ベイルアウト3分40秒まえ




柚李さんから頂いた勝利は勝ち取るもののみのり視点を書きました!突然始まり突然終わる。





何故こうなったのだろうか。

『つらい』
「弱音吐いてねえで手動かせ」
『鬼!わーん!休憩のご慈悲を!』

時期はテスト前、荒船大先生が勉強に付き合ってくれるということで半ば強制的にラウンジへと連れ出された。嫌だと駄々をこねたって荒船哲次くんは逃してなんてくれないため大人しく付いてきたところ、同じくラウンジで勉強する太刀川さんと玲さんを発見した。どうやら太刀川さんの大学の課題を玲さんが手伝っているそうで、わたしの顔を見た太刀川さんが助けてくれと言わんばかりにこちらに向かって手を振って。横の玲さんも綺麗に微笑んで片手を上げる。

そしてまあなんやかんやあって一緒に勉強することになったわけだが、わたしのあまりの出来の悪さに前でため息を連打する荒船にポロリと零れた私の弱音と提案は受け止められることなくさらりと流される。かなしい。

「俺も休憩したい」
『たたた太刀川さん!』
「は?……誰があんたのために時間を割いてやってると思ってるのよ」
「『ごめんなさい』」
「あ、みのりちゃんはいいのよ?」

怖い。けど美しい玲さんに言われたら何故かどきどきしてしまう。同じセリフを荒船に言われたらきっと恐怖に縮こまってしまうんだろうけれど。

渋々、ともう一度ペンを手に持って目の前のわけわからない数式に向き合ってみる。まさにそのタイミングだった。

「あ、鳴海さん」

ついでだし、と理系である玲さんまでも自分の課題を見てくれてようと乗り出して来た時に。後ろに鳴海さんと玉狛の小南ちゃんが一緒に歩いてくる姿が見えた。太刀川さんが彼の名を呼びひらりと片手を上げて、意外そうにわたしたちのことを見た鳴海さんは「見ない組み合わせだな?」と爽やかに笑いつつこちらに歩み寄る。イケメンだ。

「ふうん、難しそうね…」
「ええ、でもやり方さえわかれば簡単よ。きっと小南ちゃんも来年やるわ」
『うっうっ…小南ちゃん、予行練習だと思ってわたしと共に勉強しませんか…』
「来年のことは来年するわよ」
『ぐあっ』

小南ちゃんと絡むのはこれが初めてではないけれど、多いわけではない。

なんせ本部で滅多に顔を見かけないうえに、こんな小さな体でアタッカーランク3位という実力を持ち合わせた彼女に、どう声をかけたらいいかわからなくて一人ちらちらと彼女に話しかけるタイミングを伺っていた。一つ年下の彼女はもちろんわたしのやっている数学の内容がわからない様子で、覗き込んできた小南ちゃんにひとまず声をかけてみたものの即答で返され撃沈したわたし。つらい。その上玲さんと荒船大先生という賢さの暴力に頭が爆発しそうです。つらい。

そしてそれから少し経ってからだ。


『あっ、遊園地行きたい!』


自分でも突然何を言ってるんだろうとあとから思ったけれど。正直もう頭が限界だったんだ、現実逃避というのかなんというのか、楽しいことがしたいなあと思って浮かんだのは遊園地で。あー行きたいなあと思っていたら気づけば口にしていた。はあ?とわたしを見る荒船の目が冷たいけれど、もう慣れっこである。


ぎゃいぎゃいと荒船と言い合っていたけれど、そんななかで聞こえてきた小南ちゃんの「ふふ、楽しそうね」という台詞にぴたりと止める。

『だよね!わー!行こうよみんなで!』
「てめえはまずテストのことだけを考えてろ」
『無理、やだ、しんどい、わたしには神様がついてるから平気だし!』
「その神様が振り向いてくれなくて今こうして苦労してんだろ」
『はう、ごもっとも…!でもいいじゃん夢見ることくらい!遊園地行きたい!夢の国!』
「まあまあ、二人とも喧嘩はやめて、ね?」

間に入るように玲さんが宥めてくれるけれど、わたしのちっぽけの頭はもうとっくの昔に限界を迎えている。今はもう夢の国のことしか考えられない。耳つけてネズミな彼に会ってよく頑張ったねって抱きしめてもらいたい。うん。

だから、譲れないこの戦い。ぎゅっと握りしめた拳を正面に突き出して『じゃあ、勝負して決めようよ!』と勢いで口にしたわたし。正直これも自分で何を言ってるんだと言ってから思ったけれど、言ってしまったもんは仕方ない。ぽかんとした四人の中で、太刀川さんだけがにやりと口端を釣り上げ話に入ってくる。

「話してみろ、中津」
『遊園地行くか行かないか、ランク戦で決めるのはどうかなって!荒船と太刀川さん、玲さんとわたしで勝負しよう!で、わたしたちが勝ったら遊園地!』
「へえ、面白そうだな。中津にしちゃ悪くねえ」
『でしょ!?』

太刀川さんは乗ってくると思った。なんせ自他共に認める戦闘お馬鹿さんだから。得意げに微笑んでからちらっと荒船の方を見たら心底呆れたような顔をしていたけど、そのあと太刀川さんが続けた小南と鳴海さんもどうだ?という問いにピクリと反応したのをわたしは見逃さなかった。そうだ、鳴海さんは元狙撃手だって昔聞いたことあるし荒船も気になるんじゃない?!過去にそのことで鳴海さんを追い回したことあるって噂を聞いたこともあるし。

これはもしかしたら、もしかするやつじゃないか?そっとみんなにばれないように持っていたシャーペンを筆箱にしまって、ノートも閉じる。わたしはもう勉強しないぞという意思表明である。

「おいこらノートとペン閉まってんじゃねえ中津」
『うっ!速攻ばれた!ランク戦するならこれらはいらないでしょ?わたしはもうしません!したくありません!』
「てめ、誰のために時間割いてたと思ってんだ!」
『はい、わたくしめです』
「まあいい、終わってから十分シゴいてやるから覚悟してろよ」
『えっこわ!』

即座に見つかり、そんな恐ろしいことを言われてしまった。こわい。荒船大先生こわい。

でもやっぱりこれ以上言わないということは荒船もやりたかったってことで。それくらいこのメンツと戦えるっていうのは荒船にとっても魅力的なことなのだ。そんな案を考え出したわたしってば天才的なのかもしれない。

『荒船とわたしは敵にならなきゃだし、荒船は鳴海さんと戦いたいみたいだから鳴海さんはこっち側だね!』
「お、まさか中津ちゃんとチーム組む日が来るなんてな。諏訪に今度自慢してやろ」
『へへ、自慢になるかわかりませんけどね!』

にしし、と笑ってVサインを彼に送る。くしゃりと笑った鳴海さんの笑顔はやっぱり爽やかイケメンであった。





『チームグラスホッパー結成ですね!』

その後ランク戦会場へと移動したわたし達6人はなんとも異色なメンバーということでそれはそれはよく目立つ。いやあ、目立つ。普段こんなに目立つことなんてないからどきどきしちゃう!

わたしと同じチームに振り分けられた玲さんとともに三人で固まって作戦を練って。向こうにはアタッカー1位と3位、それに何より狙撃手の荒船が厄介だ。

「ま、話はよく諏訪から聞いてるから中津ちゃんのことはよく知ってる。」
『なんと。諏訪さん一体なにを…』
「桐生隊は俺のA級時代に世話なったことあるから玲ちゃんともやりやすいしな」
「その節ではどうも。こちらこそお世話になりました」
「よーし、機動力を活かしてやつらを倒すぞ!」

おー!と三人で肩を組んで円陣を組む。わあ、青春みたい。たのしい。これから諏訪隊でも円陣したいな、つつみんと諏訪さんに挟まれたら肩に手が届かないけれど!

シュン、と転送された空間は見慣れた市街地で。指揮は鳴海さん。最強アタッカー2名がいるため、一人で戦うことを避けなければならない。そのためひとまずわたしたちは三人の合流が最優先だ。地図はあいにく読めない方向音痴のわたしに鳴海さんからの受けた指示は「一番高い位置にあるビルに集合だ」というもので。辺りをぐるり一回転して見つけたビルに向かってグラスホッパーで飛んでゆく。

『えっ!』

とん、とん、数百メートル進んだところでドン!と一人ベイルアウトした。それもわたしが目指しているビルの方向で。

「荒船捕捉完了」
「流石ですね、鳴海さん」

無線で聞こえてきた会話からあれは荒船だとわかった。早くない?えっ…鳴海さん強すぎない…?荒船絶対悔しがってる…想像つくしあの負けず嫌いな彼のこと、きっと終わってからももう一度再戦を臨むだろう。そのままわたしの勉強のことを忘れてくれたらいい。

そもそもあの荒船がこんなに早く負けてしまうのならわたしなんて赤子の手をなんとやらってやつだ。これから鳴海隊とランク戦当たった時には気をつけないと。

「みのりちゃん!」
『あ!玲さん!』

バックワームを身につけた彼女はレーダーに写ってなかったため近くに来るまで気づかなかった。とんっとわたしの横で跳ねた彼女は換装前のあの長くふんわりとした髪がまるで嘘かのように短く整えられていて。うわあ、何度見ても美しいなって思う。こんなベリショ、美人さんしか似合わないよ。わたしがしたら顎のラインが丸見えで丸顔がばれてしまう。それは避けたいところだ。

ひとまず向こうの長距離である荒船がいなくなったことによって中距離の彼女と合流できたことはわたしにとっても大きいことで。そのまま勢いをつけたままビルの屋上にまで二人で飛んでいく。

「二人ともたどり着けて偉い!」
『鳴海さん早すぎ!いや二つの意味で早すぎ!』
「転送された場所がここから近かったんだよ。ついでに荒船見つけたから切っておいた」
「つくづく敵に回したくない人ですね」
『うん、初めて鳴海さんが怖いと思ってしまった』
「……え、褒められてるのかな?これって」

褒めてます。とりあえず目標であった三人合流は果たせたし、これからわたしたちの本領発揮でもある。指揮の鳴海さんの指示に従い目指すは完全勝利、そして夢の国への道を得るために!わたしたちは強敵二人と対峙しなければならないのである。

「ま。楽しんでこうぜ」と言った鳴海さんやっぱり隊長だなって。諏訪さんと似たものを感じてへらりとひとつ笑みを落とした。



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