、これが現実だという事を教えてくれる。
 しかしその手には彼女を抱き締めた感覚がしっかりと残っている。

「もしも…、もしも願いが叶うなら…ひとつだけでいいからよ。だから、」

 本当に簡単な事で、大それた願いではないのだ。お前にまた会いたいとか、お前のいた時代に戻りたいとか、絶対無理な事を願うのではないのだ。
 だから。ただ、もしひとつだけ、願いが叶うと言うならば。闇夜を流れる星に願いを。

「もう…忘れさせて…もう忘れさせて、忘れさせて」







20101004