緋寄様のお子様(光くんと直ちゃん)をお借りしました。



転生パロ2(あつふみ)



「あ!ふみちゃんだ!」


学校の帰り道、横浜街を歩いていたふみは、背後から聞き覚えのある声に名を呼ばれ、振り向くとそこには、黒髪を揺らした少女が立っていた。
少女の名は、太宰直。
ふみが前世でも今世でも敬愛している式部紫織と太宰治の娘だ。
ふみの死後、結婚した二人には22歳の息子と18歳の娘がいた。

式部と苦手な太宰の結婚に生まれ変わり再会した直後は驚いたふみだったが敬愛する式部の幸せそうな顔に微笑んだふみだったが、その後の「ふみちゃんが居ない間に紫織ちゃんと幸せになっちゃってゴメンネ」と語尾にハートが付きそうなテンションで言われたふみは、殺意が芽生えたが「敬愛する式部さんの旦那様」という事で腹に一発パンチを入れるだけにしておいたのは記憶に新しかった。


そんな二人の娘である直は、持ち前の人懐っこい性格からか無表情で初対面の人では感情や表情が読み取り辛いふみにも「ふみちゃん」と接してくれる良い子であった。
ふみも敬愛する式部さんの子という事もあったが気軽に接してくれる直にふみは、好印象を持っていた。


ふ「こんにちは。直さん」


直「こんにちは!学校からの帰り?」


そう問いかける直にふみは、コクリと頷くと「今日は、委員会もないので」と言った。
そんなふみの言葉に直は、「そっか」と相槌を入れると突如「あ!」と声をあげた。
突然の事に首を傾げるふみに直は、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべるとふみに向かって言った。



直「今から、お茶でもしませんか?」



ふみは、直の突然のお誘いに目をきょとんとさせ少し考える素振りを見せた後、「人虎も…あ、敦さんも今日は帰りが遅いと言ってましたので良いですよ。」と返事を返すと直は、ふみの手を掴み「じゃあ決まり!」と歩き出した。


直に案内されたのは、新しく出来た喫茶店であった。

前世から食べ物に対する執着心が強かったふみは、生まれ変わった今でも変わりなく食べる事が大好きであった。
そんなふみの話を母の紫織から聞いていた直は、なら是非此処に行ってみようと以前から考えていたのであった。


店に入り、メニューに目を輝かせるふみを見て直は笑った。


数分後、注文する物を決めた二人は店員を呼び注文すると直ぐに注文した飲み物が先にやって来た。
飲み物に直が口をつけていると、ふみが直の名を呼んだ。



直「どうしたんです?ふみちゃん」



首を傾げる直にふみは、少し下を向きながら「聞きたい事がありまして」と言った。


直「聞きたい事…?」


ふ「以前、直さんと初めてお会いした際に言っていた……






人虎…あ、敦さんの昔の話が聞きたいのですが…」



恥ずかしそうにほんのり頬を紅潮させるふみに直は、きょとんとした顔をするとすぐに父親である太宰を思い出させる様なニヤリ顔を浮かべふみを揶揄うように「へぇ?旦那様の事…気になっちゃいますかぁ?」と言った。

ふみは、その直の言葉に更に頬を赤くさせるとコクリと小さく頷いた。


ふみの身に起こった事を両親から聞いていた直は、ふみの表情を見つめニヤリ顔から優しい笑みへと変えるとふみ知らない時間の話をし始めた。








直が話す敦の話を無表情ではあるが何処か楽しそうに聞くふみと楽しそうに話す直の二人の間に穏やかな空気がながれていたが、不意に出た直の話にふみは「えっ?」と固まってしまった。



ふ「今、なんと…?」



直から出た話に驚き目を見開くふみを見て直は、“しまった”と思った。

だが、一度口に出してしまった事を今更「気にしないで」などと言う事も出来ず、気まずそうな顔をしながら直は再び、その話を口に出した。




直「敦さん。結婚前提にお付き合いしてた方がつい最近まで居たんだよ…」



直は、心の中で敦にごめんなさい。と謝った。












「やっと終わった…」


「お疲れ様、敦くん」



武装探偵社社員・中島敦は、仕事を終え帰宅しようと探偵社があるビルから出た時だった。
背後から声を掛けられ振り向くとそこには、自身の上司であり恩師でもある太宰治が階段から降りて来た所であった。


敦が太宰に「お疲れ様です」と言うと太宰が「途中まで共に帰らないかい?」と言う言葉に敦は頷いた。

お互いに中年でありながらも武装探偵社で働く二人には可愛らしい妻が居た。
太宰に至っては子供が二人おり、敦に至っては長年想い続けていたふみと再会を果たしつい最近結婚した新婚であった。


そんな新婚の敦に太宰は、聞きたい事が沢山あった。


太「ふみちゃんは、元気にしているかい?」


敦「はい!以前から素敵でしたが最近は、凄く可愛らしさに磨きが掛かってまして…嫁が可愛いって叫びたくなる気持ちが凄く分かります。」


幸せそうに話す敦に太宰は「そうかい。良かったね」と言うと更に敦は嬉しそうに笑った。


太「君達が本当に結婚すると思わなかったよ。
いや、その前にふみちゃんが生まれ変わった事にも吃驚だったけどね。


敦くん、大丈夫なの?毎日殴られたりしてない?」


太宰が心配そうに敦に問いかけると敦は、きょとんとした顔をすると「何も無いですよ?」と言った。


敦「毎日、おはようのハグとキスはしてますけど、頬を染めながらも受け入れてくれますし出勤・通学する前に「今日も愛してますよ」って言うと「わ、私も」と恥ずかしそうに答えてくれますよ。

たまに、「私も、あ、いしてる」とか言われて出勤前にに悶えてこのまま二人で仕事休もうかなと思った事はあります。


夜も一緒の布団で寄り添って寝てますし何も殴られたりとかは無いです。」



太「ちょっと待って。ふみちゃんてそんなキャラだっけ?
私の知ってふみちゃんじゃないよ、その子。」




太宰の言葉に敦は「“前世で素直になれずに後悔したから…”と素直になろうと頑張ってくれているんです。健気でしょう?」と言うと幸せそうに微笑んだ。





前世のふみが死後、敦の変わり様は酷かった。
感情と言う全ての感情が敦から消えたのだ、太宰や国木田、探偵社社員が話掛けても「はい。」や「そうですか」としか返事をしない敦に皆、心配になった。


ふみを忘れる為に様々な女性と付き合っている時もあった。
だが、敦から付き合っている女性に対しての好意は一度も見られなかった。



太宰は、そんな事を繰り返す敦を見て思った。



“ふみが死んだあの日、敦の心も共に死んだ”のだと。






そんな荒れた敦を知っていた太宰は、敦が生まれ変わったふみと再会し探偵社に連れてきたあの日、“ふみが再び帰ってきた”とも思ったが、“あの日の敦も再び帰って来た”とも思った。



再び自分自身を取り戻した敦を見つめ太宰は、思った。





“本当にふみちゃんが帰ってきてくれて良かった。”



一人微笑む太宰に敦は、首を傾げた。








太宰と別れた敦は、家に着き玄関の扉を開けた。

いつもなら、扉を開けると電気が点いている筈なのに家の中は暗かった。
敦は、首を傾げると玄関の扉を閉め、中に入るがふみの姿が何処にも見当たらなかった。




敦「ふみさん…?」



ふみの名を呼ぶが返事がある筈も無く、突如、不安が敦を襲った。

今迄のふみの存在が全て幻だったのでは無いかと言うぐらい静かな部屋に敦は焦り、自身のスラックスのポケットから携帯を取り出すと登録していたふみの携帯へと電話を掛けた。


呼び出し中のコールが数回鳴った後、電話が繋がり敦は「ふみさん{emj_ip_0792}今、何処ですか{emj_ip_0793}」と焦った様な声でふみへと問いかけた。



「………人虎か…」



敦「{emj_ip_0793}
芥川…{emj_ip_0793}何でお前がふみさんの携帯に…{emj_ip_0792}」




敦の問いかけに答えたのは、愛おしいふみの声では無く、前世ではふみの片割れであり今世では血の繋がりがないが姿は瓜二つな芥川だった。

敦は、ふみの携帯に掛けたのに何故か芥川が出たので意味が分からないと言う様に芥川に問いかけたが芥川は、「五月蝿い」と言うだけだった。



敦「ふみさんは?ふみさんは、そこにいるのか?」



敦が問いかけると芥川は、数秒間を開けた後「あぁ…」と答えた。



敦「ふみさんに電話を代わってくれ。」


芥「出来ぬ。」


敦「何でだよ…」





芥「ふみが今は、人虎の声を聞きたくないと言っている。」



芥川から出た言葉に敦は、目を見開いた。



敦「えっ…?」


芥「……考えたい事があると言っていた。」


敦「考えたい事…?」


芥「……理由は分からぬ。






だが、訪ねてきたふみは…泣いていた。」




電話越しの「ふみは泣いていた」と言う芥川の言葉に敦は訳がわからなかった。

何故、ふみが電話に出てくれないのか、何故ふみが帰って来ないのか、何故ふみが泣いているのか敦には、疑問しか浮かばなかった。



芥「取り敢えずふみは本日、僕が預かる。」



敦「あ、え、っと…」


芥「?……何だ、言いたい事があるなら早くしろ。
僕とて、暇では無いのだぞ。」



歯切れの悪い敦の言葉に電話越しの芥川が苛々しているのが分かった敦は、芥川に一言だけふみに伝言を頼んだ。







敦「おやすみなさい、ふみさん。良い夢を…」











芥「っだそうだ。ふみ。」


芥川は振り返り、背後に居たふみに声をかけるとふみはソファーに座り、クッションに埋めていた顔を上げると涙で濡れた瞳を元片割れへと向けた。


芥川は、そんな姿の元片割れに小さく溜息を吐くとソファーに座るふみの隣へと座った。
再びクッションに顔を埋めるふみを抱きしめると「どうした、何があった。」と優しく問いかけた。
ふみは、クッションに顔を埋めたまま「何も無い」と言うふみに芥川は、優しく頭を撫でながら「ふみ」と優しくふみの名を呼んだ。


ふみは、体をビクつかせた後、芥川の背中に腕を回し、口を開いた。





ふ「……何故、あの日死んでしまったのか…凄く後悔している…」



芥「そうか…」



ふ「うん……」




たった一言だけだったが元々、双子だった芥川には、ふみの言いたい事が分かった。
だが、芥川は特に何を言う訳でも無く、ただ静かに泣くふみを抱きしめ髪を撫でるだけだった。
そんな元片割れの優しい手付きにふみは酷く安心したのだった。



抱きしめ、髪を撫で続けていると腕の中にいる片割れが小さな寝息をたてる音が聞こえたので芥川は小さく笑うと片割れを抱き上げ、自身の寝室へと足を向けた。


寝室の扉を開けるとふみが生きていた時と同じベッドがそのまま置いてあり、芥川は眠っている自身の片割れをベッドに寝かせると片割れの頭を優しく撫でた。





芥「あの日…ふみが逝ってから25年が経った。






25年と言う月日は、全てを変える事の出来る長い月日だ…。




年の差婚という事で悩む事もあるだろう。




だが、ふみ。





人虎は、ふみが思っている以上にふみを愛しているぞ。」





“だから、信じろ”




そう言うと芥川は、涙で濡れた自身の片割れの頬を撫で小さく微笑むと部屋を出て行った。















朝、探偵社に出勤した現探偵社社長・国木田独歩は、机に項垂れる敦を見て何と言葉をかけたら良いのか変わらなかった。


国「おい、谷崎…

敦はどうした?あんなに項垂れて」


隣で共に敦の様子を見ていた谷崎潤一郎に国木田が問いかけると谷崎は、自分の頬をぽりぽりと掻きながら「奥さんと何かあったみたいで…」と言い辛そうに答えた。



国「奥さん?……あぁ、敦が追い回していた芥川ふみの事か」



ふみの事も事情も知っている古くから探偵社に所属している社員達は、敦が落ち込んでいる理由がふみにあると知ると溜息を吐いた。
国木田は、敦に近づき声を掛けたが「うぅ…」と声を上げるだけで返事をしなかった。


国木田は、そんな敦に再び溜息を吐くとさっきから気まずそうなオーラを出しながらソファーで本を読む太宰へと目線を向けると目を細めた。



国「太宰。」



国木田に名を呼ばれた国木田は、ビクリと肩を揺らすとチラリと目線を国木田へと向け「何だい?」と返事をした。
いつもこう言う場面では一番にその相手を揶揄う太宰が大人しく本を読んでいる事に疑問を感じた国木田は、太宰へと目線を向けたまま問いかけた。



国「太宰。貴様、何か知っているのではないか?」


国木田が問いかけると太宰は「な、何の事かなぁ?」と知らないフリをしようとしたが裏返ってしまった声にしまった!と言う顔を見せるとはぁ…と重たい溜息を吐き、申し訳無さそうな表情で敦に突然謝りだした。


太「敦くん…すまない。




うちの直が昨日、口を滑らして言っちゃったみたいなのだよ。



敦くんについ最近まで結婚を前提にお付き合いしていた人がいたって…」




太宰の言葉を聞いた敦は、ガバッと音が鳴りそうな程勢いよく顔を上げた。
その顔は、目を此れでもかと言う程見開き、顔は真っ青になっていた。




敦「その、話は…本当ですか{emj_ip_0793}」



敦の必死な問いかけに太宰は、気まずそうにコクリと頷いた。

太宰から詳しく聞いた話は、こうだった。
昨日、喫茶店でふみが敦の話について聞きたいと直にお願いしてきたのだと。
直が知っている敦の話をしているうちにうっかり口を滑らせ、その話をしてしまったのだと言う。
ふみに聞こえていなければ良かったのだが、そんな都合の良い事など起きるわけが無く、しっかりとその話を聞いていたふみは、直へとその詳しい話を話してくれとお願いし直は、話すしかなかったと言っていた。

話終えた後、ふみは今にでも泣き出しそうな顔をしており、声を掛ける前に「すいません、失礼します」とお金を置いて店を出て行ってしまったのだと直は、語っていたのだと言う。


太「直に、悪気は無いんだ。許してやってくれ」


敦「はい、大丈夫です…」


国「それにしても敦は、その話を芥川ふみには、していなかったのか?」


敦は、国木田の問いにコクリと頷いた。












学校も終わり、一人で街を歩いていたふみは、重い溜息を吐いた。

知らなかった敦の元彼女の話に酷く気分が落ち込んでいたのだ。



“やっぱり……25年は…長すぎたか…”



そう思うと再び涙が込み上げそうになるのを何とか抑え、再び重い溜息を吐いた時だった。


「ふみさん」


背後から昨日と同じく名を呼ばれ振り返ると其処には、ふみが敬愛する紫織と太宰のもう一人の子供・直の兄である太宰光が立っていた。
ふみは、ぺこりと頭を下げると光はにっこりと笑った。
その笑みは、やはり兄妹だからだろう。
昨日見た、直の笑みにそっくりだった。


ふ「今日は、お仕事では無いのですか?」


光「えぇ。今日は、お休みを頂いているんです。
ふみさん、良ければこの後お茶でも如何ですか?




昨日、直が話した件でお話ししたい事があるんです。」


光のお誘いにふみは、少し考える素振りを見せるとコクリと頷いた。


光「では、行きましょう。」

二人は歩き出した。








光が連れて来たのは昨日、直と来た同じ喫茶店だった。
少し気まずそうにするふみに光が少し困った様に笑うと飲み物を注文した。

直ぐに注文した飲み物は届き、昨日と同じ様にふみは飲み物に口をつけた。



光「昨日の事…直から聞きました。大丈夫ですか?」



光の問いかけにふみは、コクリと頷くと「直さんに失礼な態度を取ってしまいました。申し訳ございません」と謝ると頭を下げた。

そんなふみに光は、慌ててふみに頭を上げる様に言うと渋々ながらもふみは頭を上げた。
光は、ホッと胸を撫で下ろすと前にいるふみへと真っ直ぐ視線を向けた。



光「泣きそうな顔をしていたと聞いたので心配だったんです。


直もあんな事口に出さなきゃ良かったと落ち込んでいましたので」



そう言う光にふみは、視線下の机に視線を逸らすと「すいません」と謝った。





光「……敦さんと何かありました?」



以前、会った時とは雰囲気が違うふみに光が問いかけるとふみは、ビクッと肩を揺らすと今にでも泣き出しそうな表情へと変わった。

机の下で制服のスカートをぎゅっと握るとふみは「特に何も…ありません」と答えた。



光「………一人で悩むより、人に相談した方が楽になりますよ。
俺で良ければ、お話をお聞きしてもよろしいですか?」


優しく問いかける光にふみは、コクリと頷き口を開いた。








ふ「直さんから人虎には、つい最近まで結婚を前提にお付き合いしている人がいたと聞き…







それを聞いて、酷く嫉妬する自分がいました…」





自分が死んでから敦が他の女性と付き合ったと言う話は本人から聞いていたふみは、その者達にずっと嫉妬していた。


元々、前世から独走癖と執着心が強かったふみは嫉妬心も同じく他人より強かった。
だから敦から付き合った女性がいると聞いた時には、その者達へ通常の人間には無い理由の嫉妬心があった。






それは、“ふみの死後、ふみの知らない時間の敦を知っている”と言う嫉妬であった。







ふみが死んでから生まれ変わり敦と再会するまで25年と言う長い年月が二人の間には流れていた。


その月日は、人も街も歴史さえも変えるには十分な月日であった。






そして、その月日は今の16歳のふみには途轍もなく重いものとなっていた。








ふ「私は、25年間の人虎を知らない…




どんな風に思い、考え、生きてきたのか私は知らない…




だから、私を知らない人虎を知っている彼女達が凄く羨ましく思うのだ…。





私が生きていたら…







同じ時間を共に過ごしていたら…








その人達が知っている人虎を私だけが知っていたはずなのに…」






ポロポロと涙を流すふみにふみの事情を両親から聞いていた光は、何も言えなかった。




ふ「死にたくなんてなかった…




一緒に生きたかった、だけど無理だった。




苦しい…





この25年と言う月日が重く…苦しい…」





ふみは、制服の袖で涙を拭うと話を続けた。





ふ「それに……“私”と言う存在が人虎の人生を邪魔したのでは無いかと思った。」





光「敦さんの人生の邪魔を…?」





光の問いかけにふみは、コクリと頷いた。






ふ「つい最近まで結婚を前提にお付き合いしていたのに結婚せずに別れた。





人虎は、私に“忘れたくても忘れられなかった”と言った…





つまりそれは……」







“私と言う存在が人虎の人生の邪魔をしたという事だろう。”








光は、ふみから出た言葉に驚き目を見開くと「そんな事は無い」と言おうとしたが口に出せなかった。




目の前でふみが涙を流しながら微笑えんだからだった。



ふみの笑みを初めて見た光は、今は年下なのに何処か大人びた儚げな微笑みに見惚れ言葉を失った。




ふ「私の前世“芥川ふみ”の最後を看取ったのは人虎だった。




人虎は、優しい……



だから、目の前で死んだ私を忘れる事が出来なかったのだ。




それなのに私は、その優しさを勘違いしたのだ。





人虎を“芥川ふみ”と言う亡霊から解放してやらねばいけないのに再び捕らえ縛り付けてしまった。」






“本当は私を忘れ、新しい人生を歩めと言わなければいけなかった”





そう言うと静かに涙を流すふみが光には、切なく、そして美しく感じ、それと同時にそんな風にふみに想われている敦が羨ましく思えた。






光「なら…俺にしませんか?」



ふ「え…?」



ふみは、突然の光の言葉に驚き目を見開くと目の前にいる光を見つめた。
光は、驚くふみに父太宰に似た美しい笑みを浮かべるとふみに再び言った。



光「俺なら今のふみさんと歳も少ししか変わりませんし、何より…





ふみさんを泣かせませんよ?」




その言葉を聞いたふみは、光から視線を逸らし目を伏せた。





ふ「それも…良いかもしれないな…」




数秒間を開けたふみがポツリと呟いた。




ふ「でも、ごめんなさい。」



光「……どうしてですか?」



ふみの言葉に光が問いかけるとふみは、困った様に小さく微笑んだ。



ふ「人虎の側を離れても……




多分、私は人虎を想い続けると思う。




何度死に、何度生まれ変わっても…




報われない恋だとしても、




私は何度でも敦さんに恋をする。」



“必ず”



そう言って微笑むふみに光も元から返事が分かっていたのか微笑んだ。











谷「あれ…?あれって光くんとふみさんだよね…?」



依頼も終わり探偵社に帰社しようと谷崎の運転する車の助手席に座って外を見ていた敦だったが信号待ちの際に谷崎の口から出た「 ふみ」と言う言葉に敦は「何処ですか{emj_ip_0793}」と素早く反応した。
そんな敦の素早さに谷崎は、驚きながら「そこの喫茶店に」と指を指すと敦はバッとその指の先に視線を向けた。


そこには、喫茶店のテラス席に仕事が休みだった光と敦の愛しいふみが微笑みあっていた。

敦は、その二人の光景に胸がズキッと痛むのがわかった。
二人は年齢も近く、また二人とも見目麗しい、
その為、歳をとってしまった自分よりも数倍、若い二人がお似合いに見えてしまった。




敦「谷崎さん…」



敦が静かに谷崎の名を呼ぶと谷崎は、敦の言いたいことが分かったのか「うん。後は、僕に任せて行っておいで」と微笑むと敦はシートベルトを外し「すいません、宜しくお願いします!」と車の外へと飛び出した。

谷崎は、遠ざかる敦の背中に向かって「手放しちゃダメだよ。敦くん」と呟いた。








涙が止まり落ち着きを取り戻したふみは、光とお茶を楽しんでいた時だった。


突然、光がふみの背後に視線を向けたかと思うと「あ…」と声をあげた。
光の声にふみは、不思議そうに首を傾げ自身の背後を振り返ると其処には、息を切らした敦が立っていた。


ふ「人虎…」


敦は、気まずそうに視線を逸らすふみの学生鞄を掴んだかと思うとふみの腰に手を回し、そのまま無言で俵を担ぐ様にしてふみの体を担ぎ、歩き出した。





ふ「{emj_ip_0793}


おい!人虎{emj_ip_0793}降ろせ{emj_ip_0792}今すぐ降ろせ{emj_ip_0792}」




ふみが声を上げ、暴れるが敦の体はビクリともしなかった。
ふみは、光に助けを求めようと視線を向けるが困った様に笑いながら手を振っており助ける気がさらさら無い事に気づいたふみは、そのまま敦に身を委ねるしかなかった。





光「ふみさん。敦さんは、ふみさんが思っている以上にふみさんを愛しているんですよ。」




“今、凄い睨みつけられて死ぬかと思いました”


光は、一人静かにそう呟いた。









敦に担がれ、ふみが辿り着いたのは、敦とふみが再会した海の見える場所であった。


敦は、担いでいたふみを降ろすとそのままふみを力強く抱きしめた。
突然の事に驚くふみだったが強い力に抵抗する事も出来ず、ふみは大人しくそのまま敦へと身を委ねた。




敦「直さんから…聞いたんですよね…」



あの話…と話す敦にふみは「あぁ…」と答えた。


敦「あの話は、本当です。


僕には、つい最近まで結婚を前提にお付き合いしていた方がいました。」



敦の言葉にふみは、無意識に涙が出そうになった。
「あぁ、やっぱり。私と言う存在がこの人の邪魔をしたのだ」と思う事しか出来なかった。



敦「でも、その方の事は…




正直、好きと思った事はありませんでした。」



ふ「えっ…?」


敦から出た予想外の言葉にふみは、目を見開き驚き顔を上げた。
視線を敦に向けると敦は、ふみをじっと見つめたまま、その事を話始めた。


敦「ふみさんが亡くなってか他の女性とお付き合いをしたと言う話はしましたよね…?

何年もそんな事を繰り返している内に周りの方々は、みんな結婚し幸せになっていきました。
周りが結婚している方が多いので独身だった僕は、よく言われたんです。

“早く結婚しないのか”と…



あまりにも言われ過ぎて、した方がいいのかな…と思い、当時付き合っていた方とそう言うお話になったんです。」



でも、僕は、ずっとふみさん好きでした。




ずっと愛していました。



貴女以上に愛しい人などいなかった。



今まで付き合っていた方々も唯、貴女を失い空いた穴を埋めるための道具でしかなかった。


その方と結婚を前提にお付き合いしていたのも好きだからとかそんな感情など一切ありませんでした。



敦「唯、貴女がいない隣が寂しくて…
哀しくて…


埋めたかっただけなんです。」



すいません…。



最低ですよね。




ふ「あぁ、最低だな。」


敦「{emj_ip_0793}……」


ふみさんがそう言うと敦は、悲しそうな顔をした。
汚れた感情と人生を歩んできた自分を知り、気持ち悪いと思ったのかも知れない。
最低な人間だと嫌われたのかも知れない…


敦は、ふみの「最低」と言う言葉に胸が酷く傷んだ。




ふ「最低だ。







でも、そんな人生を歩ませてしまった私が、一番最低だ。」




そう言うとふみの頬に涙が伝った。




ふ「あの日、私が死ななければ人虎の人生は、こんな事にならずに幸せに過ごせた筈だった。



貴方は、優しいから目の前で死んだ私が忘れられなかっただけだ。


私があの日、一人で誰にも気付かれずに死んでいたら何時迄も貴方の心に残る事は無かった。




ううん、あの日じゃない。



最初から出会わなければ、貴方は貴方に合った人と結婚し幸せに暮らしていた筈だ。




“私”と言う存在が無ければ、こんな事には、ならなかった…」




“ごめんなさい。貴女の邪魔をしてごめんなさい”




溢れんばかりの涙を流すふみを見て敦は、再び強く抱きしめた。


愛しい者を離さないと言う様に強く強く敦は、ふみを抱きしめた。



ふ「ごめ……なっ、さ…」



敦「ふみさん…」


ふ「ほんと、…うに、っ…ごめっな、さい」


敦「ふみさん…っ{emj_ip_0792}」


うわ言の様に謝るふみに敦は、片手でふみの頬に触れるとそのまま艶やかなふみの唇に自身の唇を重ねた。


驚き目を見開くふみに敦は、ゆっくり唇を離すとふみの額にキスを落とした。



ふ「じん、こ…?」



敦「ふみさん。


僕は、ふみさんと出会えて後悔した事などありません。


寧ろ、貴女と出会えて幸せだと思っています。



一度は、貴女を失い途方にくれた僕ですが、再び貴女に出会い…



貴女を想い…



そして貴女に想われ…



僕は、今、幸せなんです。」





だから、居なければよかったなんて言わないで…



出会わなければよかったなんて言わないで…




僕の大切な愛しい人。






敦「ふみさん、僕は……



何度、生まれ変わっても


例え、別の世界に生まれたって…



僕は、必ず貴女に出会い恋をして…





そして、貴女を愛します。」




そう言う敦は、ふみに微笑みかけた。

ふみは、涙を流すと敦の言葉に返事をする様に微笑み返した。





ふ「私も何度も貴方を愛します、敦さん」





二人の影は、再び重なったのだった。










すっかり日も暮れ、月が輝く空の下。
二人は寄り添う様に手を繋ぎながら家へと帰宅する途中だった。

目を腫らしたふみに敦は、声をかけた。


敦「今回の事は、すいません。
僕がふみさんを不安にさせたくなくて言わなかった事が逆にふみさんの悩みになり、不安にさせてしまって…


本当にすいません」


申し訳無さそうに謝る敦にふみは、「もう良い、済んだ事だ」と答えるが敦は、納得していなかった。


敦「駄目です!大切なふみさんを不安にさせた事は事実です!




お詫びにふみさんのお願いを何でも聞きますよ」



その言葉にふみは、歩いていた足をピタリと止めるとジッと敦に視線を向けた。


ふ「本当か?」


敦「ふみさんに嘘はつきません!」


ふ「隠し事は、するのに?」


敦「うっ{emj_ip_0793}む、胸が痛い…っ」


ふ「冗談だ。」



先程とは打って変わり楽しそうに微笑むふみに敦は、ホッと胸を撫で下ろした。






“あぁ、良かった…笑ってくれている…彼女を失わずに済んだ…”







敦は、胸の中でそう思っているとふみが「何でも…良いのか?」と先程の敦の話を再度問いかけてきた。
敦は、微笑み頷くとふみは、もじもじと恥ずかしそうに口を開いた。







ふ「私の知らない時間の…敦さんの事が知りたい…






もう一つ…






今まで敦さんと付き合ってきた方々が絶対に知らない、私だけの敦さんの事が知りたい…」


駄目か…?と言うふみのいじらしく可愛らしいお願いに敦の心臓は、撃ち抜かれた。



“僕の嫁は、死んで更に可愛らしさがアップしていてツライ…{emj_ip_0792}でも幸せ{emj_ip_0792}”と一人敦は、悶えた。



ふ「私の知らない敦さんを元カノが知ってるなんて狡い…





だから、教えて。




元カノが知ってる敦さんの事も誰も知らない敦さんの事も全部…






教えてください…」








敦「えぇ…全部、教えてあげます。








だから、ふみさんは余所見しちゃ駄目ですよ?」



敦の言葉にふみは、首を傾げた。



ふ「余所見…?」



敦「正直、光さんとふみさんが一緒にいる所を見てお似合いだと思いました。


歳が食ってる僕なんかより数倍も…



だから、焦りました。
ふみさんが光さんに取られてしまうのではないかと…」


ふみは、静かに敦の話を聞いていた。



敦「年齢は、とっくに大人ですが、
ふみさんの事になると大人の余裕なんて無くなるんですよ。


だから、ふみさんが余所見出来ない様に此れからは、もっとガンガン行きますので」







“覚悟してくださいね、僕の愛しい奥さん”





大人の色気で妖艶にふみに微笑みかける敦にふみは顔を真っ赤にさせると






“お、お手柔らかに…旦那様”





と呟いた。




月の光がそんな二人を照らしていた。





おわり。










オマケ


敦「おはようございます!」

太「おはよう、敦くん。
凄い肌がツヤツヤしているね。どうしたんだい?」

敦「内緒です。」

太「そうかい。ところでふみちゃんは今日は学校行けたのかなぁ?」

敦「無理でした。朝から頬つねられて「じんこきらい」と言われましたが気にしてません」

太「幸せそうで何よりだね。」

敦「ところで光くん」

光「な、何ですか?(ヒィ{emj_ip_0793}敦さんなんか怖い{emj_ip_0792})」

敦「次…ふみさんを…誘惑したら許さないからな。」

光「ききき肝に免じておきます{emj_ip_0792}(こわぃぃぃっ{emj_ip_0792}睨まれてるぅぅぅ)」


おわり。