腕の中の体温が動くのを感じた。もぞりと身じろいだそれはゆっくりと、静かに俺の腕をすり抜け離れていく。残ったのは両腕の中の虚無感とすぐに冷たくなるであろう布団に染みた温度。それから僅かな女特有の何と形容し難い仄かなよい香り。
 一瞬このまま身動きせず眠っていたために気がつかなかったのだ、というふりをするのもありだな、とも思ったが所詮一瞬は一瞬でしかない。左肘を立てて軽く上半身を起こした。体を覆っていた布団が軽く布が擦れる音を立て落ちていく。素肌に当たる朝の空気の所為もあるだろうが、それにしたって肌寒い。

「変わらず早ェのな」

 すぐ傍で背を向け下着を着けたばかりの華奢な背中に向かって声をかけた。まだ黎明を迎えていない空間では白く透き通ったその肌さえもぼんやりとしか捉えることが出来ない。しかしそれさえも女を飾り立てる装飾にしか見えない。黒の似合う女だと思った。

「まだ寝てていいよ」

 女の返事は淡白だった。しかしそれは決して突き放すような冷たいものではなく、強いていうなら女の性格を表すようなさっぱりとした言い方だった。

「お前が起こしたんだろーが。せっかくのいい温度の抱き枕が出てっちまうから」
「ふふ、あたしは抱き枕なんだ」

 服に袖を通す女は機嫌よく笑った後、髪を軽く梳いた。あんなに汗をかいたはずなのに、さらさらとして指通りが良いのだから女とは不思議なものだ。

「風呂は?」
「いい。どうせ朝稽古した後にシャワー浴びるし」
「はっ、全くご苦労なこって」
「ふん。我々の強さは日々の鍛錬の積み重ねなんでね。どこぞのお偉い総督様と違って」
「拗ねんなって」

 下らない会話をしながらも手を動かし身支度を整えたらしい。女はここに来た時と一寸とも変わらぬ凛とした姿に変わっていた。早朝の街でこの姿を見た奴らは、まさかこの凛然とした女がついさっきまで男の腕の中にいた女だとはきっと誰も思うまい。
 女がゆっくりとこちらを振り返った。その仕草がまた美しいもので、思わず一瞬息をのんだ。

「――じゃあ、」

 女が口を開くのと同時に、俺はその白くて細い手首を掴んでいた。女の瞳が見開き瞠目の色を映し出す。先ほどよりも冷えた空気に露出した右腕が冷たい。

「…なに?」
「…行くな」
「……。上に立つ者がこんなんじゃ、部下に示しがつかないでしょう」
「行くなよ、」
「…あんたも、寝れないなら鍛錬してる部下の所に顔出しに行ったらいいよ」

 そう言っていつの間にか力の抜けた俺の手をゆったり解くと、女はカシャンと音をたてて愛刀を携えた。
 相変わらず黒の似合う女だと思った。

「全く…。よりによって天敵の幹部に惚れるなんて、攘夷浪士の最も過激で危険な男が、聞いて呆れるわね」
「その台詞、幕府の狗に変えてそっくり返すぜ」
「ふふっ…ほんとにね」

 自嘲気味に笑った後、女は静かに部屋を出て行った。残されたものは、もう何もない。ぼぅっと女の出ていった襖を見つめた後、僅かな光にふと視線を奪われる。窓から垣間見えた東の空は僅かに白み、侵食されかけた濃紺が広がっていた。すでに名残の月は滲んでいる。
 あぁ、もうすぐ朝だ。

















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晋作さんの都々逸より拝借。晋作さん風流すぎる。

20100211