僅かな明かりの灯る一室でいつものそれは行われる。時間が経つにつれ浅くなる呼吸に比例して大きくなる悲痛な呻き声。しかしそれとは裏腹に長の声は無情な色を保ったままであるから、流石にこれで幾度となく長の拷問に立ち会わされてきた私であってもそのえげつなさに慣れる日が来るとは今のところ到底思えない。 「ねぇ、さっさと吐いちゃいなよ。楽になるよ?」 「誰が…そんな事を…」 「あそ。じゃあ右手の指が3本が使い物にならなくなってもいいってことなんだね」 「貴様何を、」 「する」と続いていたであろう男の言葉は、ぼきりという嫌な音と共に耳をつんざく自らの叫び声によって途切れた。いくら敵国の間者だからと言っても、長に見つかってしまった彼には憐れんでしまう。 全く、一体どこにどう力を込めればあんなに軽々と人の指を折ることが出来るのだろか。まるで小枝を折るかのように軽々と相手の指をあらぬ方向へ曲げていく見ているとそこから湧き上がる感情は既に畏れを通り越し、最早感嘆に近い。 「なんだ、忍びのくせにみっともない声出して。そんなに騒がないでよね、別に詰めた訳じゃあるまいし。寧ろまだ自分の指が皮で繋がってることに感謝しなよ」 「…あっ…あ、…」 「あんたが情報を吐かないからいけないんだよ?ちゃっちゃと吐けばすぐに楽にしてあげるのに」 「…吐いたら吐いたで、…用無しなったらに殺すんだろ……」 「あは、バレてた?」 男に顔を近付けてにこりと口角を歪ませる長の表情を隣で一瞥し、あぁ、この男はもうだめだと思った。長の眼は既に残虐の色に占拠されている。 「っつー事は、これ以上質問してもあんたは何も喋らないって判断してもいいよね?」 「……当たり前だ…」 「あーあ。じゃあ仕方ないね」 そう言って長は私の方に体を向けた。その口角は相変わらず歪んでいる。 「どうする?あんた」 「…。私は、長の仰せのままに」 「そう。じゃあ今回は俺様がやっちゃおーかな」 いつものように軽い口調の後、再び男に向き合った長は懐から脇差を取り出した。部屋に灯る行灯の明かりに反射したそれは、小刀にも関わらず妙に重く、鈍く光っている。 「これ最近手に入れた代物でさぁ。まだ切れ味試してないんだよねぇ」 「………さっさとやれ」 「あは。じゃあ、遠慮なく」 一瞬で人の首をもいでしまったそれは、脇差しにしては随分切れの良い小刀だと思った。いや、単に刀の切れ味が良いのではなく、ただ長の太刀筋あって所為なのかもしれないが。一瞬、宙を舞ったそれは刃に鮮血を滴らせてゆっくりと光っていた。それは瞬時に立ち込める鉄の臭いと、赤い血にまみれてなんともあっさりと最期を迎えた男の姿をその鋭利な姿に映していた。 「あーあ。久々の間者だから有力な情報が聞き出せると思ったのになぁ」 「……そうですね」 「でも、ま、これの切れ味を人体で証明する事も出来たことだし。見た所こいつは西の方の忍びみたいだから、そっちに軽く探りを入れればいいしね」 「…はい」 「と言う訳で、ここの片付けは頼んだよ」 小刀の刃を懐紙で拭った後、長は私に事切れた男の処理を命じる。これは拷問に付き合わされる私の役目で、言わば私はこの為にいるようなものなのだ。別に今更死体に抵抗を感じる事もないため、際だって何らかの感情が生まれるわけでもない。 ただ、ひとつだけ。いつも私に死体処理を命じた長を見て思うのだ。 「俺様は旦那に報告してくるからさ」 幸村さまへ報告に行かれる長の顔は、今まであんなにも無情な拷問をしていた者とは思えないほど、ひどく優しいお顔をなさっているのだ。それは、例えるなら、自分の功績を親に伝えるような無垢で無邪気な子どものように。 きっと幸村さまは、長があんなにも残忍な表情を浮かべて無情な拷問をしているとは夢にも思うまい。そして、長ご自身もご自分の表情がこんなにも変化しているという事も。 「後は頼むよ」 そんな嬉々とした長の表情を一瞥し、思うのだ。無情な長にも幸村さまにだけは見せる情がある。 落花心ありとは、正にこの事、と。 落 花 心 あ り 20101128 |