地球で一目惚れした宇宙の天体図鑑を部屋で眺めている時だった。部屋の主の了承も無しにあたしのベッドでくつろいでいる神威を見てふと思った事を口にする。 「神威はさぁ、闘って闘って宇宙で一番強くなって海賊王にもなったら、その後はどうすんの?」 「そうだなぁ。とりあえず殺した奴らの頭蓋で酒でも飲もうかな」 「どこの魔王だよ」 ベッドの上であははと笑いながら神威はそんな事考えたこともなかったよと呟いた。私もそれに同感する。確かに彼はたくさんの人を殺すし、星を潰すくらいの力を持っているわけだが、その全てが個人的な何かの野望の為に成されている訳ではないという事を私は知っている。彼はただ自身の欲望と彼の上司の野望とがたまたま自分たちの利害の一致になっているだけで、それ以上の出来事もそれ以下の出来事も望んでいないのだ。 要するに、神威はただ夜兎の血を潤せる環境が、つまり殺しの出来る環境があればそれで構わないという訳だ。 「確かに俺が宇宙一強くなったら殴り合いをする奴もいないって事だよね」 「しかも弱い奴らは神威と誰かさんとの戦いの影響でもう生きてないかもしれないしね」 「あぁ、そうだね。そうなったらその気がなくても星ひとつ潰しちゃうかもね」 「冗談っぽい台詞が冗談に聞こえないところが神威だよネ」 それは褒め言葉だよと笑いながら話す神威を見て思わず苦笑してしまう。すると今までニコニコと笑っていた神威がふと珍しく真面目そうな顔をしてあたしの方を見た。「どうしたの」と口には出さず目で尋ねると、神威は「思いついた!」と言わんばかりの勢いでいきなりベットから起き上がった。その目は幾分楽しそうに輝いているようにも見える。 「宇宙一強くなったら月に行くよ」 「…はぁ?」 「頭悪いなぁ。だから、月で生きるってことだよ」 その発言から察するに、どうやら神威はあたしの天体図鑑に影響を受けたらしい。ちょうど図鑑の表紙は金色の満月だからそう考えて間違いないだろう。しかしそこで自己完結してしまうのもつまらなかったので、神威なりの理由を聞かせてもらう事する。 「どうして月なの?」 「前にあんたが言ってたじゃないか。地球では月に兎がいるって言うんだって」 そう言えば以前地球でこの天体図鑑を買ったときに店の店主からそんな事を聞いたなぁ、なんて事がぼんやりと脳裏を掠める。確かにその後に神威にもそれらしき話をしたかもしれない。しかし神威があたしにとっても忘れかけていた出来事を覚えていたという事が一番意外な事だった。 「月に兎がいるなら、月に夜兎がいたっておかしくないよ」 「まぁ…そだね」 「じゃあ俺が宇宙一強くなったら、次は月で暮らす事に決めたよ」 「そっか、がんばれ」 「なに言ってんの?あんたも一緒に住むんだよ」 「へっ?」 神威のかわいい月面移住計画をさらりと流そうとしたら、さらりとすごい事を言われてしまった。お陰で思わずいつもよりもたくさん瞬きをしている自分がここにいる。 「……あたしも行くの?」 「当たり前じゃないか。ひとりじゃつまらないからね」 「まじでか」 「だからせいぜい死なないように頑張ってね」 そう言うと神威は将来の夢が決まったからか、機嫌が良さそうにベットに横になりごろごろし始めた。かく言うあたしはいきなりの月面移住計画に驚きつつ、どことなく緩んでいる口元に気付いてそこを手で覆った。無謀なんじゃと思う反面、それを楽しみにしている自分がいるのは紛れもない事実である。 もしかしたら遠くない未来、神威の隣であたしもある地球人と同じように月から地球を眺め「地球は青かった」と呟いているのかもしれない。 月面着陸 20100323 |