相互のmiaさんより素敵なお話をいただきました!柚李さんの鳴海隊の皆様と、Dandelion夢主中津みのりが登場しています!





 8月最後の金曜日。暦の上では夏ももう終わりとはいえ残暑は厳しい。けれど照りつける太陽にじんわりと汗ばむ肌も、じりじりと音を立てそうなアスファルトから立ち上る熱気も気にならないくらいに私の心は高揚していた。つい数週間前に一目惚れして買ったお気に入りのサンダルのヒールが軽やかに地面を蹴っては私の体をどんどん前へと進めてゆく。
 事の発端は一週間前、みのりちゃんと2人で遊びに行った隣の市の夏祭りだ。地図を見ても目的地になかなかたどり着けないという特技を持った私と、同じような特技を持ったみのりちゃんの組み合わせというのが大いに太刀川の不安を煽ったらしい。他の人より方向感覚に疎い自覚はちゃんとある私たちが、迷う時間も視野に入れて花火の終わりを待たずに帰路につこうとした時、目の前に現れたのが太刀川たちに頼まれて迎えに来てくれたという鳴海さんだった。(荒船くんからも鳴海さんにお願いしていたようだけれど、彼に関してはみのりちゃんに変な男が寄ってこないかを心配してだと私は見ている)
 『お嬢さんたち、乗ってかない?』かけていたサングラスをずらして笑う鳴海さんは千世ちゃんの熱血指導のおかげもあってかかなりキマっていて、ちょっとドキリとしてしまったのは内緒である。ちなみにその後の車内で、純粋にそれを格好いいと思ったみのりちゃんによる真剣な”さっきの鳴海さんの真似大会”が始まり、私がそのカメラマンになるという謎の展開をみせたことは追記しておこうと思う。

『" お嬢さんたち、乗ってかない? "…ちがうなあ、鳴海さんはもっとカッコよかったもん』
『首の角度じゃない?あ、そうそう、それ!いい!』
『"お嬢さんたち、乗ってかない? "』
『みのりちゃんカメラ目線お願いしまーす!』
『ねえ何やってるのお嬢さんたち?』
『だって、さっきの鳴海さん本当にカッコよくて!ねえ玲さん』
『うん、素敵だった』

 みのりちゃんのきらきらした眼に鏡越しに見つめられた鳴海さんが珍しく耳の端を赤らめながら『純粋さに刺される………』と呟いたので、とうとう私はこらえきれなくなって笑ってしまった。面白くて、というのもあるけれど、そうして3人でわいわい騒ぐ時間がとても楽しくて幸せで。どうにも溢れて止まらない私の笑いにつられた鳴海さんも運転しながら笑い始め、そんな私たちの様子をきょとんと眺めていたみのりちゃんもすぐに満面の笑顔になった。笑い声で包まれた車内を思い出しては歩く私の口許もゆるむ。口笛でも吹いてしまいそうだ。

 あの日を思い出しながら歩いていると、肝心の" 事の発端 "まで記憶をたどる前に今日の待ち合わせ場所に着いてしまった。腕時計に目をやれば11時30分になるかならないかというところ。30分に集合の約束をしているからかなりギリギリだ。駅から近いし何度も行ったことがあるから、まさか迷わないだろうと思った今朝の自分を今更恨んだところでどうしようもない。情けないことに、これでももしかしたらと考えて一応早めには出てきているのだ。待ち合わせ場所は三門市にひとつだけあるショッピングセンターの前、としか決まっていない。急いで辺りに視線を走らせれば、聞き慣れた可愛い声が耳に飛び込んできたのでそちらに視線をやって   おや、と目を瞬いた。

「すみません、人を待ってるので」
「え、なんだ4人なの?じゃ、じゃあオレらもあと2人呼ぶからさ〜」
「結・構・で・す!」
「つれないな〜、いいじゃん!ねえねえ君はどう?」
「へ?あ、わたしもですか!?」

 少しだけここから離れたところに今日の待ち合わせ相手の女の子たちの姿があった。彼女たちがどれくらい前にここに着いていたのかは分からないけれど、待っている場所の連絡がなかったのはこの男の人たちに絡まれていたからかもしれない。こんな商業施設の前でナンパする人なんてあまり見たことがないけれど、この2人だってナンパするつもりで来たわけではなかったんじゃないだろうか。ちょっと遊びに来たところでものすごくタイプの女の子を見つけてしまって思わず声をかけちゃった、みたいな。うん、この3人が揃っていたら思わず声をかけたくなっちゃう気持ちはとっても分かる。かわいいもん。
 様子を見ながらそんなことを考えていたら、沙音ちゃんが後ろ手にトリガーを握りしめていることに気づいた。沙音ちゃん沙音ちゃん、いくらしつこくっても一般人に実力行使はあまりよろしくないと思うよ。隣にいる千世ちゃんが止めるかと思いきや、気付いていないのか千世ちゃんもこの人たちにうんざりしていて実力行使に賛成なのか、はたまた騒ぎが起きるのもちょっと楽しそうだと思っているのか、止める気配はなさそうだ。みのりちゃんはと言えばナンパをされているのは自分以外の2人だけだと思っていたらしく、声をかけられて混乱している。うん、多分今みのりちゃんに声をかけてる人はみのりちゃん狙いだと思うけど。

「ごめんね、お待たせ」

 とりあえず声をかければ一斉に5対の瞳がこちらを見た。3人が明らかに安堵した様子でこっちに駆け寄ってこようとしたところで、はっとした様子の男の人が一番近くにいたみのりちゃんの腕を掴む。

「ちょっと待って、お友達も来たことだしオレらと遊びに行こうよ、ね?」

 どうやら3人のことを諦める気はさらさら無いらしい。とりあえず何も言わずに、じいっと正面から2人の男の人を見据えてみる。怒気は含んではいないけれど”見つめる”というよりは強い視線で。割とこれだけで引き下がってくれるパターンもあるので今回もそうだといいなあと淡い期待を抱きながらだ。う、と言葉を詰まらせた男の人は思わずという感じでみのりちゃんの腕を掴んでいた手を離したものの、引き下がる様子はない。さてどうしようかと一瞬逡巡する。一瞬だけだった。こういう時は適当に場をかき混ぜて逃げるに限る。

「………私の妹たちに何か用?」
「は?」
「妹?」
「キミたち見たところ妹たちと同じくらいの年齢でしょう?私より一回りくらい下なのよねえ」

 言外に" だからキミたちと遊ぶ気は全く無い "と含ませて言えば、2人の男の人は困惑を隠しきれずに私を見た。うん、たぶん本当は同い年くらいだね。顔を見たことは無いから違う大学ではあるだろうけれど。

「お、お姉さん…?ちなみにどの子の、」
「?3人ともよ?」
「3人とも!?」

 ぽかんとする男の人たちの向こう側で、みのりちゃん達3人もぽかんとしている。   かと思いきや、いち早く復活した千世ちゃんが瞳をきらりと輝かせて「お姉ちゃん、もうそんな人たちいいから行こうよー」と援護射撃してくれた。あんまりにも奇抜な設定すぎて目の前の男の人2人も信じてはいないだろう。別に信じ込ませたいわけではないからこれでいい。会話のペースをこっちが掴んで、この場を軽くかき乱せればそれでいいのだ。
 2人の男の人が多少混乱しながらも騙されないとでも言いたげに小さく笑う。けれど対する私だって、伊達にボーダーで幾多の死線を潜り抜け、駆け引きを重ねてきたわけではない。余裕の構えを全く崩さずに不思議そうに、" なんでそんな目でこっちを見るのかさっぱりわかりません "とばかりににっこりと微笑んで見せれば、2人は目をぱちくりさせて言葉を失った。もしかしたら本当なのかも、と少しは思ったに違いない。その隙をついて悠々と彼らの脇を通り過ぎ、3人の元へ。近くで見ると沙音ちゃんとみのりちゃんが小刻みに震えている。ダメよ、ここで笑ったら台無しだからね。

「今日は初めて会う生き別れの腹違いの妹たちとの感動の初デートなの。だから相手役は譲れないわ。ごめんね?」
 
 首だけで男の人たちをふり返りながら、震える沙音ちゃんとみのりちゃんの背中をぽん、と押す。千世ちゃんはさすがと言うべきか、楽しそうに笑って私の隣に並ぶと男の人たちにひらひらと手まで振っている。ぽかんとする彼らを残して早足にショッピングモールの中へ入る。自動扉が後ろで閉まった瞬間、「………" 初めて会う、生き別れの、腹違いの妹 "?」と自分の言葉ながらわけが分からなくて首を捻りながらぽつりと零せば、とうとう耐え切れなくなったらしい2人がぶはっと噴き出した。

「ふはっ、玲さ、ん…!なんですかそれ…っ」
「え?ふふ、とりあえず何か適当なこと言って誤魔化そうかなって思って」
「て、適当すぎますよ…あは、一回り年上っていうのもちょっと無理があるし」
「" 私の娘たち "って言おうか一瞬迷ったのよ?」
「あはは、絶対無理ですよう!わたしたぶん笑っちゃう!」
「私はやってみたかったけどな〜、玲さんの子供役」

 一つしか歳の違わないはずの千世ちゃんが楽し気にそう言うので私まで笑ってしまった。じゃあ今度助けに入るときはお母さんになってみようかな。こんな可愛い子供たちならそれもいいかもしれない。相手に信じさせる自信は…うん、あまり無いけど。そんなことを考えているのを察したのか、「やめてくださいね、私も絶対笑っちゃうから」と沙音ちゃんからツッコミが入る。ただし語尾には思いっきり笑いが滲んでいるので、いつも鳴海さんにするような鋭さはなかった。

「そもそも、さっきの人たち妹っていうのも信じてなかったじゃないですか」
「いやいや最後の方はちょっと信じそうになってたよ?千世ちゃんからの援護もあったし」
「楽しかったですね〜」
「あっ!わたしもどさくさに紛れて玲さんのことお姉ちゃんって呼びたかった…!不覚!」

 みのりちゃんが本当に残念そうに言ってくれるのを聞いて嬉しくなってしまう。歳の離れた兄とは仲が良くて何の不満もないけれど、他に兄弟がいたらどんな風だっただろうなんて考えてしまうのは誰にでもあることだと思う。私は" 妹もいたら楽しかっただろうな "、なんて思うことが多かったので、さっき千世ちゃんに" お姉ちゃん "と呼ばれた時実はこっそり喜んでいたのだった。

「じゃあ今日1日、私が3人のお姉ちゃんってことで」
「へ、」
「ね?」

 ちょっぴり期待を込めて笑いながらみのりちゃんを見つめてみると、彼女は「おねえちゃん…!」と呟いて頬を赤く染め上げた。千世ちゃんも沙音ちゃんも嬉しそうに目を輝かせてくれる。ああ、私の妹たちがこんなにも可愛い!全世界に叫びたい気持ちをぐっとこらえる。

「さあて妹たち、とりあえずまず目的のお店に向かいましょうか」

 何となくお姉さんぶって歩き出せば、「お姉ちゃん、浴衣が置いてあるお店は反対方向だよ」としっかり者の妹から軽やかにツッコミが飛んできたので、曖昧に微笑みながらくるりと方向転換。3人の笑い声に迎えられる。   まったく、どっちがお姉さんだか分かったものじゃない。

 なんだかいろいろあったけれど、今日の目的はさっき沙音ちゃんからツッコミが入った通り" 浴衣 "だった。
 8月最後の土曜日には、三門市で一番大きな花火大会が毎年開催される。先週の夏祭りの帰り道、じゃあその花火大会に3人で行こうという話になり、そして先日行われたボーダー内シフト決めじゃんけん大会で3人とも明日の休みをもぎ取ることに成功した。お祭りに行きたい隊員はわりと多く、シフトの人員が足りない場合この日の夕方と夜の防衛任務に入る人は隊など関係なくじゃんけんで毎年決まるのだった。ちなみに今年、太刀川と荒船くんはじゃんけんに負けてしまったために夕方の防衛任務シフトに組み込まれていた。夜の人と交代だろうから花火の最後の方には間に合うかもしれないけれど不運だ。

 閑話休題、話を戻そう。じゃんけんに辛うじて勝って安堵のため息をついた私はふと先週の車内でのことを思い出していた。『お祭りかあ、おれ浴衣持ってたかな…たぶん無いかも。普段着でいいかな?』。あの日迎えに来てもらったこともそうだし、それ以外にもいつも本当にお世話になっているから何かお返しできないかな、と思っていた矢先のこの鳴海さんの言葉。絶対に浴衣が似合うだろう鳴海さんにぜひとも着てほしいという気持ちも相まって、浴衣をプレゼントしようと思い立った。けれど浴衣というのは物にもよるが安い買い物ではない。A級隊員として固定給をきちんともらっている私には気にならないくらいの額ではあるのだけれど、突然後輩からプレゼントされても戸惑うだろう。特に鳴海さんはきっと。じゃあどうしたら心置きなく受け取ってくれるか、なんて考えるまでもなくすぐに浮かんだ。同志を募ってみんなでお金を出し合って贈ればいいのだ。それも出来れば後輩たちで。
 それから先は早かった。同じく鳴海さんへ浴衣を贈りたいと思っていたみのりちゃんと意気投合し、鳴海さんと言えば鳴海隊の2人だろうと沙音ちゃんと千世ちゃんに話してみれば、すぐに一番似合う浴衣をみんなで選びに行こうという話になり。そうしてギリギリだけれど4人の予定を合わせて、お祭り前日のこの金曜日に買いに行こうと決まったのだった。

 「明日、2人はお祭り行かないの?」着物屋さんを目指しつつ途中のお店もたまにひやかしながら歩いている途中、ふと気になって沙音ちゃんに尋ねる。「あ、私と千世と准は悠一に誘われてて」という言葉が返ってきて思い出した。そう言えば毎年花火大会の花火は玉狛支部で見るのだと小南ちゃんと迅くんから昔聞いたことがある気がする。

「玉狛支部の屋上って花火大会の花火ばーっちり見えるんですよね!いいな〜」
「そうそう。誘われたからまあ行ってみようかなって。ね?」
「うん。一応私たちは浴衣で行ってお祭りの気分だけは味わおうか、って話になってて」
「へー!それも楽しそうですね!」
「ん、それってもしかして鳴海さんも誘われてるんじゃ…?」
「??ううん、隆智さんは誘ってないですよ?玲さんたちと約束してるのも知ってたし」

 今回は鳴海隊へ、というよりは、迅くん個人から沙音ちゃんと千世ちゃんへのお誘いらしい。でも2人が来て鳴海さんが来なかったら小南ちゃんは少しだけがっかりするかもしれない。もし時間があればちょっとでもこっちに来てみないか誘ってみよう、と頭にインプットして1人頷く。そんな私を不思議なものでも見るように見ながら歩いていた沙音ちゃんがはっと何かに気づいて顔を上げた。「ここだ」

 声に促されるように顔を上げれば確かに着物屋さんの目の前まで到着していた。明日花火大会があるからか可愛い浴衣が店内に所狭しと並んでいる。当たり前だけれど奥の方にお着物もあるようで、全体の3分の2くらいが女物だ。色とりどりの和服を見た3人がはあっと恍惚のため息をついた。
 そんな3人を横目に微笑ましく見ながら、私はといえば入口の近くにディスプレイされている男物の浴衣に何故だか目を奪われていた。仕立て上がりのものだけれど、一目で上質だとわかる黒のしなやかな生地。柄などは無いとてもシンプルな、でも作りの良い品。思わず片手を口に当てる。瞬間、脳裏に浮かんだ漆黒に大輪の花が咲く。それに照らされて微笑む鳴海さんは浴衣を身にまとっている。夜空に溶け込まない、それどころかくっきりと際立つ美しいこの黒を。   ああ、絶対に似合う。

「玲さん、何見て…あ、」
「え、なになに?…おお」
「何かあったんですかー?…ほああ」

 ぼーっとその光景を想像していると、私が何かに目を奪われていることに気づいた千世ちゃんが私の視線を追って一時停止した。それを見ていた沙音ちゃんとみのりちゃんも同様にして、それからきらきらと目を輝かせる。「…ねえ、」少しして私がぽつりと声をかければ、4人の視線が同時に集まった。


「「「「 これだ(です)ね 」」」」


 こくり、と頷く動作まで一緒。満場一致だった。

「でも結構いい値段しそうな…やっぱり」
「え、どれくらい?…ああ、買えなくはなさそうだけど…」

 いち早く値段を確認しに行ってくれたしっかり者の鳴海隊の2人に続いて後ろから値札を覗き込んでみる。確かに事前にみんなで決めていた予算より少し多いくらいの額だから買えないことはない。ただ少なくとも帯も買わないと着てもらうことが出来ないので今日は浴衣と帯をセットで買うつもりで来ているのだ。そのことを考えているのだろう沙音ちゃんに「どうします?」と尋ねられた私が何かを返すより早く、隣からふっふっふ、というみのりちゃんの笑い声が聞こえてきた。

「え、みのりちゃんどうしたの?」
「えへへ、これを見てください!じゃーん!」
「?封筒?」
「荒船に今日のこと話したら、" こないだ世話になったから俺も出す "って言うので!わたしが預かってきました〜」
「おお、荒船君さすが!」
「いい旦那さんになるよね絶対」

 千世ちゃんのその言葉に目を白黒させたり顔を青くしたり赤くしたりと忙しくしていたみのりちゃんは、やがて「そりゃあもう、荒船は頼れる隊長さまですから」と少し切なさを含んだ声で言って笑った。きっと荒船くんがいつか誰かの旦那さんになるところを想像したのだろう。そしてその相手が自分という選択肢は今のみのりちゃんの中には無いのだ。もどかしい。けれど余計なことを言わないように、とりあえず黙って彼女の頭を撫でておいた。
 なぜ急に頭を撫で始めたのかよく分からないという顔をする3人を誤魔化すように、「この流れだととっても言い出しにくいんだけど、私も太刀川から預かってきたのよね」と鞄に入っていた封筒を出せば、それを見た3人は顔を見合わせる。実は今日のことを話したら、太刀川も荒船くんと同じことを言って私にお金を預けてくれたのだ。

「おお〜、太刀川さんさすが?」
「いい旦那さんに…なる…かな?」
「た、太刀川さんも頼れる隊長様ですから?」
「みんな疑問符つけすぎ」

 一瞬の沈黙のあと4人して噴き出した。今日もA級1位サマはみんなに愛されているようで何よりである。ともあれ、これで値段の心配はしなくて良さそうだ。
 一応帯を探すのと一緒に他にいい浴衣が無いかどうかも見て回ったけれど、最初に見た黒の浴衣以上のものは見つからなかった。4人で厳選した結果灰色の縞の角帯を合わせて選び出し、ディスプレイしてある浴衣と一緒に購入して、それから沙音ちゃんに鳴海さんと連絡をとってもらう。すると今本部で個人ランク戦をしているということだったので、終わったら鳴海隊の作戦室へ来てもらうようにお願いして、私たちもこのまま本部へ向かうことになった。

「どんな顔するかな、隆智さん」
「きっと喜んでくれますよね!はー、この浴衣着た鳴海さん見るのすっごく楽しみ」
「隆智さん照れそうだよねー。ねえ、みんなで写真撮ろうね」

 浴衣と帯の入った袋を持ち楽しそうに話しながらお店を後にする3人に続こうとして、何かが視界の端にちらりと映った。あれは。思わず足を止める。

「?玲さん?どうしたんですか?」
「んー、ちょっと落し物しちゃったみたい」

 みのりちゃんに気付かれ声をかけられる前に、咄嗟につけていたピアスを片方外してポケットの中へしまいこんだ。髪を耳にかけ空いた片耳を見せれば、彼女は大きな目を瞬いた後、「えええ大変!みんなで探しましょう!」と慌ててくれる。

「ううん、この店の中だと思うしすぐ見つかるだろうから、みんな先に行っててくれる?」
「玲さんがそう言うなら………」
「あ、私帰る前に途中にあったアイスクリーム屋さん行きたいな」
「わたしも行きたい!じゃあ、わたしたち先にアイス食べて待ってますね」
「ごめんね、すぐに追いつくから」

 特に疑うこともなく私の話を信じてくれた3人にちょっぴり罪悪感を感じながらも演技続行。アイスクリームの話を持ち出してくれたのは、本当に食べたかったのが半分、私が急がなくてもいいようにという心遣いが半分だろう。なるべく早く用事を済ませて合流しようと心に決めたところで、「お姉ちゃん、迷わずにお店までたどり着けるの?」という言葉と一緒にいたずらな笑顔が千世ちゃんから向けられたので、思わず目をぱちくり。

「ああ確かに、いくら歩いてちょっとのところって言っても…ねぇ?」
「おねえちゃん、わたし案内係として残ってあげようか!」
「いやみのりちゃんが残ってもダメでしょ、お姉ちゃんと同じくらい方向ダメなんだから」
「沙音さんスルドイ!えへへ」

 普段はちゃんと気を張っているから、私の方向感覚が少しだけ弱いことはあまり人にはバレていない。たくさんのことに気を張らなければいけない戦闘中についうっかりやらかしてしまうくらいで、だから蓮ちゃんをはじめとして混成部隊で私をオペレートしてくれたことのあるオペレーターの子には頭が上がらないのだけれど。他に知っているのは加古ちゃんとか東さんとか、あとはなぜか太刀川くらいだろうか。でも今日ショッピングセンターに来たばかりの時といい、この子たちと一緒だといい意味で少し気が緩んでしまうらしい。かっこいい頼れるお姉ちゃんになりたかった気もするけど、これはこれでいいような気もするなあ。

「…生意気だぞ〜?千世、沙音、みのり!」

 じんわりと温かなものが胸を占めるのを確かに感じながら、それに反して手を腰に当てて怒ったフリをしてみせた。私の頬は緩みまくっているだろうから怒っていないのはバレバレだろう。そのまま一番近くにいたみのりちゃんの髪をがしゃがしゃと   諏訪さんが私によくするみたいに   かき混ぜれば、やめてよう、と笑い声を上げて逃げていった。

「私は大丈夫だから、先に行ってどのアイスが美味しいか味見しとくように」
「「「はーい」」」

 楽しげなよい子のお返事を残して3人はそのまま素直にお店を後にする。しっかり者の可愛い妹たちの背中が遠ざかっていくのを眺めてから、ポケットにしまったピアスを再び着け、さっき見つけたものの方へと歩き出した。
 たどり着いた先に並んでいたのはお花をモチーフにした可愛いかんざしだった。お花の色は4種類。それぞれ少しずつ形や飾りの付き方が違って、でも一目で同じシリーズであると分かる。うん、やっぱり可愛い。その内のひとつを持ち上げてみると、その先についた飾りがしゃらしゃらと揺れて微かな音を立てた。私の様子を見ていた店員さんがそっと近寄ってくる。

「可愛いですよねそれ。あと残り1つずつしかないんですよ」
「そうなんですか、」

 見る人に元気と笑顔を与えるような真朱。
 凛と強かに佇む紺碧。
 穏やかに、嫋やかに微笑む浅緑。

 1つずつにそれぞれの顔が浮かんできて、無意識のうちに口の端がゆるむ。さっき遠目に見た瞬間に、あの子たちに似合いそうだなと思ってしまったのだ   ちょうど鳴海さんに買った浴衣を見つけたのと同じように。4種類、というのも何かの運命だろうか。沙音ちゃんと千世ちゃんがどんな色でどんな柄の浴衣を着るのかも知らないのに、気が付いた時にはその3色に鮮やかな梔子色を加えた4本のかんざしが入った紙袋が私の右手に提げられていた。

「これじゃあ鳴海さんのこと言えないなぁ」

 独り言ちてみて苦笑する。さて、何て言って渡そう?" 提案に乗ってくれたお礼に "、あるいは、" 姉妹の証に "?ただみんなに似合いそうだから着けてほしくてと言ったら笑われるだろうか。そう高いものではないけれど喜んでくれるといいな。これを渡した時のみんなの顔を想像するとわくわくしてしまう。鳴海さんが何かと後輩にお土産を買っていきたがる気持ちが分かったような気がした。
 多少弾みのついた心臓のリズムそのままに足を速めれば、すぐにアイスを食べている3人の姿が見えてくる。おねえちゃん!という鈴の鳴るような3人の妹たちの声に迎えられた私の顔に、自然と満面の笑顔が浮かんだ。


「………ごめんね、お待たせ!」      



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