団長が壊れた。 あたしは地球での仕事で船の外に居たから詳しい事情は知らないけれど、遂に団長が壊れたらしい(もちろん、前からいろんな所が壊れていたというのも否めないのだが)。簡単に云うと、団長の目に余る行動に春雨の元老たちが耐えかねて遂に団長に処遇を施そうとしたらしい。だがその処遇に不服を感じた団長が、今まで自分の中で抑えていた元老たちへの憤りを爆発させた。そして怒りに身を任せ理性を失った団長は元老たちはおろか、周りにいる春雨の人間を片っ端から殺しているのだそうだ。というのを今さっきまで生きていた料理人に聞いた(アーメン)。 その証拠に春雨艦内は火の手が上がり、壁や床は血痕で汚れ断末魔の叫びがあちらこちらから聞こえてくる。 「…おい、お前…」 「阿伏さん…!」 声が聞こえた後方を振り向くと阿伏さんがいた。両脚が倒れてきたのであろう鉄鋼に挟まれ、身動きが取れないらしい。額と右腕からは血が出ている。 「生きてたか…」 「うん。あたし今まで外にいたから無傷」 「そうか…。じゃあ、早いとこ逃げろ…。団長に殺られちまうぞ」 「阿伏さんは?」 「周りの人間を避難させったらこの様だ。…ったく、これだから古株はいけねぇ。…他人を助けてテメーがこれじゃあ…、夜兎の風上にも置けやしねぇや」 自分を顧みず他人を助けるなんて阿伏さんらしい。時々本気でこの人は本当に夜兎なんだろうかと思う(いや、あたしにだって情の一つや二つはあるけれど)。 「あー…なんか、阿伏さんらしいねぇ…」 「ハァ…こんな時まで嫌味はよしてくれよ」 「あのさ、団長はどうなるの」 「さあな…。俺みたいなのはいずれ船の爆発と同時におっ死んじまうが、……団長は生き残りそうだな。なんとなく…」 「そしたらどうなるの?」 本当に、どうなるのだろう。確かに団長なら船の爆発に巻き込まれても死にそうにない。なんとなく。ということは、死ぬまであの壊れた感覚で人を殺し続けるのだろうか。 「幸か不幸かここは地球だ。天人と戦うための武器なんざ、ざらにあるだろ…」 「でも幕府は初めから戦わず、天人に頭を垂れた。そんな武器を隠してるなら前に使ってるんじゃない?」 「天人が地球に降り立ってから長い…。地球は天人の技術も取り込んでここまで発達してきた。地球独自の技術じゃあ無理かもしれんが、今の技術は侮れねぇ…」 「じゃあ団長は?」 「どうだろうなァ…。銃だか大砲だかは検討つかねぇが…天人用の武器一発でおさらばだろうな」 「…」 団長が、死ぬ。あの団長が。戦うことを何よりも好み、それで渇きを潤し何百万という屍の上に自身の存在意義を見いだしてきた団長が。地球人のたった一発の銃撃で死ぬかもしれない。 そんなの、あたしは耐えられない。あの宇宙海賊春雨最強を謳われてきた団長の最期がたった一発の銃弾だなんて。とてもじゃないが、なんて似つかわしくない最期なんだろうか。 そんな最期になるのだったら、いっそのこと。 「阿伏さん」 「…ん?何だ」 「鉄鋼退かしてあげるから逃げて」 「あ?何言ってんだお前…。どうせ船はもうじき吹っ飛ぶ。みんな一緒にお陀仏だ」 「でも団長は死なない」 壊れた感覚のまま一人生き残った団長は人を殺し続ける。そして最後は一発の銃撃に倒れるのだ。そんなのは嫌だ。我慢ならない。このあたしが許さない。団長の最期は遠くからの銃撃ではなく、戦うべき相手と面と向かって戦って迎えるべきだ。 「いや…お前…、それはあくまで俺のもしもの話だから、」 「地球人に殺されるくらいなら、あたしが団長をやる」 「おまっ!なに考えてんだ!死ぬぞ!」 「団長に勝とうなんてはなから思ってないよ。相打ち狙いだし」 「馬鹿なことすんな!早く逃げろ!」 「逃げなくちゃ行けないのは阿伏さんの方だよ」 そう言ってあたしは阿伏さんの両脚を挟んでいた鉄鋼をどかす。なるほど、確かにこの鉄鋼は片手では動かせないな。 「阿伏さんは逃げてね。その怪我じゃ足手まといだから」 「…お前判ってんのか…死ぬぞ、本当に…」 「別に構わないよ。生きることにそれほど執着はないし。ただ、団長にはきちんとした戦いの中で死んでもらいたい」 「…お前、まっ」 そして阿伏さんの言葉を最後まで聞かずにあたしは走り出す。団長は案外近くにいた。火柱を背負いながらに浮かび上がる男の影と、微かに認知する事の出来るピンク色の三つ編み。 「団長」 呼びかけると、団長はぴくりと動きを止めこちらを振り返る。頬には血痕があり、両腕も血だらけ。(きっとどれも他人のものだろうなぁ)そして瞳孔の開ききった蒼い瞳にあたしを映し出す。 「それにさ、阿伏さん。何れにしろ、誰かが団長を止めなくちゃいけないよねぇ…?」 そう呟いてあたしは団長の方へと走り出す。ここまで来たんだ。あたしがやらずに誰がやる。 乃公出でずんば 20090515 |