私の上司の、土方さんはひどいひとだ。

「おい、どうした。しけた顔しやがって」
「……いえ、大丈夫です。ちょっと考え事です」
「なんか悩みでもあんのか?」
「……悩みっていう程でもないのですけどね」
「へぇ?」
「聞いてもらえます?」
「なんだよ。話してみろ」
「土方さんについての悩みなんですけど」
「へぇ?俺絡みの話じゃあ聞くほかあるめぇよ」
「……あのですね…」
「おう」
「私、…ずっと土方さんに言いたいことがあるんです…」
「…何だよ」
「あのですね…、私、」
「…」
「…土方さんのマヨネーズに変わるお金が私のお給料になれば、犬のエサにならずに済みますし、お金の無駄にもならなくていいんじゃないかなー、と思って」
「……」
「ずっと前から土方さんに言おうと思ってたんですけど、なかなか切り出せなかったんですよね〜。土方さん。悩みを聞いてくださってありがとうございます。お陰様ですっきりしました!」
「……それが、お前の悩みか?」
「はい。やっと伝えられてよかったです。えへ」
「…切腹だコラァァァァァ!」
「きゃーっ」

 土方さんひどい人だ。仕事だけでなく生活面についても厳しいしすぐに怒鳴る上、二の次はすぐ“切腹!”というまぁなんとも武士らしく潔い言葉を吐く人なのである。しかも過度のマヨラーである。土方スペシャルという悪魔の食物なんて見ているだけで吐き気をもよおすのに、それを私たち隊士に進めてくるのだ。あんなコレステロールの塊を普通の地球人が食せるわけがないのに。
 土方さんは、非道い人だ。
ときどき理不尽に怒鳴り散らす。万事屋の旦那に対してむしゃくしゃする事があると、いつもは許してくれるであろうミスもこっぴどく説教される。確かに人間は完璧に自分の感情をコントロールする事など出来はしない。であるから例えどんなに優秀な人間であっても、どんなに他人から慕われるような人柄の人であっても理不尽に他人に当たり散らしてしまう事ぐらいはあるのだ。しかし土方さんの場合、上に立つ者という立場上の問題と、もともと感情の起伏が激しいという性質から私を始め部下の者にはどことなく目に余っているように見えてしまうのである。土方さんがそのような状態であるときは、特に山崎などはしょっちゅう怒鳴られているもんだら(もちろん仕事をサボってミントンしている場合も含まれるのだが)見ているこっちが不憫になってくる。だが、その“ときどき”を抜き取れば土方さんの言い分はいつも的を得ていて、いつも言い返せない。反論ができないのだ。なぜならそれはまさに正論というものに相違いないからである。
 土方さんは、酷い人だ。

「待てコラ!切腹だァァァァァ!」
「きゃーっ土方さん恐ーい」
「茶化してんじゃねぇぞテメェェェェ!」
「おーい。トシそこまでにしてやれってー」
「…近藤さん」
「あ、近藤さん!いいところに!土方さんにセクハラされているんです〜!助けてくださ〜い!うわ〜ん」
「てめェェェいい加減なこと言ってんじゃねェェェェ!」
「まぁまぁ、落ち着けって。ただの部下のかわいいお茶目じゃないか。まっ、許してやれって」
「近藤さんの言う通りですよ〜。ただの上下関係を円滑にするためのスキンシップじゃないですか〜」
「語尾延ばすの止めろ!気持ち悪ぃんだよテメェは!」
「まぁそう言うな。それにそんな口調で受話器越しに喋られたらたまったもんじゃねぇよ」
「あ?どういう事だ?」
「かわいい奥さんから電話だぞ〜。事務室のとこの電話が保留になってるから早く行ってこいよ」
「オイ、話す内容逆だろ。早く言えよ…」
「土方さ〜ん。そういっている間に事務室向かった方がよろしいんじゃないですか〜?」
「…テメーは後で覚えてろよ」
「え〜?何をですか〜?」
「………行ってくる」
「そうだぞトシ。早く行ってやれって」
「…おう」

 そう言って土方さんは少し急くように事務室の方へとかけて行った。そのなんてことのないわずかな動作なのに土方さんの背中がなんとなく嬉しそうに見えた。
 土方さんのいなくなったここには私と近藤さんの2人だけ。なんだかそれにものすごく寂しさを感じた自分に嫌気が差した。

「ははっ、珍しいなぁ。トシの奴、喜んでるのが丸分かりだよな」
「…、そうですね…」
「何だかんだで愛妻家だからなぁ。トシは」
「…ほんと、…そう、ですよね…」

 土方さんは酷い人だ。素敵な奥さまがいらっしゃるのに。あたしの気持ちを知ってか知らずか、あたしにもちゃんと優しく接してくれているのだから(奥さまに嫉妬してしまうくらいに)。


ひどいひと

20090730