夏夜にて



相互の柚李さんが前に描いた浴衣グラホ組の絵にお話をつけてくださいました!ありがとうございます!







 諏訪隊の隊室に諏訪がいると聞きつけて、諏訪"で"遊んでいたら千世から戻ってきてとの連絡が入った。臨時で防衛任務でも入ったのだろうか。げっそりした顔の諏訪に別れを告げて隊室へと急ぐ。遠くから夏祭りを開催することを知らせる花火を音を聞いて、もうそんな時期かと思った。小さい頃はよく家族で行ったなあなんて妙にセンチメンタルな気分になる。周りに誰もいないのをいいことに苦笑いを1つ零した。

「ただいま〜」
「あ、隆智さんおかえりなさい」
「おう。千世は?」
「千世なら奥にいますよ」
「ありがとう。おーい、千世ー?」

 鳴海隊の隊室に戻ってきて最初に顔を出したのは千世ではなく沙音だった。どうやらおれを呼び出した本人は奥にいるらしい。沙音が防衛任務のことを言ってこないってことはその線は消えたってことだ。となると、千世個人の頼み。なるほど…嫌な予感しかしないと妙な冷や汗をかきながら隊室の奥へと足を進めていく。名前を呼びながら奥に向かえばわくわくを隠せない千世がいた。適当に理由つけて逃げれば良かったかもしれない。

「隆智さんおかえり〜」
「…た、ただいま」
「太刀川さんと荒船くんから伝言預かってるよ」
「は…?太刀川と荒船から伝言?」
「そ。2人とも防衛任務らしいから玲さんとみのりちゃんのこと迎えに言ってほしいだって。隆智さん、免許持ってるの2人とも知ってたみたいだね〜」

 くるりとこちらを振り返った千世は相変わらず顔に楽しいですと書いてあった。嫌な予感は的中したらしく、千世はそう続ける。太刀川と荒船から伝言って、どう考えても玲ちゃんと中津ちゃん絡みに決まってる。彼女たちから絡んできてくれるのはもちろん嬉しいけれど、野郎ども2人はちょっと…なんて考えつつ彼らの伝言を聞いた。何でも今日2人でお祭りに行っているらしいからおれに迎えに行ってほしいという。やっぱりだ。過保護だなと思ったと同時に何でおれなんだとも思った。荒船はともかく太刀川あたりに手頃なやつとか思われてるんだろうな。十中八九、そうだろう。

「………まあ、玲ちゃんと中津ちゃんのためなら行くけどさ」
「さすが!そういうわけで隆智さん!」
「…………な…何でしょう、千世さん」

 野郎2人の頼みはともかく、玲ちゃんは美人さんだし中津ちゃんは可愛いからナンパの1つや2つなんてザラだろうから護衛係をやるのは構わない。小さく息を吐いて行ってくるよと言うと瞬時に千世は目の色を変えた。太刀川と荒船の話だからといって彼女自身から何かがないと勝手に決め込んでたおれが悪かったと思う。まるで悪戯を閃いた子どものように目を輝かせておれを見てくる千世に思わず目を逸らす。声が弾んでいる。こうなったら逃げ出すのは無理だし、かわいい後輩…否、隊員さんの頼みを断るなんて選択肢は最初から存在してないわけで。

 千世に元気を吸われたおれは不思議そうな顔をした沙音に見送られながら隊室を後にした。そのまま実家へ向かって父さんの車を借りる。今日が休日で良かった。じゃなきゃ父さんの車借りられないし。

「お姉さんたち乗ってかない?」
「!」
「…あ!鳴海さ、」
「結構です」
「「えっ」」

 祭りの会場から少し離れたところで待つ浴衣姿の2人が見えて目の前に車を停めた。サングラスをかけているせいか、2人はおれだと気づいてないらしい。窓を開けて、かけていたサングラスをずらして2人にそう声をかける。驚いた顔をした玲ちゃんと中津ちゃんだったけど、中津ちゃんはすぐにぱあっと嬉しそうな顔をしておれの名前を紡ぎかけた。でもすぐに玲ちゃんがバッサリと切ってくるりと背中を向ける。戸惑う中津ちゃんとおれの声が重なった。

「あ、あああ!玲ちゃん待って!?ほんのちょっとした遊びだからね!?しかもおれじゃなくて!千世の!許して!」
「…ふふっ、ふは…!」
「………玲ちゃん、あんまり歳上をからかわないでくれよな…」
「ごめんなさっ、で、でも…ふ…!」

 慌てて必死に弁解すれば、玲ちゃんは身体を震わせているのが分かった。どう見ても笑いを堪えているじゃないか。完全にからかわれている。目を白黒させる中津ちゃんを横目におれはハンドルにもたれかかって項垂れた。笑いを未だに堪えきれない玲ちゃんとそんな玲ちゃんとおれのやりとりを理解して楽しんでいる中津ちゃんと、それから落ち込むおれ。どう見てもカオスである。

 おれがこんなことをすることになったのはもちろん千世のせいだ。いきなりサングラスを渡されて演技指導と来た。突拍子もないのはいつものことだけれど今回はもう階段を10段ぐらいすっ飛ばしてきたみたいな感じだ。千世の演技指導という名の仕込みを終えて太刀川にバレると面倒なので荒船も巻き込んで中津ちゃんに連絡してもらった。迎えにいくから指定の場所で待ってろって。それで迎えに来たおれが千世に指導されたそれを実行したのだった。穴があるなら入りたい。切実に。

「ま、そういうわけだから、どうぞ乗ってくださいな。いっぱい歩いて疲れたろ?」
「…なんか、すみません…ありがとうございます」
「ありがとうございます〜!よろしくお願いします!」
「はいはい、どうぞ〜」

 事の顛末を2人に伝えれば、玲ちゃんは心底申し訳なさそうな顔をしている反面中津ちゃんは少し首を傾げていた。荒船の美味しいところはおれが貰っていくことにしよう。歳上をこき使った罰だ。2人が後部座席に座ったのを確認しておれは再び車を走らせた。このまま帰るのもなんだか勿体無いからちょっとドライブがてら遠回りして帰ろうと思う。大丈夫かと聞いてみれば、玲ちゃんも中津ちゃんも乗り気で良かった。

「お祭り楽しかった?」
「はい!楽しかったです!」
「楽しかったわね」
「へへ…あ、折角だから今度あるお祭り鳴海さんも一緒に行きましょうよ!玲さんと3人で!」
「あ、それいい!どうですか、鳴海さん!」

 家族やカップル、友達…歩いて帰る人たちを横目にそう尋ねた。ルームミラーでちらりと見た彼女たちはまだ余韻に浸っているようで柔らかな表情である。思わずおれもふっと笑ってしまった。即座に返事をしたのは中津ちゃんの方で、声色で顔を見ずにも本当に楽しかったことが分かる。続いた玲ちゃんは中津ちゃんのお姉さんみたいだ。おれも樹希のこと誘ってみようかな、なんて思っていると中津ちゃんから思ってもみないお誘いが来た。玲ちゃんも便乗している。おれは良いけど、なあ…。

「あ、太刀川のことは気にしないでくださいね。荒船くんもどうにかします」
「あ、あはは…」
「わたし、玲さんと鳴海さんと一緒に行きたいです…!」 「ほーら、鳴海さん?」

 うーんとなんとも言えない声を出していると玲ちゃんがぴしゃりとそう言い放つ。さすが玲ちゃんというかなんというか。思わず浮かべた苦笑いも中津ちゃんのきらきらした瞳には敵わない。ぐらりと揺れるおれの気持ちを後押しするように玲ちゃんも乗っかってきた。これはもう降参するしかないらしい。千世の件、太刀川と荒船の件、そしてこれ…つくづく後輩に甘いなあ、おれ。

「両手に花だなあ」
「?…何か言いました?」
「いや?楽しみだなあって」
「わたしも楽しみです!ねっ、玲さん」
「ふふっ、もちろん」

 いざ行くと決めると気持ちは次第にわくわくしたものに変わってくる。おれも大概単純な人間だ。玲ちゃんと中津ちゃんと祭りに行くなんて両手に花だ。後で罰でも当たりそうだけど、楽しむことにしよう。賑やかな車内にまたおれは顔を綻ばせるばかりだった。









ALICE+