だるい懈い。身体、が、動かない?否、動かせない。動かしたいのに動かせないという状態はこんなにももどかしいものだったか。どくどく、どくどく。あー…。だいぶ派手にやられたみたいだ。血が止まんないよ。こんちくしょー。うっすらとしか瞳を開けられないせいか、目の前が霞んでいる。ぽたり、と水滴が頬に当たるのを感じだ。あ、雨かな。あいにく温度を感じることが出来なかったから定かではないけれど、きっと冷たい雨なんだろう。ぽたりと落ちた雨粒は徐々にザァザアと無慈悲にあたしの身体に叩きつけられて、あたしはそのまま眠ってしまう。そして多分、もう起きない。

「……オイ」

 声が聞こえた。あのだるさに満ち満ちた死んだ魚の目のやる気のない声が。でもこれは夢だ。だってあいつがここに居るはずがない。あいつとあたしは離れた所で戦っていたはずだから。あいつがこんな激戦地にいるなんてまず有り得ない(てゆーか誰であれこんな所いたら確実に死ぬ)。

「オイ。目ェ開けろよ」
「…」
「オイコラ。起きてんだろ。目ェ開けろ」

 声があまりにも鮮明に聞こえるもんだから、確認の為にやっとの思いで目を開けると鈍い灰色した塊みたいなものが見える。なんだろう。雨雲かな。いや、それにしては地上に近すぎるか。

「死んだふりなんかしてんじゃねーぞこのクソ女。死んだふりっつーのはな、森の中で熊さんに出会っちまったときだけって決まってんだよ」
「……う、…」
「ちゃんと意識繋いどけ。このままじゃリアルに死ぬぞ」
「……ぎ、」
「あー、あんま喋んな。傷口痛むぞ」

 なんてことだ。目を開けたあたしの目の前にいたのは死んだ目をした銀髪だった。左の頭部が赤く染まっている。残念ながら今あたしの目の前にいるのは紛れもないあの銀時らしい。この気怠い口調、間違いない。ここから見た感じだとど、うやらあたしはこいつに覗き込まれているらしい。ちくしょう。なんか悔しいな。

「…なんで…、あんた、ここに…」
「…うるせーな。たまたま、通りかかっただけだ。そしたらお前が倒れてた。それだけだ」

 ぽたり、とまた水滴が落ちる。あぁ、この水滴は雨じゃなくてどうやら銀時のものらしい。左の頭部から流れる血があたしを覗き込む体制のため重力で落ちてきたのだろう。頭部から出血しているということは、けっこうな深手を負っているはすだ。なのに銀時はあたしを助けようと手を差し伸べる。あ、ばかだ。自分だってしんどいくせに、なんで他人なんかに構ってるんだ。

「ほら掴め。上半身起こすぐらいはできんだろ」
「……あたし…、もうすぐ、死ぬ…よ。…」
「うるせーよ。とにかく俺の腕掴め」
「……無理」

 だって身体を動かしたいのに動かせないんだもの。もうあたしにはそんな体力が残っていないんだ。それにこんな死に損ないのあたしを運んだりなんかしたら銀時だって死ぬかもしれない。今はまだこうして話しているけれど、人を一人運ぶには結構な体力を消耗する。だから、もう、いいよ。このまま眠りたい気分だ。それに憎たらしいけど、やっぱり銀時には死んでほしくないから。

「ふざけんな、…甘ったれてんじゃねェ。起きろよ」
「……」
「…俺の腕掴んで、起きてくれよ」

 銀時がさっきよりも近くに腕を差し出す。ただし差し出すだけで、あたしを掴もうとはしない。あくまであたし自身に掴ませる気だ。ちくしょー、なんか腹立つな。

「……ばか、…でしょ…、」
「くたばり損ないのオメーに言われたくねェよ」
「あんたも…、死…ぬよ…?」
「そんな簡単にやられるタマじゃねーよ。最後まで生き抜いて天寿まっとうしてやらァ」
「やっぱ…ばかだ…」
「生き抜いてなァ、幸せに死んでみせらァ」

 銀時の腕に手を伸ばした。するとあたしがその腕を掴むのと同時に、銀時が自分の腕に力を込めたのがわかった。ふわり、と一瞬身体が軽くなるのを感じる。

「生きよーじゃねーか」
「……」
「死んじまったら全部終わりだぜ」

 銀時がそう言った次の瞬間、あたしは銀時によって抱き起こされていた。あ、やればできんじゃんあたし。


死んで花実がなるものか



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死んでしまってはつまらないの意

20090604