※こちらの土方は『燃えよ剣』がベースな上に捏造もありますので、色々と自己責任でお願いします。








 俺がまだ青臭いガキで近藤さんにも出会えていない、そんな頃だった。
 荒れていた、のだと思う。ただがむしゃらに生きていてがむしゃらに女を抱いていた。周りの人間なんざ信用出来ねぇ。ずっとひとりで生きていた。そんな俺を村の奴らは猫と呼んでいた程だ。奴らの目には俺が得体の知れない隙のない奴と映っていたのだろう。それは強ち間違いではない。
 あの女に会ったのはそんな頃だった。

「あんたが界隈を賑わせてる女好きの猫?」

 どこの誰とも知らない女を抱いた後だった。その女は高貴な雰囲気を漂わせていて、村の娘共と違う身分の高い女なのだと思った。どうやら俺には高い身分の女に欲情するという性癖があるらしい。今回は高貴な身分だろうという理由だけてその女を抱いた。場所は社寺の境内。高貴な身分であろう女を勝手に抱く背徳心からか、どうしてもその場所がよかった。
 しかしそれは俺の思い過ごしで、女は村娘共となんらかわりの無いただの女だった。その事実に無性に腹立たしくなり、女をその場に残したまま境内を越えた。
 その声が聞こえたのは、境外にある石段に足を踏み入れた時だった。

「…。誰だお前」
「名乗るほどのものじゃあないわよ。ただ、あんな場所で房事だなんて常人じゃあないと思ってね」
「無粋だな。見てやがったのか」
「参詣に行ったら鉢合わせてしまっただけよ。生憎そんな無粋な趣味は持ち合わせていなくてね」

 声につられて振り向くと、石段の両側にある林の中で一際大きな松に寄りかかるようにして軽く腕を組んだ女がいた。側には白色の花を付けた榊の木が生えている。歳は20を少し超えたくらいか。村の娘にしては珍しい艶やかな髪に、かすかに細められた黒目が印象的だった。

「相手の娘、置いてけぼりなのね。可哀想に」
「うるせェ。お前にとやかく言われる筋合いはねェ」
「随分冷たいのねぇ。1度とは言え、寝た仲だってのに」
「余計なお世話だ」

 女の淡々とした物言いに忘れかけていた先程の腹立たしさが沸々と沸き返るのを感じた。すかしたような、まるで俺の全てを知っているかのような飄々とした態度。その妙に上から物を言うような態度が癪に障った。

「そんなんじゃ、愛なんていつになっても手に入らないわよ」
「あ?なに下らねェこと抜かしてんだ」
「あら、愛を下らないだなんて。人間が生きていく上では少なからず避けて通れない事なのに」

 女はまるで心外だとでも言うように眉を顰めた。しかしその瞳が少なからず嘲笑を孕んでいた様子が見てとれたため、憤っていない事は明らかだった。むしろ、俺の言動を既に承知していたかのような余裕さえ見てとれた。

「そんなもんいるかよ。第一、女を抱くときに湧き上がる興奮と欲情は少なからず愛だろうが。大抵、抱く時は相手に陶酔してんだからよ。それと愛と、何が違う」

 すると女は困ったように柳眉をを八の字にして盛大に溜め息を吐いた。所詮、大袈裟な演技だろうと女を睨みつけると、女はまるで幼子を諭すように柔らかな瞳で俺を見ていた。その視線に何故か居たたまれなくなり、睨みつけていた視線を微かに逸らす。

「そういうものは仮初めやおざなりと言うのよ。本物の愛は永遠だもの」
「なんだよ、その本物の愛って」

 女の話術によってどこかへ連れ去られてしまったのか。女に腹立たしさを感じていたにも関わらず、その時既に俺の煩わしさは消えていた。完全に女のペースに呑まれてしまっている。それを理解しているのにも関わらず、俺は女の話に耳を傾けあまつさえ掘り下げるように会話を進めている。何故か、俺はその状況を甘受していたのだ。

「そうねぇ…。それは人それぞれだけど、あたしが強いて言うなら相手にしあわせになってほしいって思うことかしら。例えそれに自分が関わっていなくても、ね」
「はっ、綺麗事だな。欲にまみれた人間に利他的な情があるとは思えねェ」
「あら、そんな事ないわ。何だかんだで、人の情に勝るものはないもの。例え、それが欲でもね」

 ふと女の柔らかな視線と俺の視線が重なった。身体が強ばるのと同時に、何故か俺は女に咎められ諭されているような錯覚を起こさせた。
 しかし強ばる身体と裏腹に、口だけは未だ弁舌をふるっていたのが不思議だった。

「不確かだろ」
「不確かだと言われているものだからこそ、それを感じることが出来ればその感覚は永遠なのよ」
「…解せねェな」
「ふふっ、今はそうかもしれないわ。けどね、」

 そこで女はわざとらしく言葉を切った。そして身体を預けついた松の木から離れ己の足で立ち上がる。そして再び俺を見据える。その顔は柔らかに瞳が細められ、口元は緩やかに弧を描いていた。始めて見る、穏やかな女の笑顔だった。

「本当の恋をしたら、あんたも判るようになるわ。きっと」

 そう言うと女は俺にくるりと背を向け、榊の木の向こうに側にゆっくりと下って行くように見えた。サクサクと草を踏みしめる音が遠ざかっていく。

「…、おいっ…」

 条件反射からか、俺はその細い背中を追い石段から林の中へ足を踏み入れた。しかし女の居た榊の木の元へ着いたときに既に女の姿はなかった。
 ふと視線を木の根元へと移した。そこで俺はあることに気付く。

「…、どういうことだ…?」

 女が背を向けた方向に目を凝らす。あの時は確かに草を踏みしめるサクサクという音がしたのだ。
 しかし女が向かったであろう先にずっと目を凝らしても、周りの草にはどこにも踏みしめられた跡を見つけることが出来なかった。







 ふと、瞬きをした。
 鼻や頭髪、刀を握る手のひらに冷たい滴が打ちつけられているのを感じる。雨とコンクリートの独特の臭いに混ざって煙と血の匂いがした。どうやらこんな雨の中でもは煙は消えないように出来ているらしい。水分と血液を含んだシャツが肌に貼り付く。じくりと痛んだ腕の中でチキ、と愛刀が唸る音がした。
 その間に、あの記憶が脳裏を掠める。今まで忘れていた、不思議で懐かしい過去の記憶。

“それは人それぞれだけど、あたしが強いて言うなら相手にしあわせになってほしいって思うことかしら。例えそれに自分が関わっていなくても、ね”

 俺を見下ろすあいつの婚約者を、霞んだ視界の中で捉えた。その間にも脳の中でリフレインする女の声。

“本当の恋をしたら、あんたも判るようになるわ。きっと”

「俺は、ただな…」

 悔しいが、あの女の言っていた通りだ。

「惚れた女にゃ、しあわせになってほしいだけだ」




愛について



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ミツバ篇のアニメの演出がだいすきです。要するに、一途で真摯な彼がだいすきだという事です。この男前。

20100127