探偵社に連絡をした樋口から敦が重傷を負ったと聴いた国木田と太宰は、敦が運び込まれた病院へと車を走らせた。







国「ポートマフィア御用達の病院か…」


太「そう、ポートマフィアの首領と言えど以前は闇医者していたからね、この病院の経営者と知り合いなのだろう」



そう言いながらカツカツと靴の踵を鳴らしながら院内を歩く太宰と国木田は、ナースに案内された集中治療室の前までやって来た。





其処には敦の血で汚れた白いワンピースと雨に濡れた黒い外套を着たまま集中治療室の窓に張り付き、中でチューブに繋がれ酸素マスクを付け青白い顔で横たわる敦をジッと見つめるふみが居た。



国「貴様が敦の言ってたポートマフィアの…芥川の双子の妹か?」



国木田が問い掛けたがふみは反応する事無く、無言のままガラス越しの敦を見つめていた。


その表情からふみが何を思っているのか、国木田には分からなかった。



国「敦に何があった。詳しく離せ」




国木田が再び尋ねるがふみは、唯、敦を見つめていた。



反応を見せないふみに国木田は苛立ち、声を上げ「貴様っ{emj_ip_0792}聞いているのか{emj_ip_0792}」と詰め寄ろうとしたが横に居た太宰の手にスッと止められた国木田は、すぐ様太宰の顔を見るがいつもの巫山戯た太宰とは打って変わり冷たい視線をふみに向ける姿に国木田は驚くと同時に自身の背筋が凍るのが分かった。




太「ふみちゃん」




太宰がいつもとは違う低い声でふみの名を呼ぶが先程と同様にふみは、唯…無言で敦を見つめるだけだった。




反応が無いふみに太宰は近づくとふみの肩を掴み、無理矢理自身の方へと向かせ、ふみの右頬を容赦無く平手打ちをした。




国「なっ!?太宰!?」




驚く国木田と響き渡ったパシンっと言う音と同時に太宰に叩かれた事により痛みを発した自身の右頬をふみは右手で押さえると黒く光のない瞳を太宰へと向けた。




太宰は、そんなふみを冷たく見下ろしていた。




太「ポートマフィアとあろう人間が何を其処まで取り乱す必要があるんだ。



しっかりしろ。



君は、そんな事で狼狽える人間では無いはずだ。




落ち着き、冷静に遭ったことを報告し給え」



ポートマフィアに居た頃の様な冷たい態度の太宰にふみはピクリっと反応すると再びガラスの向こうで重体の敦に目を向けるとゆっくりと口を開いた。



『主犯に…出会い、ました。




行方不明者は、全て殺された後でした。




主犯は、自身で殺した遺体を操る異能者で……



戦闘にな、り…




…油断して…しまった、私を庇い……




人虎が……心臓を刺され、重体になり、ま、した……』



太宰に報告するふみの声は震えていたが太宰を恐れての震えでは無く、国木田には何だが敦を想い、失うのでは無いかと言う恐怖に震えている様に見えた。



太「そう……容態は?」




『医者は危ういと申しておりました…。


今夜が山だと…。


ですが、探偵社に居る医師であれば、人虎を治せるのでは…』


ふみの言葉に太宰と国木田は顔を顰めた。





太「与謝野先生は今……地方の学会に呼ばれていてね。
昨日から横浜の地を離れているのだよ。



急遽、連絡をしたが…



どう頑張っても帰るのは早くても夜中か明け方になる」


太宰の言葉にふみは、目を見開くと太宰に視線を移した。


その表情は、青白く絶望した様な表情を浮かべ震える声で『そ、んなっ…』と呟いた。



国「敦の容態を見る限り…虎の再生力は追い付いていない様だな」



太「異能は、万能では無いからね。
心臓を刺されていながら今、生きている事が不思議なくらいだ」


ガラスの向こうに横たわる敦に国木田と太宰は視線を向けるとなんとも言えない空気が三人の間に流れ、敦に繋がれた医療器具の機械音だけが静かな廊下に響き渡っていた。







『じん、こは…っ』


無言だった空気の中、ふみの震えた声が響いた。




『馬鹿で、す…っ…私を庇う、など…』


口では、敦を馬鹿にしながらもふみの表情は、途轍もなく苦しさと悲しさが混ざり合った様に太宰と国木田には見えた。


『私の事など…ほっておけば、この様な事にならずに済んだ筈だ。




なのに奴は私を庇い、挙句の果てに“大丈夫か”と問いかけた…。





大丈夫じゃないのは、貴様だろうがっ…』




震えながらもいつもの様に強気で居ようとするふみに太宰は、ふみの頭をポンっと撫でた。




太「君は、昔から芥川君と銀ちゃん以外には素直じゃないね」



そう言いながら太宰は、優しい笑みを浮かべていた。




太「敦君は、ふみちゃんが本気で好きだから君を守ったんだ。





君を愛しく想い、そして愛した。





だからこそ…自身の命を投げ捨ててでも君を守りたかったんだ。」





太宰の言葉にふみは、顔を伏せると何も言わなかった。

いや…言えなかったのだ。

太宰の言葉を聞いた瞬間に駆け巡った様々な自身の感情と敦の笑顔と自身の名を幸せそうに呼ぶ敦の声を思い出しふみは、口を開けば泣いてしまいそうな程胸が苦しくて仕方がなかった。

そんなふみを知ってか知らずか太宰は、ふみに優しい笑みを浮かべると「敦君の事、好きかい?」と訪ねたがふみは、顔を伏せたまま自身の手をぎゅっと握ると掠れた涙を含む様な声で『わたしは…っ…じんこの、こと、など…』と言葉を濁らせた。







太「嘘つき。




本当に嫌いな人なら、その人の為に苦しんだり悲しんだりなんてしない。




そんな雨と血だらけで汚れた服を気にせず、嫌いな人の側から離れない筈は無い。






何より……その人を思い涙を流したりなんてしないよ」



顔を伏せているふみの黒真珠の様な瞳から止めどなく涙が溢れている事に太宰は気がついていた。

敦を想い、悲しみ苦しみ…自身を責めるふみから流れる涙は美しかった。






ずっと、心の隅で小さく育っていた感情。





自身には必要ないと意地を張り、
隅に追いやり見向きをしようとしなかった感情は、それでもしっかりとふみの心に根を張り、そして……





大きく芽吹いていたのだった。






『太宰さん…っ私っ…』


顔を上げ、太宰を見つめ口を開いたふみに太宰は、「私には言わなくていい」とふみが何か言おうとしたのを制止した。



太「其れは目覚めた時に敦君に伝えてあげ給え。






だから今は敦君の側に居てあげて…。






その方が、敦君も頑張れる」



そう言うと太宰は、ふみの肩をポンっと叩くと国木田の背を無理矢理押しながら「私と国木田くんは一回、探偵社に帰るよ。ふみちゃん、敦君を宜しくね」と言いながらその場を後にした。












国「大丈夫なのか…?
幾らポートマフィアと停戦状態と言えど敦を狙う芥川龍之介の双子の妹だぞ」



いつものに増して眉間に皺を寄せながら言う国木田に太宰は先程、敦の為に涙を流した黒い小さな少女を思い出し一人笑みを浮かべた。


太「あの子は、優しいからね。





死にかけてる敦君を襲ったりなんかしないよ。




其れに……」




国「“其れに?”」


途中で言葉を止めた太宰に国木田は、不思議そうな顔をすると太宰は口元に人差し指を当ててニッコリと笑みを浮かべた。



太「ナイショ」














国木田と太宰が去った後、一人残されたふみは、ガラス越しに横たわる敦を見つめていた。


『人虎…』


眠る顔が青白く、まるで等身大の人形が横たわって居る様にしか見えなかった。

いつもならふみが側に居るだけでニコニコと笑みを浮かべ、ふみの名を連呼する敦なのにふみが側にいるのにも関わらず眠り続ける敦にふみは胸が苦しくて仕方がなかった。



『名前を呼ばれないことが……
こんなにも寂しいものだと思わなかった……』



コツンっとガラスに自身の額を押しつけながらひとりポツリと呟いた。


何時も鬱陶しいぐらいふみの名前を呼び、ふみが『煩い』と言うのに対して幸せそうに微笑む敦にふみは、何時も不思議に思っていた。


“何故名前を呼び、其れに応えるだけで幸せそうに微笑むのか”


何時も不思議に思いながらもふみの名を呼びながら微笑んでくれる敦の笑顔がいつの間にふみの中で当たり前となっていたのだ。


だからこそ、側に居るのに自身の名を呼んでくれない事にふみは初めて寂しさを感じた。




『こんな感情…知らなかったのに…。




人虎、貴様と出会ってからだ…。




訳の分からない感情が溢れて怖くて仕方がなかった』


敦がふみの名を呼びふみに触れ、微笑む度にふみの心の中に何とも言えない気持ちが溢れそうになっていた。

その感情は、優しく…そして胸が苦しくなりそうな程暖かかった。


初めての感情にふみは、自身が自身で無くなりそうで怖くて仕方がなかった。


“其れも此れも、全て人虎の所為だ”


“人虎の事が嫌いだからだ”


天邪鬼な考えで敦を遠ざけようとしていたのに敦は気にする事無くふみの手を取り、いつも離れようとはしなかった。



『やはり……私は人虎、貴様が嫌いだ』




“私をこんなに悩ませ、苦しい気持ちにさせる貴様など”



そう言うとふみは静かに目を伏せた。








「あの…此方の患者さんの身内の方でしょうか?」


突如、聞こえた声にふみはゆっくりと目を開けると自身の背後を振り向いた。

其処には、袋を抱えた看護師が一人立っていた。



『いえ…身内では無いですが…知り合いです』


そう言うと看護師は、少し困った顔をしながら「あー、お知り合いの方ですか…」と言った。
ふみは、首を傾げながら『何かありましたか?』と尋ねると「あの、この袋なんですけど運び込まれた際の患者さんの私物と服が入っておりまして一応、身内の方にお渡ししようと思っていたのですが…」と言う看護師に対してふみは『……彼奴には、身内がいません。だから、私が受け取ります』と言うと看護師から敦の荷物を受け取った。


荷物を受け取ったふみは、荷物をぎゅっと静かに抱きしめた。


そんなふみに看護師は優しく微笑むと「大丈夫よ」と言ってくれた言葉に小さく頷いた。
看護師は、ふみを見つめると「宜しくお願い致しますね」と声を掛けその場を後にした。


看護師が去った後、ふみは看護師から預かった袋を開けて中身を見た。


いつもは白い敦のワイシャツが赤く染まっているのを見て酷く胸が痛んだ。

そして袋の中にあった敦のネクタイを手に取りジッと見つめるとガラスの向こうで眠る敦に視線を移した。




『人虎…。
こんな時、普通の女ならずっと側に居るのだろうな…』



“だが、私は普通とは違う”




『私は、闇に生きる人間だ。


普通の女とは違う。



だから、この場を去る事を許してほしい…』


ふみは、ネクタイを強く握りしめると手に持っていた袋を近くにあった長椅子に置くと、片割れとお揃いである首元で揺れるスカーフをしゅるりと外し、代わりに敦の黒いネクタイを締めた。


自身の首元でゆらりと揺れる敦の黒いネクタイを握りしめるとふみは、再び眠る敦に視線を移した。



『貴様の仇は私が撃つ。





再び私が戻るまで死ぬな、人虎』



そう言うとふみは、くるりと踵を返し敦に背を向け歩き出した。







病院の外に出るとふみは黒い外套のポケットから携帯を取り出し何処かへかけ始めた。


「はい、もしもし樋口です」


『樋口か』


ふみが掛けた相手は、自身の部下である樋口であった。
樋口は、ふみの声を聞いた瞬間「ふみ先輩、大丈夫ですか!?」と驚いた様に声をあげた。


ふみは電話越しの樋口に『私は大丈夫だ』と答えると樋口は少し間を開けた後に「人虎は…」と言いずらそうにふみに尋ねたがふみは、その事については何も答えず、樋口に「今の状況は…どうなっている」と尋ねた。


樋「現在、此方ではふみ先輩と人虎が襲われた事により、芥川先輩がふみ先輩の後を引き継ぎ失踪事件の犯人を捕らえよと首領より命を受けました。

首領からふみ先輩は、人虎と共に傷を癒す様にと仰せつかっております。


だから…ふみ先輩は人虎の側に…」


言葉を濁す樋口にふみは『余計な心配は要らぬ。彼奴は死なぬ』と返すと樋口に『近くに龍之介は居ないのか、居たら代われ』と言うと樋口は「お待ちください、すぐに代わります」と言った。



「……無事か、ふみ」



電話越しに聞こえてきた片割れの声は少し自身を心配しているように感じられた。



『あぁ、私は無事だ。
……だが、わたしを庇った人虎が重傷を負った』


ふみがそう言うと片割れである龍之介は「樋口から聞いている」と言うと「ところで…何か言いたい事があるのだろう」とふみに問いかけた。


『……主犯の捕獲を私にさせてほしい。

元は、私の任務だ。

だが、油断してしまい敵に殺《や》られそうになった所を人虎に庇われた…。


私の所為で人虎は、重傷を負い意識不明となった…。


奴に庇われるなど、あってはならぬと思っていたのに私は失態を犯してしまった…




ガラス越しに眠る人虎を見て、私は気づいてしまったのだ…私は…』


そう言葉を続けようとしたふみだったが電話越しで龍之介が「ふみ」と名を呼んだ事により言いかけていた言葉は、音になる事は無かった。


龍「何も言うな。




双子故に…貴様の言いたい事は全て理解している。



貴様の気持ちも人虎に対する想いも薄々感じていた」


落ち着いた声色でふみに話しかける龍之介にふみは、ぎゅっと携帯を握る手に力が篭るのが分かった。


『すまぬ。




私が龍之介から離れないと言ったのに…』


苦しそうな声で言うふみに龍之介は、「良い、離れてもふみが僕の片割れである事に変わりは無い」と言ってくれた。

ふみには、その言葉に涙が出そうになるのをグッと唇を噛み締め耐えていると龍之介は「一時間だ。一時間以内に連絡が無ければ僕《やつがれ》が動く、其れ迄に全てを片付けよ。場所は、分かるな?」と言った言葉にふみは頷いた。


『奴と対峙した際に異能で見えない糸を括り付けておいた。
其れを辿れば奴等の居場所は分かる』


そう言うと龍之介は「そうか」と小さく呟くとふみに「無茶はするなよ」と声をかけ通話を切った。






龍之介は通話が切れた携帯を樋口に掘り投げた。

樋口は慌てながら携帯を両手で受け止めるとチラリと龍之介に視線を向けた。



龍「……樋口、貴様に兄弟はいるか?」



突然の龍之介からの質問に樋口は「へっ!?}」と声を上げると慌てて「居ます、妹が…」と答え、龍之介は「そうか」と答えると小さく溜息を吐いた。



“人虎には、ふみに手を出したら許さぬと警告を出して居たが…



まさか、ふみの方からとは……”





龍「……妹が成長するのは嬉しいが、少し寂しくもあるな」




そう言う龍之介の黒い外套がふわりと風に揺れた。


暫しの沈黙の後、樋口が龍之介に声を掛けようとした時であった。


龍「樋口」


突然呼ばれた自身の名に樋口は慌てて返事をすると龍之介は、樋口を見る事無く「ヘリを手配しろ。今すぐにだ」と樋口に突如、ヘリの手配を要求した。


樋「え、ヘリですか!?」


「何故!?」と驚く樋口に龍之介は樋口にその黒と灰色が混ざり合った瞳を樋口へと向けた。


龍「ふみの為だ。


僕《やつがれ》とて家族を思う気持ちはある。


故に、今回だけは…人虎の為に動いてやる。




其れに、探偵社へ貸しを作るのも悪く無い」



龍之介は、一人で敵の元へ向かっているで在ろう自身の片割れを思い浮かべると再び小さく溜息を吐いた。











片割れである龍之介と通話後、ふみは自身の異能力を発動させると敵に付着させておいた糸を辿り、敵の潜伏先で在ろう古びた廃墟ビルへと辿り着いた。

古び廃墟ビルを空に浮かんだ満月が照らし出し一層、不気味さを醸し出していた。

ふみは廃墟のビルより大きな満月を見つめるとボロボロなビルの扉を細い足から出たとは思えない程の強い力で蹴破るといとも容易く飛んだ扉に気にする事無く足を踏み入れたのであった。


ふみが扉を蹴破った音は大きく、敵にも届いている筈なのに一向に敵の姿は現れなかった。
自身の身を案じてかそれともふみを誘き出そうとする余裕から来ているのか分からぬまま、ふみは最上階の扉の前迄やって来た。


閉じられた扉をふみは一度見つめるとその足で再び扉を蹴破った。


吹き飛ぶ扉と共に舞う土埃がふみの髪と外套、そして胸元にある敦のネクタイを揺らした。



ふみはコツコツと靴を鳴らしながら部屋の中に入ると土埃の向こう側にいる人物へとその瞳を向けた。




「あれぇ?またお姉さん?」


土埃の向こう側に居た薄紅色の髪の女は、ふみの顔を見ると不思議そうに首を傾げ「あの白いお兄さんは?あ、死んじゃった?」と問い掛けた。
ふみは、不愉快とばかりに眉を寄せ不機嫌そうな表情を見せると女は自身の質問に答えないふみにムッとした表情を見せた。


「お兄さんは、お姉さんの所為で死んじゃいましたーっ!!可哀想!!


まぁ、お兄さん可愛かったし、さっき死んだばかりなら遺体は火葬されてない。
どうせ、私の騎士《ナイト》さんの攻撃で死んだんだから私の異能で操れるしー



そうだ!!お姉さん、さっきのお兄さんのとこまで案内してよ!!


腐らない様に加工した後に私の騎士《ナイト》さんの一人に加えてあげる!」


にこにこと笑みを浮かべ独り言の様に話す女にふみは口を開いた。


『人虎は死んではおらぬ』


「まだ生きてるの?まぁ、でも心臓刺さってたし死ぬのなんて時間の問題ね」


ふみの言葉に女は愉快そうに笑うとふみは、女から視線を外す事無く己の思いを言葉にした。




『人虎は死なぬ。




絶対に死なぬ、私を置いて死ぬ筈が無い。




奴は私に言ったのだ。



“逃さないつもりなので覚悟してくださいね”と……



まだ、その決着も付いておらぬ』



“其れに……”







ふみは一度目を閉じた。





閉じた瞼の裏に思い浮かんだのは、初めて会った日の敦の姿であった。




自身の黒とは違う白色を持った少年の姿を己の瞳に映した瞬間を……




再び目を静かに開くとふみは、言葉を続けた。



『中華|食べ放題《バイキング》に行く約束をした。




だから、生きて約束を守ってもらわねば困るのだ』




女は、ふみの予想外の言葉に目を丸くさせると突如、腹を抱えて笑い始め、
そんな女の態度にふみは特に驚く事無く、女を見続けた。


「何其れ、ちょーうける
食い物の話?其れとも惚気話?

何方にしても哀れな結末しかないんだけどー

“人虎は死なぬ”?

いやいや、死ぬから!!
何の自信があって言ってんの?って感じだし、
愛なんて私みたいな全イケメンから愛される為に生まれた存在の前では無意味なのぉー


お兄さんは私の物なのー



はい残念!!お姉さん哀れ!!」




ケラケラと笑う女にふみは哀れむ様な視線を女に向けた。




『貴様は哀れな人間だな』


「はっ?なんて?」


ふみの言葉に女は笑うのをやめるとジロリとふみを睨みつけた。
ふみは特に気にする事無く、再び『貴様は哀れな人間だと言ったのだ』と答えた。



『貴様は、見た目は良くても中身が哀れだな。

生身の感情のある生きた人間にはその哀れな中身故に愛してもらえず、
人を殺し、その死体を自分の好きな様に操る事により愛されていると錯覚を起こしている悲しく滑稽な存在だ。


“私は愛される存在だ”と言っているが、誰一人として生きた人間が貴様の側には居ないのがその証拠だ。





貴様のやっている事は所詮、子供の一人遊びと同じ事だ』




“私より、貴様の方が哀れだな”



ふみは目の前にいる女に向かい、鼻で笑うと女は怒りを露わにした。
先程のふみを馬鹿にした様な声色とは打って変わり、怒りで顔を歪める女を挑発する様にふみは『どうした、図星か?』と態とらしく首を傾げた。


「あんた、ムカつく…っ!!

私を馬鹿にした罪は重いわよ!!


捕らえて私の騎士《ナイト》さん達で死にたくなるまで犯した後に四肢をもいで痛ぶり殺してやるっ」


そう言うと女は、右手を上げ「異能力…!」と自身の異能力名を叫んだ。


すると何処から現れたのか…。
物陰などから女が“騎士《ナイト》さん”と呼ぶ、女の異能力で操られた見目麗しい屍が複数現れた。


ふみは、チラリと視線だけで辺りを見渡すと現れた屍の殆どが資料に載っていた失踪事件の行方不明者であった。
屍の中には行方不明になっていたポートマフィアの黒服の人間も複数おり、ふみは一瞬だけその者たちを哀れむ様に目を伏せた。



「さぁ!其奴を捕らえたら…楽しい楽しい遊戯の始まりね!

やっちゃって!騎士《ナイト》さん達!」





女がビシッとふみを指差し、命令した瞬間、操られている屍達は一斉にふみへと襲い掛かったがふみに後、数センチで触れると言うところで異変は起きた。







「え…?」







女は今、目の前で起きた事に思考が追いつかなかった。


それ程に今、目の前で起きた事は瞬時の事過ぎて理解が追いつかなかったのだ。



「うそ……なんで……!



何でみんなバラバラなの…!?」


女が見つめるその先には、無傷で先程と同じ場所で立ち続けるふみと見るも無惨にバラバラになった自身の操っていた屍の肉体がゴロゴロと転がっていた。


女は、目を見開いたまま目の前の光景に唖然とした。


ふみに襲い掛かろうとしていた屍達が後、数センチでふみに触れると言うところで突然、バラバラと肉体が細かく切れたのだ。

女はふみ以外に誰か他の人間の仕業かと辺りを見渡すが立っているのは、ふみと己自身のみであった。


「なんで…っなんでなの」


訳が分からないと言う様に叫びの頭を抱える女を見てふみは鼻で笑うと口元を手で覆った。


「まさか…あんたがっ!?


何で、始めて戦った時は……」




ふみはポツリと呟いた。



“異能力:蜘蛛の糸”



そうふみが呟いた瞬間、ふみの周りにはピアノ線の様な糸が張り巡らされているのが女の目に見えた。



『私の糸は見せる事も隠す事も出来る。

異能使用者である私の目には常に写る様になっているが糸の姿を隠してしまえば、他の人間には見えない。



私の異能は単独の方が良いタイプなのだ。




あの時は人虎が居たからな、この技は使えなかった。』



“でも、今なら私だけしかおらぬ”



“他人を気にする事なく使用出来る”




『本来は行方不明者も保護しなければならないのだが、其れは“生きていた場合”のみ。


屍に用は無い。


バラしても問題ないと判断した』



ふみは黒く光の無い冷たい瞳を女に向けると女は先程の強気とは打って変わり「ひっ…!!」と声を上げて後ずさろうとしたのだが、己の足が動かない事に気がつくと再び目を見開き「何で…!?」と震えた様な声を上げながら己の足元を見ていた。


いつの間にか女の足元には巨大な蜘蛛の巣が出来ており、女の足はその蜘蛛の巣に引っ付き動かなくなっていた。

焦りながら女は足を動かそうとしたのだが、足元に張っている巨大な蜘蛛の巣は其れを許してくれず、女は訳がわからないと言う様に声を上げながら顔をふみへと向けると「なん、で…うそっ」と絶望した様に微かな声で呟いた。



女が見たものは先程の迄何も変化無かった空間が少し己の足元に視線を移しただけの数秒間で全てが巨大な蜘蛛の巣で覆い尽くされていた。


目を見開き女は震える体を無意識に抱きしめようとしたのだが、その手が…腕が…全くもって動かせなくなった事に気がついてしまったのだ。
女は、辛うじて動く頭を動かし己の体を全体を見渡すと半透明の糸が絡まっているのが分かった。



其れはまるで、蜘蛛の巣に捕らえられてしまった獲物の姿であった。


空間全体が蜘蛛の巣に覆い尽くされた場所に唯一人だけ動ける人物がいた。



口元を覆いながら片割れと同じ黒の外套に白のフリルのついたワンピースの裾を揺らす、黒いネクタイの少女……





ふみの瞳は鈍い光を灯していた。



『異能力・蜘蛛の糸……“囲《かこい》”』



ふみの言葉は、静かに響き渡っていた。



「やだ…っ…なに、怖いっ…なんで…」


ガタガタと震える女にふみは、無表情のまま口を開いた。


『私の片割れである龍之介の“異能力・羅生門”の黒獣は悪食


あらゆる物を食らう。






双子故になのか…





この技を使用している間は私が…“私自身が悪食”になり、

“囲《かこい》を発動中、あらゆるモノを食らい己の力にする事が出来る。





血であり肉であり骨であり生気であり魂であり……






全てひとつ残らず喰らい尽くす、蜘蛛の様にな』




長く黒い髪と外套がゆらゆらと揺れる姿と異能で作り上げた糸の巣の中央に立ち廃墟の窓から差し込む月光に照らされるふみの姿は、まるで獲物を目の前にした蜘蛛の様に女には見えた。



「やだっ…!!死にたくない…!死にたくないの!!……謝るからっ許して…」



恐怖からボロボロと泣き出す女をふみは鼻で嘲笑った。



『貴様の仕出かした事が謝る事で許されると思っているのか?

貴様の行いは死に値する…


其れに……




“私の人虎”を傷つけた償いはしてもらわねばならぬ』



“さぁ、どう償って貰おうか…”



“生きたまま肉を喰らおうか”



“其れとも生きたまま身体中の血を喰らうか”



『あぁ……だが、首領より“生け捕りにせよ”と命を受けていたのを忘れていた』


ふみは、ポツリと呟くとチラリと女に視線を向けた。


『死なない程度に……



貴様の生気を食らうとしよう。



安心しろ、貴様が捕らえられている糸から正気を奪うため痛みは無い。


正気を食われていく際の鈍くなる体に動きが低下する臓器と掠れる思考に“このまま死ぬのでは無いか”と死に対する恐れが貴様を襲うだろう…』


“だが、其れだけで貴様の償いは終わらない”





『死を恐れながら次に来る己の未来に恐怖し絶望せよ』



「やだぁぁぁぁぁぁっごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
許してください!!許してください!!」


狂った様に叫ぶ女にふみは、うるさいとばかりに女の口元を覆う様に糸を巻きつけた。






『お腹すいた…』




ふみは、生気を食われグッタリとしていく女を見つめながら一人呟いた。