誰そ彼は誰時



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やわらかなオレンジ色の髪がふわり、揺れる。どこかで見たことがあるような、ないような、この色はすこし眩しい。

彼のことは知っていた。迅くんと仲が良いひと。わたしにとっては先輩で、迅くんにとっては同期。優しげな雰囲気を出しておきながらあのひとの相棒だというのだから、もしかするととても個性的な方なのかもしれない。そんなとりとめのないことを考える。
「御花ちゃん。最近よく会うね」
 片手をあげ、きゅっと目を細めてわらった神原さんにおじぎをひとつ。
「こんにちは」
 挨拶は礼儀である。いまとなっては誰にも信じてもらえなくたって、わたしは誰かを不快にさせたいわけではないから。不快にさせないよう、出来ることからひとつずつ。
 挨拶を忘れない。言葉は丁寧に。笑顔を絶やさずに。そんなことでわたしのやってきたことが償えるとは思わない。けれど。始めてみたら意外と苦ではなかったのだ。
 だから、わたしは挨拶を忘れない。
「こんにちは。迅とは一緒じゃないんだ」
 丁寧に返事をくれる神原さんはいつだって笑っている。そう、このひとはいつだって笑っていた。ひとをなごませるように、にこにこと。
「迅くんは──、」
 言葉を一度切り、宙を見上げる。どこだろう。あのひとはときどき、変なところで佇んでいるから。ここといった憶測がつけられないのが難点だ。わたし以外の人間に言わせると、憶測もなにも視えることこそがありえないのだけれど。
 そんなことを考えていると、見知ったシルエットひとつ。みつけた。思ったより普通のところにいたから逆に驚いてしまった。
「いました。街の中を歩いているみたいです!」
 用事ですか?そう問うと、神原さんは苦笑した。反応を顧みるにちがうらしい。迅くんに用事かと思ったのに。だって、わたしを呼び止めたから。
「わざわざサイドエフェクト使わなくたってよかったのに。ごめんね、疲れたでしょ?」
「いいえ!御花がやったことです」
 疲れただなんて。そんなことない。ごめんねだなんて、そんなこと。この能力を使用して罵倒されることこそあれど、謝られることなんてほとんどなかった。だから、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。わたしなんて、気をつかわれるような存在ではないのに。もっと冷たくあたられたって仕方ない。だってわたしははずれに分類される人間だ。
 あらためて考えると、カースト制度を用いることを決めた過去の人間たちの判断は合理的に見るととても正しかったのだと言わざるを得ない。私情は別として。こうして上手いこと成り立つのだから。
 それでもボーダーに入ってからはずいぶんと息ができるようになった。昔に比べると、それはもうずっと。
 わたしの能力を利用するつもりなのだとしても。すでにされているのだとしても。ここにいる限り、決して能力そのものの否定はされないから。肯定なんて求められる立場ではない。そんなわたしにとっては否定されないいまの環境ですら過ぎたるものなのかもしれない。
 彼の存在を筆頭に。
 わたしには、過ぎたるものが多すぎる。

 能力──サイドエフェクトといえば。このひとも持っているのだ。本部にとって切り札といえるおおきなちからを。
「神原さんは、御花の情報をお持ちですね?」
 確認の意味を込めて問うと、彼はゆるく首をかしげた。いまさら、と思われただろうか。我ながらそう思う。
「そうだね。例えば御花ちゃんの好きな食べ物は」
「言わなくて大丈夫です! 御花は知っています」
 当然ながら、わたしがこのひとに好きな食べ物を教えたことはない。聞かれたこともない。問う必要が、教える必要がないから。
 神原さんの持つ情報可視化というサイドエフェクトは、人間の見えない部分を見るちからと言える。見える部分を見るわたしと正反対にしてとても近しいちから。
 だから。だから、わたしと彼は異なる支部を拠点にしていながら巡り会うことが多いのかもしれない。
 わたしと同じ種類だとまとめられてしまうのは、このひとに申し訳が立たなくて言えないけれど。考えることすらおこがましいのだ、本来なら。本部に貢献している神原さんとちがって、好き勝手ふるまうわたしは問題児。それでも嫌われることには慣れていた。慣れてしまっていたから、いまだって上手に従うことが出来ていない。このひとみたいに誰かに慕われるような人間になれない。
「ふふ」
 神原さんが笑う。……あれ?
 目を細めて笑うこのひとは、サイドエフェクトを発動させるとき瞳が赤くなる。その瞬間は髪の色とあいまって、太陽のようだと思うのだ。赤と、オレンジ。照らすひかりは眩しくて、容赦なく焦がしにかかる。燃えさかるように熱い、陽の光。
 ──それなのに。
 ぱちり、瞬いた。
「あなたは……」
「うん?」
 笑い方は、笑顔は。あてはめるなら太陽というよりも月だった。まあるい月。まんまるお月様。だから熱くない。痛くない。焦がされることもない。眩しいのに、眩まない。燃やされない。
 不思議なひとだとおもう。太陽であり、月でもある。両立なんて出来っこないのに。そんなことをしたら月食のように、あるいは日食のように色をなくして消えてしまうというのに。消えていないのだ、このひとは。
 変わったひとだなあ、と思う。けれど迅くんと仲が良いことを考えると納得出来る気もする。なんともむずかしいところだ。
「……あなたをみても、目が、痛くありません。不思議だと思います」
「目? ふふ、そっか。それはよかった」
 目が痛むのはいやだよねえ、と彼は軽い調子でいう。目が使えないわたしは普通の人間になれるだろうか。なんて、きっとそうしたら生きていけないのは知っていた。
 この身体は、サイドエフェクトとともに生きるよう作られているから。

 迅くんのお気に入り──たとえばそう、三雲修さんはきらきら、ぎらぎら、輝きすぎて目がくらむ。痛みとともに眺めるのはすこしつらい。だから、痛まないのはうれしかった。くるしくない。
 どんなに眺めても痛まないひとを、わたしはもうひとり、知っている。
 ふたりは、とても仲が良い。




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