「人が死ぬまでに打つ心拍数は20億回なんだって」
「Oh!そりゃまた興味深い話だな。そういう話はすきだぜ?」
「しかも人間だけじゃなくて、ネズミも鯨も哺乳類はみーんな死ぬまでに20億回の脈を打つんだって」
「Ha!いくらhumanismを豪語したところで所詮畜生となんら変わらねぇって事だな」

 若干自嘲するように、そして呆れたように喉でくつくつと笑っているにも関わらず、そんな政宗は少しだけ楽しそうにも見える。新たな知識を知ることが出来て機嫌がよいのだろうか。
 政宗は雑学好き故にひどく博識だ。近代精密化学の祖、かの有名なニュートンが実験に夢中になるあまり卵と間違って時計を茹ででしまい、卵の殻を剥くように時計を剥こうと必死になっただとか、桃太郎の冒頭は実は2つのパターンがあるとか、政宗は私の知らない事をたくさん知っている。
 しかしだからといって政宗の知らない事と私の知らない事が一致している訳ではなく、私の拙い脳みそに鎮座している知識が彼を喜ばせる事もあるのだ。そして今回の件もまた然り。

「もしお前の話の通り寿命が20億回の心拍数に限られてるなら、俺は早死にするかもしれねぇな」
「何よ、縁起でもない」
「俺はいつもお前のこと考えてるからな。それに比例して自然に心拍は上がっから、20億なんてすぐ越えちまうぜ」
「……よくそんな恥ずかしい事言えるよね…」

 少しだけ口角を上げてニィっと笑う政宗はひどく楽しそうだ。それを見て急速に顔が火照るのを感じて思わず下を向く。しかし次の瞬間には優しい手であたしの頭を撫でながら顔を覗き込んでくるのだから、あたしはどうしょうもないのだ。

「お前はほんとかわいいなぁ…。Your cheeks flamed up.」
「…誰のせいだと思ってんのよ」
「Oh〜…そんな顔で睨むなよ。昨日の夜のこと思い出しちまうだろ?」
「なっ、何言ってんのっばか!」
「あのなぁ、火照った顔で上目遣っつたら昨日俺の下で喘いでるのと同じ、」
「ちょっ言わないでっ!」

 幸村くんじゃあないが白昼堂々破廉恥な、しかも自分の醜態を耳にするのは抵抗がある訳で。そのいかがわしいであろう二の句を阻止するために、あたしは必死になって政宗の口元を自分の手で覆う。
 しかし安心したのも束の間。流石に手で口元を覆われた瞬間は驚いたようだが、すぐに政宗の金色の瞳が意地悪く細められる。先ほどと同じようにひどく楽しそうだ、と思った瞬間だった。

「ひっ、」

 べろりと中指と人差し指の間の付け根を舐められた。その直後に感じる政宗の唇の感触。反射的に手を引こうとしたが、いつの間にか政宗の指があたしの手を包み込むように絡ませているため抜くことが出来ない。

「ちょっ、政宗っ…やめ…」

 目を瞑ったまま指を堪能する政宗はあたしの制止に聞く耳を持たずその行為を止めようとしない。ちゅ、という音と指の隙間から見える政宗の赤い舌。時折皮膚に当たる歯の感触に思わず声が漏れる。ちゅぷという大きめのリップノイズが耳から入り脳を溶かしていくような気さえしてくる。そんな脳とは裏腹に呼吸は乱れ心臓はひどく活性化するものだから困ったものだ。
 そしてふと政宗の目許に視線を移すと、たまたま瞼を開いたのか互いの視線が絡まった。ニヤリと楽しそうに笑う金色の瞳。

「…さっき、人間は死ぬまでに脈を20億回打つって言ってたな」

 ふと政宗が手のひらに唇が触れたまま喋り出す。言葉を漏らすのと同時に開閉する唇の感触がなんともくすぐったい。

「お前に揺さぶられっぱなしで、俺の心拍数はすぐに20億回目を打ち終わる」

 政宗はゆっくりとあたしの腰に両手を回し自らの腕の中に囲む。それと同時に自分の方に引き寄せて額同士をくっつける。視界いっぱいに広がる満月のような金色の瞳はひどく綺麗で真っ直ぐだ。

「俺が早死にしたら、お前のせいだぜ」

 そう言ってあたしの頬に手を添えると、政宗の唇があたしのそれにゆっくりと重なった。手のひらの皮膚で感じるのとはまた違う柔らかで優しい感触。
 そんな訳で「じゃああたしが早死にしたら政宗のせいだからね」という反論は、あたしの唇から零れることなくそのまま嚥下された。まぁ、意地悪な政宗の事だ。それを狙って故意に唇を重ねたのだろうけど。
 でも、もしもその言葉があたしの口から零れたとしたら、政宗は「それは困るな」と言いつつ、きっと嬉しそうに笑うのだろう。


息ができない
ほどの
愛の言葉




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因みにウィキ先生によると、約3800÷1分辺りの心拍数で自然死の寿命を求めることは可能らしいのですが、ヒトにはあまり当てはまらないらしいです。

20100410