現実を受け止められないとか、そんなんじゃないんだ。ちゃんと知っているし、理解しているし、諒解しているし、俺にしては珍しく甘受だってしている。
ただ時々、忘れてしまうだけなんだ。

「ねぇー阿伏兎ー」
「なんだよ。こっちは書類片さなきゃで忙しいんだよ」

 忙しいという割には、俺が話しかけると振り向く阿伏兎。机に向かっていたにも関わらずわざわざ振り向くあたり、馬鹿なのかと思う(優しさだって?あいにく俺はそんな感情を自分からも、ましてや他人からも感じた事はない)。

「金平糖食べたくない?」
「食べたかねェよ。あんなのただの糖分の塊だろうが」
「確かに阿伏兎が金平糖なんか食べてたら気持ち悪いね」
「(今軽く傷ついた…)…だからなんだ」
「俺は金平糖食べたいな」
「そーかいそーかい。じゃあ勝手に持ってきて食いな」
「でも今動くのもめんどくさいんだよねー」
「……だからなんだよ」
「阿伏兎持ってきてよー」
「あのなぁ。俺は書類整備で忙しいんだよ。食いたけりゃ自分で持ってこい、このすっとこどっこい」
「えー阿伏兎のけちー」
「なんとでも言いやがれ」

 そう言うこと阿伏兎は書類に向き合う格好になった。あーあ。金平糖食べたかったのに。でも阿伏兎が動かないなら仕方ない。今は諦めるか。そのかわりに書類整備が終わったら、憂さ晴らしに阿伏兎をボコってやろう。

「ねー阿伏兎ぉー」
「何だよ。うるせーな」
「今日の夕方辺りからさ、俺も出なくちゃいけない会議があるんだよね」
「そーかいそーかい。せいぜい頑張るこった」
「俺さぁ、会議とか堅っ苦しいの苦手なんだよねー」
「そーかいそーかい。頑張れよぅ」
「だからさ阿伏兎。今から幹部たちのとこに行って、俺が会議出なくても言いように言ってきてよ」
「そーかいそーかい…っておい。あんた俺の話聞いてたか?俺は今あんたの書類整備で忙しいんだよ」
「大丈夫だよ。今行けばすぐ終わるよ」
「そんな事言いに行ったら直ぐに俺の人生が終わる」
「ははっ、巧いこと言うねぇ」
「笑い事じゃねぇよ、ちゃらんぽらんが。出席するのが嫌なら自分で断りに行け」
「えーめんどくさい」
「じゃあ我慢するこったな」

 あーあ。使えないなぁ阿伏兎は。そうだ。もういっそのこと、幹部たちを一生黙らせてしまおうか。でも幹部の部屋まで行くのもめんどくさいと思って結局止めた。なんか、らしくもなく動くのもめんどくさく思えてきたし。…それにしても暇だなあ。なんか暇つぶしがないかなあ。

「ねー阿伏兎ぉー。暇だねー」
「あのなぁ…暇なのはあんただけだ。そんなに暇なら書類整備やれよ」
「やだ」
「ったく…。このすっとこどっこい」
「んー……。あ、そうだ。ねぇあいつは?話相手になってもらう」

 そうだ、すっかり忘れてた。暇ならあいつと一緒に過ごせばいい。何てことない会話をしたり、そうだ、殴り合いをするのもいいかもしれない。なんて有意義な暇つぶしだ。

「はぁ?何言ってんだ」
「なんだよその反応。あー早くあいつと話したい戦いたい」
「…どうした?あんたとうとう頭沸いちまったか?」
「何言ってるんだよ阿伏兎。あんまりうるさいと殺しちゃうぞ」
「そうそう。それだよ」
「ん?」
「あいつはこの間、あんたが殺っちまったじゃねーか」

 そう言い終えると阿伏兎はまた机に向き直った。
 ああそうだ。俺があいつを殺してしまったんだっけ。久しぶりにお遊びのつもりであいつと戦っていたときだ。あいつがいつの間にか強くなっていたもんだから、つい本気で頭を蹴飛ばしてしまったんだっけ。そしたらあいつの頭は吹っ飛んでしまって。
 そうか。忘れてた。あいつはもういないんだ。

 現実を受け入れていないわけじゃない。ただ忘れていただけなんだ。ただ、それだけのことだ。


亡い者ねだり


(すっかり忘れてた)

20090524